第32話 楽しいからこそ、寂しい

 駅馬車の停留所は高速道路のパーキングエリアに似ていた。

 

 駅馬車のチケット売り場の横には屋根付きの待合所がある。

 テーブルと椅子が所狭しと並べられている待合所はフードコートみたいに近くに食べ物を売っている売店がある。

 駅馬車を待つ間食事や休憩ができる場所になっている。

 新幹線の待合室にも似ているかも。


 駅馬車の発車時刻までは少し時間があったので、何か食べて待つことにした。

 ケティと相談をして、小麦粉を水で溶いて焼いた薄いパンでチーズとドライトマトを巻いてあるシンプルなスナックフードを売店で購入。

 空いている椅子に並んで座ってぱくっと噛みつけばとろとろに溶けたチーズが口の中にあふれ出した。熱い!

 何となくコンビニのブリトーに似た感じ。だけどハムとかお肉の類が入っていない分塩気が薄い。代わりにドライトマトの酸っぱさがフルーツっぽくも感じられて、どっちかっていうとおやつっぽい感じがする。熱々でかなり美味しい。


 おいしい、おいしいとケティと言い合いながら、はふはふと食べる。いつもどおりの楽しい食事だ。

 

「あんまり待たずに乗れそうでよかったです」

「うん。美味しい物食べて休憩もできて、ちょうどいい時間だったね」


 チケットを購入し、あとは駅馬車が来るのを待つばかりである。

 ブリトーもどきの包み紙を捨て、待合所に向かえばちょうど駅馬車が近づいてくるところだった。


「バスだー……」


 馬2頭でけん引しているが、牽いているのは屋根と窓を取っ払ったマイクロバスだ。

 天井には天幕が貼ってある。天幕というより、幌っていうのかな。

 駅馬車って、これのことなんだ。

 

「バス? ……ですか?」


 動力がエンジンか馬かの違いで、向こうの世界のバスと同じ発想なんだと思う。

 でも、異世界なのに動力が魔法じゃないのかと、ちょっとだけがっかりしてしまった。

 荒野で聞いた話によると、魔力で走る車もあるんだよね? なんでここだけローテクなんだろうか。


 運転席にあたる場所が御者台になっている。そこに座っている中年の男性にケティはさっき購入したチケットを差し出した。


「はい、王都までね。ずいぶん遠くまで行くんだね。途中で乗り換えがあるから気を付けて」

「はい、宜しくお願いします」


 驚き半分がっかり半分でぼうっとしている私を置いてケティは駅馬車の荷台部分に乗り込んでいった。


「お嬢ちゃんは乗らないのかい?」

「あ! はい乗ります!」


 御者のおじさんに言われてようやく我に返りケティの後を追う。

 入口にはドアがないから常に開けっ放しの状態だ。

 荷台の床は木張りで、真ん中に通路。左右に木製のベンチが6列ずつ並んでいる。

 ケティが向かって右側の最後列を素早く陣取ったのでその横に並んだ。

 座ると意外と座面が固い。長時間の移動は腰が痛くなりそう。

 

 待つことしばし、特にアナウンスもなく馬が動き始める。

 座席は7割ほどが埋まっていて、まだ座席には余裕があった。


「うひゃっ」


 車輪が石か何かを踏んだのだろう、車体が振動したことに驚いて声を出してしまったら、通路を挟んで隣の座席に座った年配の女性に笑われてしまった。


「駅馬車ははじめて?」

「あ……はい」


 何となく恥ずかしい。

 バスなら乗ったこと何度もあるし、バスの揺れではいちいち騒がないんだけど……。でも駅馬車に乗るのは初めてだから頷いてもいいんだよね?

 

「そちらのお嬢さんは神官さん? ってことはケレートから来たの? ずいぶん遠くから来たのねえ」


 ケティの服装でそう判断したのだろう。こっちの世界では神官といえばケレートの人って認識ってことか。

 昨日ケティには何となくの位置関係を説明してもらったけど、確かに距離的には結構離れているのかもしれない。

 ポータル使用とイェルサール神獣様に連れてきてもらったのとで、体感的にはそんなに遠くから来たという感じはない。


「これよかったら食べて」


 女性はそう言って手にしたハンドバッグに手を突っ込んで何かを取り出した。

 差し出されたそれをおずおずと手を伸ばして受け取って見れば、透明なセロハンに梱包された飴玉だった。

 大阪のおばちゃんか! って言っても多分ここにいる人誰もわかんないんだよなー……。

 なんだか奇妙な気持ちだ。私だけがアウェイみたいな。


「ありがとうございます」


 内心のモヤモヤは置いといて、貰った2つの飴のうち1つをケティに渡し、残った1つの梱包を解いて口に運ぶ。

 きれいな琥珀色だったからべっこう飴かなと見当をつけていたが、思っていたよりもすっきりとした甘さだ。

 

「美味しい!」


 なんか甘いものを食べたいという欲求に流されるように速攻で口にしてしまったが思った以上の美味しさに、思わず声を上げてしまった。

 口の中で溶ければ溶けるほど、美味しさが口の中に広がっていくような感覚だ。

 何だろう、使っている砂糖が私の知っているべっこう飴と違うのかな。

 シンプルな甘みなのに、コク? 香り? とにかく美味しい。無くなってしまうのがすごく惜しく思う。


「ほんとです、すごく美味しい!」


 ケティも大絶賛だ。

 

「でしょう? 王都にあるお店の飴なんだけど私のお気に入りなのよ」

「店名は? 場所は行けばわかります? どのぐらいの単位で買えます? お値段は?」


 女性が若干引くぐらいの圧で質問しお店の情報を聞き出した。

 よし、王都に着いたら絶対にお店に行こう。

 できれば向こうの世界に持って帰りたいぐらいなんだけど、無理かな、やっぱ。


 聞きたい情報は聞き終え、後は長い長い駅馬車の旅である。

 どれぐらいかかるんだろうなーと思って流れる外の風景を眺めていたら、――だんだん瞼が重くなってきて――そして――。


 

「お嬢さん、王都に行くんでしょ、起きて、そろそろ乗り換えよ」

「わ! また寝てた!」


 隣の女性肩をたたかれ、目を覚ませば外はすっかり夕暮れ色。

 本気でやばい。一日寝てた……って落ち込んでいる場合じゃない。

 女性にお礼を言ってケティを見やれば、こちらもぐっすり眠っている。

 わかる、わかるよ!疲れているんだよねケティも。


「ケティ、起きて! 乗り換えだって!」




 ◇◆




 女性には何度もお礼を言ってから駅馬車を下り、まだ半分寝ている状態のケティと駅馬車の待合所に立った。

 ここにも売店はあるが、時間が遅いせいか軒並み閉まっている。

 寝てたせいかお腹が全然空いてないし、問題はないかな。


「野宿かな」

「夜行便が1本だけあるんです。ちょっと待つんですけど」


 眠たそうな声音でケティが言った。


「少しでも先に進んでおきましょう」

「うん、そうだね」


 無理はしない範囲で、だけど。

 



「多分、シェリーさんのことなんで説明を省いているかなって思っていることがありまして」

「何?」


 待合所のベンチに座って、保存食のビスケットをもそもそと食べる。

 超個人的な好みなのだが、この口の中の水分持っていかれる感じって結構好き。保存食になんの不満もない。

 「水ください」とケティにお願いして、手のひらを上に向ければケティが魔法で水を出してくれる。便利だ。

 手のひらの中の水を飲み干しながら、これで自動販売機があればもっと便利なんだけどなぁと思った。

 でも私、お金持ってないんだった。買えないし。


「ユエがこちらの世界に来た時に、元の世界に帰すことができないお伝えしていましたけど」

「うん、世界を救わないと帰れないだったよね。神器を集めて神様に会わないと帰れないってことでしょ」

「ユエを元の世界に戻す送還の魔法が、神様のいる神の塔でしか発動しないんです」

「ふーん」


 そうなんだ、と頷きかけて、ふと考える。 あれ、待てよ。


「別に神に会うこと自体は条件に入っていないってこと?」

「はい、聖地を回らなくても元の世界に送ることはできます」

「その神の塔に入るのにすべての神器が必要なのだ! ってことだったりは?」

「ないです。やっぱり説明していなかったんですね」


 ケティは大きく項垂れてため息を漏らした。


「ごめんなさい。ユエが結構前向きだったのでその説明を省いているとは思わなかったんです」


 結構前向きって……、確かに、それは間違ってないか。

 思えばやるって決めた瞬間から全力投球だったなぁ。


「役目を途中で放棄して帰すこともできます。このまま神の塔へ行って、それで――」

「ここまで来て、しかもこの世界が終わるかもって聞いて投げ出すほど私薄情じゃないよ」


 ケティの言葉を途中で遮って、私は今の気持ちをはっきり口にした。


「ここまできたら神器を全部集めて神に会ってやる」


 あと二か所だけなんて中途半端なところでリタイアするつもりなんて全然ない。

 やめろと言われてもやめたくないところまで来ちゃったからあとは最後まで突っ走るだけ。


「だから、ケティも一緒に行ってくれる?」

「! もちろんです!」


 何度も大きく首を縦に振ってケティはほっとした様子で笑顔になった。

 まあケティからしたら意図はないものの騙していたような形になってしまっていたから、仕方ないのかも。


「それと、ごめんなさい、もう1つです」

「もう1つ? 何?」

「ユエを向こうの世界に送り返す魔法を発動できるのは神の塔の中だけです。だからこの旅の終着点は神の塔。片道しかないんです」

「そっか」


 一期一会だ、といつか思ったけれど、本当にそうなんだ。

 「また」はない。


「ちょっとだけ、寂しいかも」

「すごく寂しいですよ!」


 今にも泣きそうなケティに言われて、つられて泣きそうになった。

 でもまだ泣かないって決めているから泣かない。


「そうだ! あと2つしかないって思っているから寂しくなっちゃうんだよ、『まだ2つもある!』って考えてみたらどう?」


 思いついたまま言ってみて、あと2つが荒野×2だったら違う意味で泣ける! と思ってしまった。

 そうだ、まだ2つあるんだ。油断はできない。


「そうですね! まだ2つもあるんです!」


 ケティも同意してぐっとこぶしを握ったが、すぐにその表情が曇る。私と同じ考えに至ったのだと思う。


「不思議ですね、2つって多いような気がしてきました」

「深く考えるのはよそう」

「はい、目の前のことに一生懸命取り組みましょう」


 そうだ、やるべきことがあるから今は神器を集めることだけに集中しよう。

 しんみりするのはさようならするその時でいい。

 ……今は。


 一歩足を踏み出してケティとの距離を詰める。肩と肩が触れ合う距離だ。

 ああ駄目だ。

 寂しくて仕方ないというのが本音なんだ。もうちょっとで「さようなら」なんて。

 こんなに長い間一緒にいてくれた存在がいなくなる。考えるだけで怖い。


 やめよう。今は――神に会うまでは考えない。

 むしろ今を楽しもう。


 突然近づいてきた私に気づいてケティは照れたように笑う。

 ああもう! 可愛いんだってば!

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