1-6 治療魔法
倒れたレイを膝の上に寝かせ、どうするかエンディは必死に考えた。
普通であれば無線で応援を呼び、この場で応急処置をするべきだろう。
だが彼女はレイが現れた際の現象──その事の重大さに気付き、腰の無線機に伸ばしかけた手を止める。
何はともあれまずは応急処置だ──優先順位を変えたエンディは無線機とは別のポーチに手を伸ばす。
右腕の傷はかなり深い。エンディはそのせいでまともに腕が動かせないことをもどかしく思いながら、左手で救急道具が入っているポーチのフラップを開けると緑色の液体が入った小瓶を取り出した。
小瓶のコルクを噛んで開けると、レイの来ているシャツをまくり上げる。
血まみれの肉体、その腹に複数の穴が開いており、とめどなく血が
騎士学校の講義で幾つかの傷跡を見たことがあるが、この傷はそのどれとも合致しない──それでもエンディは努めて冷静さを失わずに治療に専念する。
応急処置の講義を思い出しつつ、その傷に小瓶を傾ける。中からは粘性の液体が垂れる。
分量をなるべく均一に行きわたるよう複数回に分けて傷口に液体を注いだエンディは、空になった小瓶を横に放り、傷の上で左手を掲げて魔法陣を展開すると呟く。
「
彼女が呪文を呟いた瞬間赤色の魔法陣が輝き、それに共鳴するかのようにレイの傷口に注ぎ込まれた液体──治癒薬が動き出し、
疑似的な皮膚を魔法薬で作成することで傷を塞ぎ、出血を止めるという初級の治癒魔法──だが、その膜はかなり薄い。
エンディは治癒魔法が不得手な自分を呪った。もっとも、火属性である彼女にとっては治癒魔法が得意になる道理はないのだが。
これほどの傷は、
片手での作業だったため多少不格好になってしまったが、無いよりマシだ──エンディは使い切ってしまった包帯の代わりにハンカチを自分の右腕に無造作に巻きつけきつく縛った。
そしてこの近所にいる医法師や薬法師がいないかと地図に手を伸ばす。
そこでうってつけの人間が近所にいることを思い出したエンディはレイを背負い、馬の元へと戻った。
レイの
瞼越しに差し込む陽光で彼の意識は覚醒し、知らない天井を視界にとらえる。
最悪だ──レイは見知らぬ部屋の天井を見上げながらシーツに覆われた自分の体をチェックしつつ思った。
何も着ておらず、体力を消耗したのか体が重い。レイは短いうめき声を上げて上体を起こそうと両腕に力を入れる。
「まだ起きないほうがいい」
レイは低い声が聞こえてきて、初めてこの部屋に自分以外の人間がいることに気付いた。
クソ、認識能力も鈍っている──レイは忠告を無視し、上体を起こすと声の主を探す。
声の主はすぐに見つかった。寝ているベッドの先にある簡易椅子に腰を掛けた
厚い胸板に鍛え上げられた腕、そしてそれを包む服装にレイは見覚えがあった。騎士を名乗る赤髪の女が着ていたものだ。
白髪が混じった
そしてレイの元へと歩いてくると、ベッドサイドテーブルに置かれた透明の水差しからコップに水を注ぎ、レイに手渡す。
レイは口をつける事を躊躇した。なぜならほんの一瞬、水に毒が入っているという馬鹿げた考えが思い浮かんだからだ。
そもそも殺したいなら寝ている間にやるはずだ────レイは自分の馬鹿げた考えをかき消すとコップの水に口をつける。
しばらく水分を取っていなかったのだろう。砂漠を行軍した時のようにのどがカラカラに乾いていた。違うのは砂が口に入っているあの不快感が無いという事。
レイは一気に飲み干す。勢いのせいで口の端から水が数滴落ち、顎を伝い自分の裸の腹部に当たったが、それが気にならない程水はおいしかった。
そんなレイの一挙手一投足を興味深げに眺めていた老齢の男が口を開く。
「それで……君の名前はレイ、で間違いはないね」
その質問に答えようとするレイの心中には違和感が渦巻いていた。しかしその違和感を抑え、
「ここは?」
「ここは私の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます