駆け落ちおばさん

@yokkya

ヘローワークでの出来事

「わてが駆け落ちしたのは、16の頃でした。」

「は、はぁ。」


 国の職業斡旋機関であるヘローワークの窓口で、相談員の女性が身の上話をはじめたので、私、橘権三(たちばなごんぞう)は非常に戸惑ってしまいました。


 先週、私は些細な事で上司と喧嘩になり、食べかけのおにぎりを上司の顔めがけて投げつけました。(それはお昼休みの出来事だったのです。)逆上した上司によって、私はクビになり、妻は愛情おにぎりを粗末にしたことに憤慨し、家を出ていきました。


 全く私がいけないのです。


 喧嘩をするなら、お昼休み以外にするべきでしたし、もっと妻の愛情に応えて、毎日早く帰宅するべきでした。


 それはともかく、職業が安定しなくなった私は、ヘローワークに失業給付の手続きをしに参りました。そしたら、このざまです。窓口に座った時から、変なおばさんだなとは思っておりました。歳は56歳くらいでしょうか?髪は短いのですが両サイドに膨れあがり、目はまん丸で猫のよう、鼻はひん曲がり、口は耳まで裂けていました。


「まだ、お若いのに大変でしたね。」

 相槌を打った私もまた、悪かったのです。

「それからは苦労の連続どした。わてらの暮らしは貧しく、靴も一足しかなかったので、2人一緒に外出することは出来ませんでした。」


 私は、早く手続きをすませ、失業保険で回転寿司でも食べ、お昼寝したかったのですが、おばさんは充分に間をとりながら、ゆっくりとお話ししたのです。

「食べるものなんて、なおさらどす。大根なんて高級品どしたので、隣の家で捨てる菜っ葉の部分をゴミ箱から拾い、湯がいて食べ申した。」

 私は段々とイライラしてきました。

「時には、道端に生えている名もなき草を積んできて、サラダにして食べたこともあり申した。それでも、わてらは、幸せどした。」


 イライライライライライラ。


「しかし、幸せは長くは続きませんでした。」


 イライライライライライライラ!!


「夫側の親族がわてらに嫌がらせを・・・」

「もう、我慢出来ん!」

 私のイライラは頂点に達しました。私はカバンの中からコンビニで買ったおにぎりを取り出し、おばさん目がけて投げつけました。

 おにぎりは、おばさんの顔に命中し、ぐちゃぐちゃに潰れ、中に入っていたシャケが辺りに飛び散りました。


 怒ったおばさんは巨大化し、耳まで裂けた口でこう言います。

「お前はまた、同じ過ちを繰り返すのだな!

お前に紹介する仕事はないわ!失業保険も私が預かる!」

「ば、化け物だ!ひぃぃぃっっ!!」

 私はヘローワークの真ん中で気絶してしました。


 後日、新聞で確認したところ、おばさんは書類を振り回して暴れまくったそうです。逃げ惑う人々の悲鳴が、薄れていく意識の奥底で聞こえたようでした。

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