球児と球女 〜甲子園で花咲く扇の詩〜
真洋 透水
第一章 運命との再会
第1話 扇の詩
……扇は、混沌に満ちていた。
爆音、汗、猛暑、そしてこのツーアウト満塁の大ピンチ。目の前で睨みを効かせる打者は城壁、マウンドを取り囲むランナー達はさながら敵の包囲網。
響き渡る大演奏は打者の背中を押し、投手の不安と緊張を煽る。今日番の大歓声。最終回ツーアウト満塁の場面が齎す緊張感は、選手だけでなく観客達の呼吸すらも忘れさせる。
次の一球が全てを決める。その瞬間に、人は本能を忘れて見入っている——。
《——4番・ピッチャー、
全ての球児が目指す夢舞台・甲子園。その切符の行く先は、神のみぞ知る。
夢にまで見て、恋焦がれて、泣いて、泥に塗れて。
恥も外聞も要らない。あるのは勝負に懸ける矜持想いだけ。
そして最後は、居るのか居ないのかも分からない勝利の女神に全てを託す──。
そんな矛盾に命を懸け、闘志を燃やす瞬間に。
──俺は、悦び狂っていた。
△▽
《──2年B組、
……心地の良い、夢だった。
こんな夢ならずっと見ていたい。花畑で大の字になって眠っていたような俺を、容赦の無い放送呼び出しが現実へと引き戻す。
どうやらホームルームも終わっていたようだ。グラウンドから部活の声が聞こえる。
机に突っ伏していて凝り固まった体を伸ばし、欠伸をしながら毒気を吐き出す。頭を掻きながら、重い足取りで教室を後にする。
呼び出しなんて無視だ。さっさと帰ってもう一眠りしたい。
「オーラーイ!」
「ナイス
裏門。その近くにあるグラウンドで幼馴染・
そんな彼女は俺に気付き、嬉しそうに手を振って来た。
「……野球……か」
甘い記憶と、苦い記憶。色んなものが入り混じり、俺の枷を縛る。
適当に手を振ってやり、どこか悲しそうな顔をした捕乃華のことなど知らないまま、俺は学校を後にするのだった。
「──で、打川。呼ばれた理由は分かるかね」
「い、いやぁ……何の事だか」
翌日、放課後。俺を睥睨するのは、担任の現国教師・
身長145cmの合法ロリでありながら、その長い黒髪や美人然としたただずまいはそこらの大人よりも大人っぽい。しかし羽織っている白衣の裾は地面にぺったり。
そんな可愛らしい姿でありながら俺の頭を鷲掴んで連れて来た恐ろしいまでの握力を持つ。その人差し指で机の上にあるプリントを持ち上げた時、俺の体は恐怖で跳ね上がった。
「……お前、授業中ずっと寝ているだろう」
「ぐ……な、何のことやら」
「他科目の先生から担任の私にクレームが相次いでいる。転入試験では優秀な成績を収めたようだが、その授業態度は頂けんな」
「皆さん、子守唄がお上手ですからねぇ……」
「それで成績を取れるなら私は文句を言わん。だがお前の姿をよく思わない先生方がいらっしゃるのも事実だ。それを何度か伝えたはずなのだがな。あと部活だ。お前だけだぞ、どこにも所属していないのは」
「転校生に部活強制のルール適用します?」
「我が校は1年間部活動を行う校則があると説明した。2年の中で活動していないのはお前だけだ。前の高校では何部に所属していた? 仮に帰宅部でも、何か興味のある事は無いのか」
「い、いやぁ……平山先生は今日もお綺麗ですねぇ。白衣も似合ってらっしゃいますよ」
「……反省の余地無し、か。良いだろう。変わる気が無いのなら、私がその場所に連れて行ってやる」
「何を企んでらっしゃるのか分かりませんが……面倒になる前に俺は失礼——」
「――着いてこい。とっておきの場所を教えてやる」
「ぐああああ!! 引き摺ってるし減り込んでくる!! タイルの木片が背中に刺さって頭が凹むうううううう!!」
どうやら反論の余地は無いらしい。そうして引き摺られながら、廊下に悲鳴を轟かせるのだった。
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