第六の日

「 見よ 」









辺りの景色が瞬時に変わった。



いつのまにか中空の、いつか浮かんでいた雲と大地の狭間に居た。




事態を理解できないことと、気温の変化のために、あまりの激情により生まれた熱が急速に冷え始めた。



そして少女の耳がそれを捉えた。



風の音に紛れて、遠くから微かに、でも確かに聞こえるそれは





それは紛れもなく赤子の、人間の赤子の泣き声であった。



少女は鳴き声の方へと、先ほどまでとは打って変わって、力なく、静かに飛んでいった。





疑問は絶えなかった。


何故自分は今神への復讐を果たさずに、泣いている声に引き寄せられているのか。


何故あのクソッタレは姿を見せたのか。


何故、何を見ろと言うのか。


何故、何故、何故ーー




考えても答えは出ない。


それでも堂々巡りの思考の中で、憎い相手の言いなりになどなりたくないと思いながらも、泣き声の主を見ようと思ってしまっていた。



山を越え、小川を越え、湖の縁を抜けて、森の奥の、動物達の踏み慣らした小径の先…




開けた草原の中心に、一本の大きな木があった。


その根本。


木陰から漏れ出る柔らかな光の中、青草が幾重にも折重ねられるようにされた上に、間違いなく人間の赤子が2人。



文字通り顔を真っ赤にさせて、力強く泣いていた。



少女の目から何故か止め処なく、静かに涙が溢れた。







見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。



辺りの木々がたちまち色とりどりの豊かな実をつけ始めた。

麦は黄金に身を染めて、稲は恭しくその頭を垂れた。




それがあなたたちの食べ物となる。 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。


天高くから声が降った。






そしてーーー愚かで醜くも美しく、愛おしい我が子よ。



我が子よ、あなたには「       」を与えよう



少女のすぐ近く、真後ろの耳元から、声が聞こえた。






その声を最後に、もう二度と神の声は聞こえなくなった。





少女はただ、声に振り返ることもなく赤子たちを見つめ、涙を流し続けた。



神の意図も、この世界の未来も、何故自分は泣いているのかもーーー何もかも彼女にはまだ理解できなかったが、その場で感じた何かが、




確かに彼女の心を深く揺さぶっていた。

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