第26話 突然の冷たさ

 放課後、いつものように図書館にいると、優奈がまた相談に来た。


 ──だが、いつも元気いっぱいな彼女が、今日は少し暗い表情をしていた。

 俺はすぐに何かあったのだと察した。


「田中先輩……また、ちょっと相談に乗ってもらってもいいですか?」


 いつもとは違う、弱々しい声。


 その瞬間、俺は彼女が悩んでいることが分かった。俺は軽くうなずき、彼女を椅子に促した。


「もちろん、どうした?何かあったのか?」


 優奈はいつも座る席に腰を落ち着けると、深いため息をついた。彼女の手はぎゅっと握りしめられ、緊張が伝わってくる。


「実は……中村君と、最近なんだか気まずくなっちゃって……」


 その言葉を聞いて、俺は少し驚いた。つい最近、彼女が中村君とのデートの話を楽しそうにしていたのを覚えている。

 順調だと思っていた二人の関係に、いったい何があったのだろうか?


「気まずく……?どうして?」


 俺が問いかけると、優奈は困った表情を浮かべ、ゆっくりと話し始めた。


「それが……理由がよく分からないんです。特に喧嘩をしたわけでもないし、私が何かした覚えもないんですけど……最近、中村君が冷たくて……」


 彼女の声には、いつもの元気さがなく、代わりに不安と戸惑いがにじんでいた。彼女は本当に何が原因なのか分からず、悩んでいるのが伝わってきた。


「中村君が冷たくなったのか……。何か心当たりはないのか?例えば、何か言ってしまったとか……?」


 俺がそう聞くと、優奈はすぐに首を横に振った。


「それが、何もないんです。普通に話してたつもりなのに、突然、話しかけても素っ気ない感じになって……何か悪いことをしちゃったのかと思っても、全然心当たりがなくて……」


 彼女の戸惑いは本物だった。何もしていないのに、突然相手が態度を変える──確かに、それは誰でも不安になるだろう。


「そうか……それは辛いな。中村君と話し合ってみたらどうだ?理由を聞いてみるのが一番いいと思うけど。」


 俺はまず、シンプルな提案をしてみた。優奈自身が彼と話をして、どうして態度が変わったのかを聞くのが一番確実だと思ったからだ。


「私もそう思ったんですけど、どうしても話しかける勇気が出なくて……。もし、私が何か悪いことをしてたらどうしようって思うと、怖くて……。」


 優奈の声には恐れが混じっていた。彼女は、中村君に嫌われたのではないかという不安に苛まれているのだろう。


「なるほど……じゃあ、無理に聞くんじゃなくて、少し様子を見てみるのはどうだ?時間を置いて、自然に話せるタイミングを待つとかさ。」


 俺はそう提案してみた。無理に理由を聞こうとするのではなく、時間をかけて少しずつ距離を縮めていく方法もあるはずだ。


「そうですね……そうするしかないのかな……」


 優奈はしばらく黙り込んで考え込んでいたが、すぐにまた口を開いた。


「でも、中村君が最近私に何か話してくれなくなって……それが一番悲しいんです。前までは何でも話してくれたのに、今は私が話しかけても、短く返事するだけで……」


 彼女の表情には、本当に悲しそうな気持ちが溢れていた。二人の関係が順調だった時を思い出しながら、今のすれ違いに苦しんでいるのだろう。


「そっか……それは確かに辛いな。でも、もしかしたら中村君自身も何か悩んでるのかもしれない。俺は中村君のことをよく知らないけど、たぶん彼自身の問題で、優奈にどう接すればいいか迷ってるんじゃないかな。」


 俺がそう言うと、優奈は目を見開いた。


「中村君が、私にどう接すればいいか迷ってる……?」


「うん。例えば、彼が何か不安を抱えていて、でもそれをどう伝えたらいいか分からなくて、距離を取ってしまったのかもしれない。人ってそういう時、どうしても自分の気持ちを相手に伝えづらくなることがあるからさ。」


「でも……それなら、どうすればいいんでしょう?」


 優奈は真剣な表情で聞いてきた。

 彼女は本当に心から中村君との関係を修復したいのだろう。そんな彼女を前にして、俺はできる限りのアドバイスをしようと思った。


「やっぱり、焦らずに少しずつだと思うよ。今は中村君も何かに悩んでるかもしれないし、無理に問い詰めるよりも、少し様子を見ながら、自然に話せるタイミングを待つのがいいんじゃないかな。」


「……うん、そうですよね。」


 優奈は小さく頷き、少しだけ表情が柔らかくなったように見えた。


「でも、田中先輩……私が中村君にもっと話しかけてあげれば良かったんでしょうか?」


「いや、優奈が悪いわけじゃないと思うよ。恋愛って、お互いにどう思ってるか不安になるものだし、そういう時に一時的に距離を置きたくなることもあるんじゃないか。」


 俺は優奈を慰めるように言った。中村君が急に冷たくなった理由は分からないが、少なくとも優奈が悪いわけではないはずだ。


「そっか……じゃあ、焦らずに少し様子を見てみます。田中先輩、ありがとうございます!」


 優奈はそう言って、少しだけ笑顔を見せてくれた。彼女の笑顔を見て、俺も少し安心した。きっと優奈は、時間をかけて中村君との関係を修復するために頑張ってくれるだろう。


 その後、優奈は元気よく図書館を後にした。しかし、俺の心の中では、なぜ中村君が急に冷たくなったのかという疑問がまだ残っていた。


 理由は分からないままだが、優奈が前向きに頑張ろうとしている姿を見て、きっと何とかなるだろうと信じていた。

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