第50話 再び向き合い始める二人
放課後、静かな廊下を歩いていると、教室の前で待っている凛の姿が見えた。
今日は、決めていた。凛にしっかりと向き合って、話をしよう。ここ最近の彼女の態度が気になって仕方がなかったし、避けられている理由を聞かなければ、どうしても気が晴れない。
「凛、ちょっと話がしたいんだけど……」
俺が声をかけると、凛は驚いたように一瞬顔を上げ、すぐに視線を逸らした。けれど、逃げることなくその場に留まっていた。
「は、はい……」
凛の声は小さく、少し震えていた。俺はそのまま教室に入って、二人で向かい合う形で座る。
彼女は不安そうに視線を泳がせていたが、何も言わずに俺の言葉を待っているようだった。
「最近、ずっと気になってたんだ。凛が俺を避けてるみたいで……」
俺はゆっくりと切り出す。できるだけ冷静に、凛を責めないように気をつけながら話した。
「……何かあったなら、話してほしいんだ。何も言わないまま、このままじゃ……俺、どうしたらいいか分からない。」
俺の言葉に、凛は少し俯いたまま口を閉ざしていた。沈黙が流れる。彼女が何を思っているのか分からないが、きっと何か抱えているのは間違いない。
「……田中先輩には、関係ないんです。」
突然、凛が小さな声でそう言った。彼女の声はかすれていて、聞き取るのが難しかった。
けれど、その一言には確かな感情が込められているように感じた。
「関係ないって……」
俺はその言葉を反芻しながら、少しだけ言葉を選んだ。確かに、凛が俺を避けているのは彼女の自由だし、俺が無理に踏み込むべきじゃないかもしれない。
でも、俺たちはオタク仲間として長い間一緒に過ごしてきた。凛が何かに悩んでいるなら、その理由を知りたいと思うのは当然だと思った。
「でも、俺は心配してるんだ。凛が最近変わったように見えるし、前みたいに一緒に話せなくなってる。それが何でなのか、俺に教えてほしい。」
俺は真剣な声でそう伝えた。凛は再び沈黙し、何かを考えているようだった。
彼女の手は机の上で握られていて、その震えが微かに伝わってくる。
しばらくの沈黙の後、凛は深く息をついて顔を上げた。その目には決意のようなものが浮かんでいた。
「……私、田中先輩のことを、ずっとただのオタク仲間だと思ってました。」
彼女の言葉に、俺は一瞬驚いたが、何も言わずに続きを待った。
「先輩と一緒に過ごしている時間が本当に楽しくて……でも、最近、その時間が楽しいだけじゃなくなって……」
凛は言葉を詰まらせた。彼女の言っていることは少しずつ俺にも理解できるようになってきた。
彼女は何か大きな感情を抱え込んでいて、それが楽しかったはずの時間を複雑なものに変えてしまっているのだろう。
「だから……逃げてました。先輩と話していると、胸が苦しくて……でも、それを伝えたら……関係が変わってしまうんじゃないかって、怖くて……」
彼女の言葉は途切れ途切れだったが、その気持ちは痛いほど伝わってきた。
凛が抱えている不安、そしてそれをどうすればいいか分からずに苦しんでいることが。
「凛……」
俺は彼女の目を見つめながら、できるだけ優しい声で話しかけた。
「そんなに俺との関係を壊したくないと思ってくれてることが、すごく嬉しい。でも、凛が苦しんでるなら、そんなふうに自分を追い詰める必要はないよ。」
凛は驚いたように俺を見つめ、目を潤ませながら小さく頷いた。
「俺たちは、オタク仲間だろ?確かに、今まで通りの関係じゃなくなるかもしれないけど、俺は凛との関係を壊すつもりなんて全然ない。むしろ、ちゃんと向き合っていきたいと思ってるんだ。」
凛は何も言わなかったが、その表情には少しだけ安堵が見えた。そして彼女は、再び俯きながらも少し落ち着いた声で話し始めた。
「……でも、私は先輩にとって迷惑な存在じゃないですか?こんな気持ちを抱えている私が、先輩の前にいることが、先輩にとって負担になってるんじゃないかって……それが怖くて。」
その言葉に、俺はすぐに首を振った。
「そんなこと、絶対にないよ。凛がいてくれて、俺はいつも楽しかったし、今もそうだ。だから、凛が苦しんでいるなら、その気持ちをちゃんと話してほしいんだ。俺にできることがあるなら、何でもするからさ。」
凛はまた少し黙り込んだが、その瞳はどこか決意を固めたような強さを感じた。
「……分かりました。」
凛は静かに頷いた。そして、少し震える声で言った。
「今はまだ全部は話せないけど……もう一度、ちゃんと考えてみます。先輩に伝えるべきことがあったら、その時は、ちゃんと話します。」
俺はその言葉に安心し、優しく微笑んだ。
「ありがとう、凛。俺はいつでも待ってるから、ゆっくりでいいから、無理しないで。」
その日、俺と凛はようやく少しだけ距離を縮められた気がした。
まだ凛が抱えているものの全てを知ることはできていないけれど、彼女は決意を固めたようだった。
これからどう進んでいくかは分からないが、少なくとも俺たちは再び向き合い始めた。
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