第31話 大嫌いな物


「――救世主様! つきましたよ! 救世主様!」

「わあ!」


 慌てて飛び起きる。やっちゃった、寝てしまった!


「ごめんなさい、寝ちゃいました!」

「いえ、お疲れだったんでしょう」


 寝入っちゃったのは疲れていたからだ。間違いない。ここのとこちょっとハード過ぎる。

 ケティも今目を覚ましたところっぽい。小さくうめきながら目をこすっている。


「ケティ、着いたって!」

「お、起きてます~」

「あの、私たちどのぐらい寝ちゃってました?」


 もぞもぞしているケティはちょっと放っておくことにして、息子さんに尋ねる。


「ほんの1時間ぐらいですね」


 ほんの、じゃない! 結構ガッツリ寝てた。

 慌てて立ち上がって、ようやく起きたケティに手を貸して立ち上がらせてると、息子さんもぱっと立ち上がって、荷台から降りて行った。

 それを追いかけるように私も荷台から飛び降りる。着地もばっちりだ。


「さすがです! ユエ!」


 ぱちぱちと拍手をしているケティはまだ半分寝てるんだと思う。あの感じ。なんか呂律が回っていない。


「ケティ、降りられる?」

「いきますっ」


 勢いよく助走して飛び降りてくるケティを、荷台の下で慌てて受け止めた。

 突飛ともいえるケティの行動だが、ちゃんと対応できてよかった。

 ケティは自分の足で地面に立ってえへへと笑う。かわいい。


「ありがとうございます、ユエ!」

「うん、まあ、無事でよかったね」


 すごく気持ちの良い笑顔を見せるケティに適当に答えて頷いた。

 高いところから飛び降りて着地をきめるのって楽しいよね? わかるようなわからないような。

 

「救世主様」


 ケティの可愛らしさに色々誤魔化されているのはわかっていながらも、適当に受け答えしていたら息子さんに呼びかけられた。

 そちらに顔を向ければ私たちのやりとりに呆れているのか苦笑いでこちらを見ていることに気づく。呆れてくれていればそれでいいんだけどなあ。


「ありがとうございました! 本当に助かりました!」

 

 息子さんが何かを言おうとする前に、深く頭を下げる。

 面倒なことにならないよう何も言わせない。

 ケティも何かを察したのか私の横で頭を下げている。

 よし、あとは笑顔で乗り切るだけ。

 顔を上げれば、息子さんは困ったように眉を寄せていたが、すぐに笑顔になった。


「どうかお気をつけて。もしまた――」

「はい! どうかお元気で!」


 元気いっぱいで言い切って、大きく手を振ってさようならと告げる。

 御者台に乗ったままのおじさんは手綱を持つ手と逆の手を大きく手を振って応えてくれた。

 息子さんも少しだけ何かを言おうと言葉を探していたようだったがすぐに首を横に振って踵を返す。

 御者台のおじさんの横に乗り込むと、息子さんはぺこっと軽くお辞儀をした。同時に馬車が走り出しそのまま去って行く。


 何事もなく去ってくれてよかった。さようなら! お元気で!

 ある程度離れるまで馬車を見送ってから、急にどっと疲労感に襲われてしまった。深く息を吐き出しながらその場にしゃがみ込む。


「……なんとか乗り切った……!」


 笑顔を作りすぎたせいか頬が痛い。かなり無理してたな私。

 寝ちゃったのはちょっとやばかったんだけど、変にイベントとか起こらなかったからセーフってことで。

 途中で笑顔が引きつってたのは気づかれてないといいけど。


「ユエ、気づいていたんですねー」

「……そりゃまあ……」


 ケティの言葉に正直に頷く。人からの好意がわからないほど鈍感じゃない。

 最低だとはわかってる。でも。


「面倒くさい……」

「苦労してきたんですね」


 ケティの優しい言葉が胸にしみて、そして胸が痛む。

 こんな最低な女、罵倒されたって文句は言えない。



 あれは確かお姉ちゃんが中学校にあがる直前だったかな。お姉ちゃんと二人、お母さんから『何とも思っていない相手から好意を寄せられた時の対処法』について。

 とにかく『気づかない振り』をしろ、と。

 たいていそこで引いてくれるし、それでも踏み込んでくる相手には遠慮はいらないから思いきり拒否すればいいんだそうで。

 小学生相手に何を教えてんの! と思うけど、まあ、結構役に立つ教えでもあったわけで……。


 そう、思った以上にそういう機会がありすぎた、というか。

 多分お母さん目当てだったんだと思うけど、寄ってくる人が男女共に多かった。

 特に男子。結構面倒な感じなのは断然男子が多い。おかげで私は立派な異性嫌いになっちゃったわけで。


 純粋でも下心があっても、気づかない振りをするのはけっこうしんどい。

 とはいえその好意に応えるのは絶対無理。

 逃げ場がなくて、追い詰められたような感じ。

 感情を押し付けてくる相手も、それを踏みにじる自分のこともどんどん嫌いになっていく。


「恋愛感情なんて、大嫌いだ!」

「ユエにも弱点があるんですね」


 正直な想いを叫べば、ケティは少し驚いたような表情になった。

 ケティが非難してこないことに安心して、だけど、非難されないことに罪悪感を募らせている。

 こんな風になるから、恋愛感情なんて嫌い。大嫌い。


 「スージアさんの息子さんだって、そういう意図はなかったかもしれないし」


 ただ救世主が女子だから興味があったとかそんな感じで自意識過剰だったんじゃないの。

 そうだとしたら単なる無礼な振る舞いになっちゃうわけで。


「いいえ、あれは下心でした!」


 自分の態度の悪さに嫌な気持ちに苛まれかけていたら、力強くケティに否定してきた。

 ……え?


「だから、ユエの反応は正しいです」

「え? ちょっと待ってケティ、下心?」

「気づいてなかったんですか?」


 やや呆れが混ざった色をにじませた目を見開いてケティは私に尋ねてくるけど。

 いや、好意っぽいのかなぁとは思ってたけど、下心って……?


「それはちょっと言い過ぎなんじゃないの?」

「言い過ぎじゃないです! ユエ自身を守るためです! 多少警戒しすぎるぐらいでちょうどいいんです!」

「……あ、はい」


 ケティの勢いに圧されるがまま頷く。

 いいの? 何かあの息子さん悪者みたいになっちゃってるわけだけど……?

 

「いいですね、全部蹴散らして問題なしです」

「あ、はいわかりました。頑張ります」

 

 きっぱりとケティに言い切られてしまえば応としかいえないわけで……。

 何を頑張るのか正直わからなかったけど、全部蹴散らしていいんだろうか?

 駄目だよね?



 

 ◇◆




「いいですか、基本的に恋心も下心も似たようなものですよ」


 駅馬車の停留所まで歩きながらなおもケティは力説し続けた。

 言ってることがちょっと横暴だなと感じているけど口を挟む余地はない。

 さっきまでの可愛いケティからの落差というか。


「自分を安売りしちゃダメです。触ってきたら切り落とすぐらいの気持ちでいきましょう!」

「切り落とすってどこを?」

「腕です」


 どうしよう、ケティが怖いこと言い出した。

 一体何がケティをこんな危険思想に走らせているんだろう。

 ちょっと恋愛なんて大嫌いと本音を暴露しただけなはずなんだけど。

 

「斬るの指ぐらいにしとかない?」

「腕です!」


 そこをこだわるとこ?

 確かにそのぐらいの強気でいければもうちょっと楽に生きられる気がするけど。


「許すのは好きな人だけにしましょう」

「うん。っていうか、許すって何を?」

「それは、……て、手をつなぐ、とか……!」


 あからさまに動揺してケティは目をそらした。

 あまりの純情な反応に私も照れてしまう。

 手を繋ぐって交際してない男女だって問題にならない接触だけど、いや、私は絶対嫌だけどね!って、私もだいぶ動揺してるかも。

 

「ふ、二人きりでおでかけする、とか」

「うん、わかった! わかったから!」

 

 慌ててケティにストップをかける。

 これ以上進んだら、溶けちゃうんじゃない?ってぐらいケティの顔が赤くなっている。

 私も落ち着くから、ケティも落ち着いてほしい。


「とにかく、寄らば斬る! でいきましょう」


 寄ってくる前に斬らなきゃならないなんて、冤罪率あがるんじゃないだろうか。

 でも否定は受け付けない勢いなのでとりあえず頷いておこう。

 

「……あ、うん、じゃあそれで」


 何だかよくわからないけど、方向性が決まってしまった。

 寄って来てほしくはないから別に問題ない……かなぁ?

 

「あ、でもケティ、好意って下心があるとは限らないでしょ? 純粋な好意ってのもあるはず?」

「そうですねえ、でも基本家族以外の異性からの好意は下心だと兄上が言っていたので」


 あれか! ケティの危険思想の原因はあのシスコン兄か!

 悪い虫を寄せ付けないためとはいえ……なんてことを……!

 

「ほら! イェルサール様とか、まるでお祖父ちゃんみたいな感じだったでしょ、一応あれも好意じゃないのかな」

「……家族からの好意と同じようなものですよね?」


 ああ、うん、そうか、そうだよね。

 えーと他に出会った異性っていうと、誰がいたっけ?


「あ! じゃあガネスさんは? あれ下心じゃないよね?」


 思い浮かんだ名前をそのまま口にしてみる。

 そもそもあの人からかい半分だったから、そもそも好意みたいなのがあったのかは謎なんだけど。


「あの方は、下心以前の問題ですよ。人をおちょくるのが趣味なんで。兄上が見てないところで散々いじられてますから」

「なるほどー」


 おちょくるのが趣味って。そんな感じしてたけど。

 ケティもこの様子からあの人のこと苦手に思っているのがよくわかる。

 とんでもない人だ。絶対かかわらないぞ。


「そのキタンさんは? ってまあ私がケティと仲良くしてたから好意的だっただけだと思うけど、ほら! そこに下心はないでしょ?」

「……兄上は」


 ケティは一転困ったような表情に変わって小さくため息をついた。

 ……ああ、ため息つきたくなる理由もわかる。


「そうですね、逆にそういう方面の話がなくて妹としては心配です」

「……だよね」


 妹と結婚します! とか言い出すことはなさそうだけど、かなり縁遠そうではある。

 あの妹愛っぷりを見せつけられて愛想をつかさないような懐の深い女性がこの世にいるのだろうか。


「……いっそユエがお義姉さんになります?」

「絶対無理!」


 シスコンの心情は理解できる。

 私にとってもお姉ちゃんは天使! お姉ちゃん最強!

 でも、理解できるのと添い遂げるのとはまた別の話だ。

 思いきり拒否っちゃったけど、そもそもキタンさんにも選ぶ権利はあるわけだし。

 

「ですよねえ」


 困ったなあと言わんばかりにケティは再度ため息を吐く。

 ……私もお姉ちゃん愛を少しは控えた方がいいのかな、って気持ちにさせられるのは気のせいじゃないはず。

 思わずケティから視線をそらして前方を見やる。


 いくつな名前をあげたけど、好意と下心が別だと言い切れるようなサンプルがない。むしろサンプル数が少なすぎて考察にもならない。

 私、異性との交流が少なすぎるのかも。あんまり交流したくないから仕方ないよね。

 この世界が乙女ゲーの世界だとしたら、ケティの好感度しか稼いでないから友情エンドルート確定だな。

 ノーマルエンドだから、まあ、いいか。……いいよね?

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