第29話 恋してる人って怖い

 次の日、優奈が急に俺に話しかけてきた。


 今日はどこか緊張しているように見えた。俺が「どうした?」と軽く尋ねると、優奈は少し迷いながらも、意を決して話し始めた。


「田中先輩、実は……昨日、中村君と少し話せたんです。」


 その言葉に、俺は驚きつつも少し安心した。

 優奈が中村君と話せたのは良い兆しだ。

 けれど、その後の彼女の表情がどこか曇っていることに気づき、俺は続きを促した。


「それで?どうだったんだ?」


「……中村君、私が田中先輩と話してるのを見て、嫉妬してたみたいで……」


 優奈の声は小さく、少し戸惑いを含んでいた。俺は一瞬言葉を失った。

 まさか、俺が原因で中村君との関係がこじれていたとは思ってもみなかったからだ。


「嫉妬……か。そうだったのか……」


 俺はしばらく考え込んだ。

 中村君にとって、優奈が俺と楽しそうに話しているのを見て、誤解してしまったのだろう。それが、彼の態度が急に冷たくなった原因だったのか。

 恋愛相談に乗った結果が逆に悪い影響を与えてしまったみたいだ。


「ごめん……」


「いえいえ!相談に乗って貰ったのは私からですし、実際先輩に相談に乗ってもらうことで自分の気持ちとか整理出来てたから先輩が悪いなんてことは全然ないです!」


 そう言いながら優奈はブンブン手を振って俺は悪くないよ、と言ってくれた。

 とは言っても中村くんを誤解させたのは俺にも責任がある。


「だから……田中先輩、お願いがあるんです。」


 優奈は決意したように、俺をじっと見つめてきた。


「中村君と、田中先輩がちゃんと話してくれませんか?彼に、私のことをちゃんと分かってもらいたくて……田中先輩から説明してもらえたら、きっと誤解が解けるんじゃないかと思って……」


 彼女の頼みを聞いて、俺は戸惑った。

 俺が直接中村君と話す──それが効果的なのかどうかは分からない。

 しかも正直こわい。

 中村くんからしたら俺は邪魔者だからな。

 でもしかし優奈の相談に乗って彼女が成長している様子を見て俺は日々嬉しさを感じていた。

 こちらもそこから背を向けるのは不誠実だろう。


「……分かった。俺が中村君と話してみるよ。優奈の気持ちもちゃんと伝えるから、心配しないで。」


 優奈はホッとしたように微笑んでくれた。その笑顔を見ると、俺も力が湧いてきた。

 ちょっと後輩とはいえ、中村君と対面一対一で話す、というのは怖いけれど、話し合いで誤解を解き、優奈のために二人の関係を修復できるよう、俺は全力を尽くすと心に決めた。




 ******




 放課後、中村君を見つけた俺は、意を決して彼に声をかけた。


「中村君、ちょっと話せるか?」


 中村君は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着いた様子で俺の方を見た。


「……なんですか?」


 俺は中村君に近づき、少し周りから離れた場所に誘導した。

 こういう話は、他の誰にも聞かれたくなかったからだ。中村君も俺の真剣な様子に気づいたのか、何も言わずについてきた。


「優奈から聞いたんだけど……中村君、俺たちが話してるのを見て、誤解してたみたいだな。」


 俺はストレートに切り出した。

 ここで遠回しに話しても意味がない。中村君もすぐに俺の言いたいことが分かったようで、少し険しい表情を見せた。


「……はい。正直、あんまり良い気分じゃなかったんだです。あなたと優奈があんなに楽しそうにしてるのを見たら……」


 彼の言葉には、やはり嫉妬心が混じっていた。

 俺はその気持ちを理解しつつも、誤解を解くために真剣に話を続けた。


「分かるよ。それはとても悪かった……。ごめん」


 まずは謝罪を伝え俺は誠心誠意を込めて謝った。人は誰しも恋に対して真剣だ。

 それを部外者がいきなり邪魔をしてきた、となれば誰でも嫌だろう。


「……でも、誤解しないでほしい。優奈が俺に相談してたのは、中村くんとのことで悩んでたからなんだ。俺たちはただ、どうやって君との関係をうまくいかせるか、その相談をしてただけなんだよ……」


 その言葉を続けると、中村君は少し驚いたように目を見開いた。


 俺が何を言おうとしているのか、彼にも伝わったのだろう。だが、まだ彼の表情は硬いままだ。


「……本当にそうなんですか?」


 中村君は疑問の目を俺に向けてくる。

 そりゃ当然だ。これで信じろ、という方が酷だ。

 それでも俺は真実を中村くんに伝え続ける。


「本当だよ。俺たちが楽しそうに見えたかもしれないけど、優奈はずっと君とのことを気にしてたんだ。君との関係が悪くなることを一番心配してたんだよ。」


 俺はさらに続けた。

 中村君には、優奈がどれだけ彼のことを大切に思っているか、ちゃんと伝えたかった。

 そして分かって欲しかった。

 優奈の気持ちを。


「優奈はお前のことを本当に大切に思ってるんだ。それは間違いない。だから、俺と優奈の間に誤解があったなら、それは今ここで解いてほしい。誤解させて本当にごめん」


 もう一度俺は謝った。


「……」


 ──そして長い沈黙。


 中村君はしばらく黙って考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。


「……そっか。俺、勝手に誤解してたんですね。」


 彼の表情が少しずつ柔らかくなっていくのが分かった。


「こちらこそすみませんでした、田中先輩。あなたにこんなことを思ってたなんて、今思うと恥ずかしいです……」


 中村君は素直に謝ってくれた。

 俺はその言葉を聞いて、少しホッとした。

 形はどうであれこれで彼との誤解は解けた。


「いや、俺も気づいてなかったからさ。でも、これで分かってくれたなら良かったよ。あとは優奈とちゃんと話してみなよ。田中君が思ってるより、優奈はお前のことを考えてるからさ。」


 俺がそう言うと、中村君は少し照れたように笑った。


「そう、ですね……ありがとうございます、田中先輩。俺、優奈とちゃんともう1回話して、向き合ってみることにします」


「ありがとう、ごめんね」


「いえいえ、こちらこそ。あと優奈が俺の事気にしてたって本当ですか?」


「あぁ、本当だ。めちゃくちゃ気にしてる」


 その俺の言葉を聞くと田中君は笑顔になって、


「良かった……」


 と、安堵と共に満面の笑みを見せてくれた。




 ******




 その後、中村君は優奈と話し合い、二人の関係は少しずつ元に戻っていった。優奈がどれだけ彼を想っていたかを、彼もようやく理解してくれたようだった。


 俺はそんな二人の様子を見て、少し胸を撫で下ろした。二人の誤解が解けて、また仲良くしている姿を見られて良かった。


 ……にしても田中くん怖かったなぁ。もうこんな立ち回りは二度とごめんだ!!!

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