第四の月
日が差す時間が1日のうちの僅かな時間になり、
空からゆっくりと雪が舞い降りて、世界は降り積もる雪に覆われていた。
少女は暖炉に火を焚べて、子供達が凍えぬように温かなお茶を用意していた。
「ねえ母様、今日はどんなお話をしてくれるの?私は海の怪物の話が聞きたい!」
「えぇー。でもなんていうか、僕は…ちょっと。その…怖いなぁ。」
ローシュは少女の周りをくるくると回って、腰に抱きつきながら。
イーサンはもじもじと伏せ目がちに、少女の服の裾をちょんと掴みながら言った。
2人の子供はすくすくと育ち、もう彼女の胸の高さまで背が伸びた。
それでもまだまだ「親」に甘えたいようで、雪遊びにも、動物たちとの競争にも飽きると、このように少女に世界の様々な話を聞きたがった。
「ローシュ、火の近くではふざけてはいけないよ。
昨日ローシュの聞きたい話をしたから、今日はイーサンの聞きたい方にしようね。」
「あと、イーサン。言いたいことは
はっきりと言っていいよ。怒ったりしないから。」
2人にそう言いながら、お茶の入った木彫りのコップを3つ机に置くと、椅子に座るよう促した。
そうして少女は森を彩る様々な花を咲かせる植物について話し始めた。
話の最中でローシュは机に突っ伏して寝入ってしまっていたが、イーサンは目を輝かせながら最後まで聞き入っていた。
「春になったらお花が見られるよね、僕探しに行くのがすごく楽しみだよ。」
イーサンは明日から降りて、少女の周りをうろうろしながら、少し早口に話していたが、興奮しすぎた為か躓いてしまった。
「危ないーーー」
「熱い!熱いよ!」
イーサンは転んだ拍子に暖炉にぶつかり、片手を火の中に突っ込んでしまった。
「痛い!熱い!母様助けて!!」
あまりの熱さと痛みにイーサンは泣きながら、聞いたことのないほどの大きな声を出した。
寝ていたローシュも流石に飛び起き、その光景を見るや
「消さないと!水!雪!」
と、叫びながらドアを蹴飛ばし、外へ飛び出して雪をかき集めている。
少女はイーサンを助け起こし、彼を宥めながら腕の怪我を確認した。
イーサンの腕は、赤く爛れて血が滲んでおり、思わず少女は顔を顰めた。
「とにかく冷やさないといけない。血は雪で冷やした布の上から押さえて止めよう。」
「母様助けて。痛いよ。」
少女に抱き留められ、少し落ち着きを取り戻したものの、まだ涙を流しているイーサンの、その腕に少女が触れた時ーーー
「奇跡」が起きた。
少女の掌から、柔らかな光が溢れたのだ。
そして、その光は徐々に伸びてイーサンの火傷を包みこんだ。
少女は並大抵のことには驚かなくなったが、流石の少女を持ってしてもその出来事は余りにも理解が及ばなかった。
ちょうどその時、猪ほどの大きさに固めた雪を持ってローシュが戻ってきたが、その光景を目にして、どさり と雪をその場に落としてしまった。
光が自身の腕を包むや否やイーサンは泣き止み、薄らと目を開けて、2人と同様に驚愕の表情を浮かべた。
「母様、これ何?
すごく気持ちが良くて、痛みがないんだけど、僕一体どうしたの?」
「わからない、ただ必死で…」
「ねえ、傷が塞がっていってない?」
ローシュの言った通り、光に包まれて淡く光るイーサンの腕の火傷が、まるで時を遡っていくかのように、みるみるうちに治っていっていた。
「よくわからないけど、よかったわねイーサン!」
「う、うん。母様すごいや。なんでも出来るんだね。」
理解できないながらも笑顔を取り戻した2人と違い、少々は困惑から中々正気を取り戻せなかった。
2人を寝かせた後、少女は独りになりたくて外に出た。
雪は降り止み、満月の煌々とした光を受けて、木の枝をしならせるほど積もった雪が輝いていた。
いつか現れ、冷たくも無慈悲に彼女に「見よ」と告げた神。
あの時から、全てが変わってしまった。
イーサンとローシュ、そして自分自身も。
この奇妙な力…それこそ奇跡のような力が与えられたことも、その一環だろうか。
「奇跡を起こす?まるでクソッタレの神の御技じゃないか…」
体が冷えるのも厭わず、少女は積もった雪の上に倒れ込み、額に手の甲を当てながら天を仰いだ。
これがお前の見せたかったものか?
どうせ返事は来ないのだからと、少女は心の中でそう問いかけた。
世界は変わらず、冬の夜の静寂に包まれていた。
神は、ただ見ているだけなのだ。
まるで少女と子供達を含む、この世界そのものが、何かの実験であるかのように。
冷たい空気が肌に、肺に刺さるようだが、少女は気にしなかった。
その冷たさが、彼女の心のざわめきを少しだけ和らげるように感じていた。
「本当に、何をさせられているんだ…。何を見せられているんだ…。」
「見よ」と告げられたその言葉は、まだ終わりを意味していないのだ。
満月の光に照らされた夜空を見上げ、少女は静かに目を閉じた。
奇跡があり、苦悩があった。
第四の月である。
そしてこれは始まりの一部であった。
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