1-2 不意打ち
エンディの腹部を狙ったナイフの切っ先は、幸いなことに剣を抜こうとした彼女の右腕に阻まれる。
騎士の制服を貫通し、腕をざっくりと切り裂いた痛みにエンディは後悔した。
なぜ
なぜ
そもそも、なぜ応援を呼ばなかったのか──
あまりにも迂闊な自分の行動に嫌というほど後悔したエンディと突進してきた男は床に倒れ込む。
背中を強く打ったエンディは衝撃と痛みに悶えつつも、後悔から我に返った。
後悔している暇はない、次の手を考えろ──エンディは突進の勢いを制御できず、自分に重なるよう乗りかかっている男の腹部をブーツで強く押す。
男を横にずらす蹴りの勢いを利用して転がるように立ち上がると、激痛の走る右手を剣の柄に伸ばして再度抜こうとした。
そんな彼女の側頭部に衝撃が走る。
再度床の感触を味わったエンディは明滅する視界を自分の背後に向ける。
そこにはこの部屋で最初に見た二人組の片割れ、その女の方が火かき棒を持って立っていた。
前後を挟まれた最悪の事態になってエンディはまたも後悔した。ここにいる三人は全員敵なのだ。自分はそんな中に易々と入ってしまった──
視界は焦点が定まらず、手足には力が入らない。そんな状況でもエンディは尚も立ちあがろうとする。
立って剣を抜かなければ──そんな彼女の希望を砕くように、女の振り上げた火かき棒がエンディの背中に炸裂した。
いかに女の細腕から繰り出される一撃だとしても、振るわれるのは鉄の塊。
齢十七になったばかりであるエンディの体を止めるには十分だった。
悲鳴も上げることが出来ない痛みと混乱の中で床に這いつくばる彼女を三人が取り囲んだ。
「とっとと殺して」
そう言ったのはエンディに二度火かき棒を振るった女。
「分かってるっつーの……」
答えたのはスキンヘッドの男。彼は突進の勢いのままにぶつけた額をさすりながら血に濡れたナイフを逆手に握り直す。
だがもう一人の男がそれに異を唱えた。
「計画と違う! 騎士に手を出すなんて……俺は捕まるのは御免だぞ!」
それに対し女はヒステリックに叫ぶ。
「もう遅いわ! こいつを殺して早くずらかるのよ。」
「だ、だからって……俺たちがここまでする必要ないだろう、メルキオル」
おどおどしている男にメルキオルと呼ばれた女は馬鹿にしたように言った。
「飛んだ馬鹿ね。騎士が来たって事は応援を呼ばれてるかも知れないじゃない。顔を見られたんだからここで口を封じておかないと厄介な事になるでしょ」
頭上で交わされる物騒な議論にエンディはほぼ無意識にその場から逃れようと這いずる。
だがほんの少し進んだだけで彼女の背にスキンヘッドの男の足が乗せられた。
標本にされた蝶のように、身動きのとらない彼女はこれまた無意識に助けを求めるよう手を伸ばす。
味方が誰もいないこの場で縋るように伸ばした手は
しかしその先には三人組が書いた魔法陣があった。
なぜそれに手を伸ばしたのかは彼女にも分からない。その魔法陣に懐かしさに似た感情を憶えたが、死を前に混乱する頭ではそれを思い出すことも叶わない。
自分の命が風前の灯という現在において、エンディには死ぬことの恐怖は無かった。
彼女の胸にあったのは情けない、という感情だった。
人を助けるために騎士になったはずなのに、誰かに助けを求めるとは──虚空に伸ばした血に濡れた己の手を見て彼女はそう思う。
スキンヘッドの男はエンディの背に座り直すと、その重さに彼女はくぐもった悲鳴を上げて、伸ばした手が力尽きた。
鮮血に濡れた彼女の手が魔法陣に触れた瞬間、その場にいる全員が締め切った室内に風を感じた。
しして光源が一切ない薄暗い室内に閃光が走った。
全員がその発生源を魔法陣だと認識した瞬間、空間が爆ぜた。
爆ぜたとしか言いようのない出来事──魔法陣を中心に、局所的な台風が発生したような強い風。
地面に突っ伏していたエンディはその突風から逃れることが出来たが、他の三人はもろにそれを受けてしまった。
各々が閃光と風で壁まで飛ばされ痛みに呻く。
轟音と突風が収まった時、エンディの目の前には魔法陣の代わりに黒髪の男が横たわっていた。
長く艶のある黒髪、頭巾フード付きの黒い革で出来た上着ジャケット、黒いズボンに黒い編み上げブーツ────全身を黒で統一した男は瞼を閉じていた。
そんな彼を見たエンディは確信にも似た思いを抱いた。
きっとその瞳も黒いのだろう──と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます