星の魔女

諫崎秋

1話 

「いつまで寝てやがんるんだ、起きろグズども」


僕の朝はいつも早い。

家畜小屋の中で、日が登る前に起こされ、豚の餌の様な残飯を喰らわされ、働き始める。ツルハシと水筒を持たされ、歩く、岩に囲まれた道を歩く、歩く、歩く。岩に囲まれた道は、固定された灯りで照らされている。

漸くつけば、ヘルメットと、灯りを渡されたあと、すぐに指示を言い渡され、岩壁をツルハシで殴り始める。

殴る、殴る、殴る。


「ガキンッ、っ、ガキンッ、っ、ガキンッ」


殴るたびに、手に痺れる様な痛みが走る。

いくらやって居ても、この痺れには慣れない。


それでも、殴る、殴る、殴る。


殴る、殴る、殴る。


ツルハシで殴る度、壁が少しずつ削れていく。


殴る、殴る、殴る。


壁の欠片が僕の体に降りかかる。


殴る、殴る、殴る。


頭につけた灯の光に、土煙が反射している。


殴る、殴る、殴る。


脚に、壁から削れた石ころが当たる。


殴る、殴る。


土煙を吸い込んで咳き込む。


殴る、殴る。


何も考えずに、ただ、ただ、黙々と。


殴る、殴る。


 掘り始めてから、7時間くらいだろうか、長い時間が経った。ひたすら殴り続けていると、突如として後ろから肩を、とんとん、と叩かれた。小さいながらも、分厚い手の皮を感じた。

振り向くと、そこには、僕と同じくらいの年齢、13歳くらいの男の子がいた。僕と同じく、見窄らしい格好をしている。こいつも僕と同じで、奴隷だ。名前は無いらしい。


「………」


「あ、ありがとう」


こいつは、毎度毎度飯時になると、声をかけてくれるのだ。僕が飯の合図に気付かないで壁を掘り続けていると、わざわざ声をかけに来てくれるいい奴だ。

ここの作業場だと普通、周りで働いてる奴なんかは、自分にいっぱいいっぱいで、他の奴にかまって、声をかけてる暇なんて無い。声をかけてくれる奴がこいつしか居ないのも、当然であった。


「…………」


「…………」


僕らはともに歩いた、無言で、道を、配給所までの道を。

いつも通りの静かな道、遠くから響く怒号と、鶴橋で壁を殴る音だけが、僕らの間に響いている。


 毎度毎度、道中僕らは何も話さない、というか、一度として、まともな会話をした事は無い。僕が話しかけるべきなんだろうが、生憎と、話せる程の体力が残る事なんてない。僕らは仕事中、常に後ろを監視員に見られているからだ、サボったら鞭打ちか、リンチだ。飯時に入念に声をかけられないのはなんでかって?

あいつらが真っ先に飯を食べに行くからだ。だって、そもそもあいつらは、奴隷の飯がどうこうなんて殆ど気にして無いんだ。僕らが死んでも、代わりはいくらだって居る。ただ仕事中にしっかり働いているかどうかが、あいつらには大事なんだ。


「お前、何処の生まれだ」


不意に同い年から声をかけられた。

こいつとの、初めてのまともな会話。

しかし今は、疲れすぎて、声を出すのも億劫だ。

それでも、こいつは疲れてる中、せっかく話しかけて来てくれたんだし、それに、こいつには良く助けて貰っている。感謝の気持ちを込めて、僕は精一杯、声を出そうとする。


「っ………………」


しかし、結果、僕の喉からは、声が出なかった。

最初のお礼の時に喉の力を使い果たしたのだろうか、酷いものだ。しかし、一度で諦める訳にはいかない。そう思い、もう一度、今度は更に気合いを込めて声を出す。

すると、短くはあるけれど、漸くまともな声が出た。


「ルーマシャープから来た」

「……?」


聞いた事が無かったのだろうか?首を傾げた。

まあ無理もない、僕の出身、ルーマシャープは、今いるここから遥か北にあるんだ。ここら辺にいる奴が聞いた事も無いのも当然だ。

厳しい労働の後、ほぼ存在しなかった体力と気力を、少しの会話の為更に使った僕らは、そこから配給所の道のりで、何も話すことは無かった。


────────────


残飯の様な不味い飯を食べると、僕らはまた動き出した。


飯の後は仕事が変わる、僕らはいつも通り、上の人間の指示にしたがって、さっきまで働いて居た場所とは別の方向の道へと進む。


「コツコツ」


指示係の人間らと、僕ら奴隷らの足音が足の壁に反響してよく響いて居た。ここの道は灯りを照らさなくても、ある程度は何故か明るかった。

すると、沈黙を破る様に、指示役の男が、もう一人の指示役の男に話しかけた。


「ヤニャール、こないだお前に勧めて貰った娼館さ、最高だったよ」


下世話な話だった、しかし僕ら奴隷には縁の無い話、少しだけ興味が沸いた僕は、ぼーっと、しかし、少しだけその話を聞いていた。


「だろ?あそこって、周囲の他の娼館より可愛い子多めなのに安いんだよ、だから穴場だって──」


何て寒い事を言うんだろうか、暗いからよく見えないけどどや顔をかまして居そうだ。僕はそう思ったが、これは偏見の詰まった酷い、的外れな判断だった。特に意識して言ったわけではなかった指示役の男が可哀想なもの。


「そうなんだけどさ、俺あの娼館でめっちゃ好みの子見つけちゃったのよ」


指示役の男は興奮する様に言った。


「名前は分かんないんだけどさ、黒髪の子だった」


「え?まじで?そんな子居たっけな?」


「知らないのか?じゃあ最近入った子なのかもな。だったらお前、俺と今度一緒に見に行かないか?」


指示役の男らは、美人娼婦の話題で盛り上がっていた。

中々見ないレベルでの美しい女という事に、心が沸き立っていたのだろう。


「お、いいな、行ってみるか」


男らはその後も、ガヤガヤと下世話な話や、世間話などを続けた。奴隷の僕には、聞いているのが少し辛かったけど、真新しくて、面白い話だった。こういう普通の男の話を聞くと、僕も奴隷じゃ無くなったら、なんて、無謀なことを思ってしまう。

ぼーっとそんな事を考えていると、次の作業場に着いたようだ。


「おら、お前ら、いつも通りやれ」


男らは、そう言うと、今出てきた道の入り口に置いてあった備品の水と袋を僕らに押し付けて、仕事は終わったとばかりにさっさと来た道を戻って行ってしまった。吹き付ける砂に当たるのが嫌なのだろう、いつもみんなこんなものだ。それに、ここの仕事に監視員は要らない、ここは開いた場所だけど、僕らは魔法で縛られているらしくて逃げられないというし、仕事をしたかどうかは袋の中身を数えればすぐにわかる事。

規定の量を数えられてしまうから、サボっていたら、ここの仕事は終わらないんだ。

それに、ここの仕事が終わるまで飯も食べられないときてるから、僕らはせっせと仕事をしなければいけない、雑な癖に上手くできている。腹が立つ。


ここらの辺りは、見渡す限りの不毛の大地、荒れ果てている。植物も枯れ果て、水も見えない、風も強く吹くから乾燥した地面から砂が巻き上げられて僕らに吹きつけてくる。生命の気配は一つとして感じられない、日も燦々と辺りを照らしつけていて、暑いったら無い。


こんな場所で僕らは何をするのか、それは、隕石拾いだ。

 

 隕石拾いをしろ、僕らはいつも、そう告げられている。

 どうしてなのか、何のためなのか、気になりはする。

 でも、奴隷という立ち場の僕らに質問する権利など、あたえられていない、主人の言う事を忠実に実行し、疑問を持たず、ひたすらに盲目に従う。それ以外の必要の無い行動、ましてや、主人を煩わせる様な行動は、求められていない。それが僕らだ、何度僕はそう言われた事か、教えられた事か、思い出す度に嘗ての痛みが鮮烈に思い出される。嘗ての僕の様な愚かな過ちはもう起こさない、思い起こした痛みに、僕はもう一度心に決めた。


 さて、と僕は頭を振って気持ちを切り替える。

 仕事を早く終わらせなければ、飯にありつけない、早く仕事を終わらせてしまおう。一日に二食でも足りないのに、一食になんてなってしまったら僕の体ももうそろそろ持たなくなる。仕事が出来なくて、飯が食えない、飯が食えなくて、仕事が出来ないなどという悪循環に陥ってしまったら終わりだ。出される飯は、残飯の様なものだけど、腐っても飯は飯だから、しっかりと食べれば生きて居られるんだ。

 飯の時間は日没から2時間まで、ここから食堂までは、一時間くらいの距離だから、余裕を持って日没までに終わらせて仕舞えば良い。


「よしっ、やるか」


 頬を叩いてやる気を出すと、僕はいつも通り隕石を探し始めた。

ここへんで隕石と言うのは10m^2毎に、一個あるか無いかくらいの頻度で落ちている物だ。まあ、この頻度で見つかるのは隕石と言っても、かなり小さい部類で、かけら程度の物だ。だからまあ見つけ辛い、吹き付ける砂のせいで隠れているのだ。小さい上に砂に隠れている石なんて、見つけるのは至難の業。

 何度やっても慣れる事はない。

 因みに僕らは、一人ごとに7以上の隕石を拾うことをノルマにされている。僕の今までの経験上振れも下振れもかなりあるけど、まあ、終えるのに掛かる時間は、大体五時間くらい。


 今は、日没まであと7時間くらいあるから、まだギリギリ余裕がある、しっかりと取り組んでいかねば。

 毎度毎度、さっさと仕事を終わらせようとする僕の背中を、照りつける日差しは、容赦なく肌を焼いていく、度重なる日焼けで、元々白めだった僕の肌はもう真っ黒だ。

太陽に文句の一つでも言ってやりたい。


 せっせと夢中になって探していると、水を飲むのを忘れる、僕は気持ちの悪さを感じて、来た岩の道の入り口に備品として置いてある生ぬるい水を飲むと、一息ついた。

美味しくは無いけど、ありがたい。

補充をしてくれている人らに、感謝を覚えた。

 するとふと、感謝したことの関連か、僕と一緒に来たあいつの事を思い出した。どれくらいあいつの仕事は進んだのか、今まで気にしていなかったあいつの進捗が、ふと気になった。僕が終わった時に終わっていなかったら、少しくらい手伝ってやろう。

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