第56話 園遊会で踏み鳴らす靴音は

そもそも、帝国の最強戦力たる白騎士様を〈力〉で従わせられるものなど、この世に存在しない。


聖都送り――、


などと大上段に構えても、実態は因果を含める――説得するしかないのが、白騎士という存在だ。


高度に自由意思を認める――、


もなにも、本来、彼女たちの意思を制限する手段など、ひとつもないのだ。


心身の適合性――、


とは、穏やかな気性で、帝政に逆らう恐れのない者を選んでいるにすぎない。


そして、乙女たちを〈陛下の御剣〉と褒めそやして帝政に従わせるのだ。



園遊会にビビアナ教授をご招待するためお会いしたときに頼み込み、ルシアさんにわたしの意向を伝えてもらったら、


すぐに会いに来てくれた。



「えへへ。私たち〈本気〉になったら、誰にも気付かれずに移動できるので」


「ああ。スリから財布を取り返してくれたこと、ありましたねー」



内緒ですよ? と、園遊会にお誘いしたら、すごくすごく喜んでくれて、


ほかの白騎士様方にも、内緒話を打ち明けてくださった。


ルシアさんのヒソヒソ話に〈お姉様〉方は口をそろえて、



「ドレス、いいなぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」



と、仰ってくださり、


5人の白騎士様全員が、出席してくださることになった。



   Ψ



まずは、わたしの婚約者たるアルフォンソ殿下を皮切りに、園遊会すべての列席者にご挨拶して回る。


ハイライトは最後の皇帝陛下へのご挨拶だけど、なにせ列席者が多い。


日が暮れても続く、なかなかに体力勝負な儀礼だ。


〈辺境伯派〉の嫌がらせで、叙爵式には出席できなかったアルフォンソ殿下だけど、


ルシアさんのベビーピンクのドレス姿に、とびきりの笑顔を見せてくださった。



「ほんとうにキレイだよ、ルシア。可愛らしい」


「えへへ、マダレナ閣下のおかげです」


「うん。ボクは本当にいい奥さんをもらうことになったよ」


「ほんとですよぉ! 一生、大切にしてあげてくださいね!」


「ありがとう。ほかの白騎士たちもみんなキレイだ」


「でしょう! お姉様たちの可愛らしいドレス姿を、もっとよく見てあげてください!」



アルフォンソ殿下はピンクのドレスを身にまとう白騎士様のお一人おひとりに、にこやかに声をかけてくださり、


なごやかに談笑してくださった。



これで、決まった。



このあと挨拶して回る方々が、


魔鉄の鎧で出力を抑制されていない、可愛らしいドレス姿の乙女たちを、恐れたり怯えたり、礼容にかなわない無礼な態度をとって、顔に微笑を絶やせば、


アルフォンソ殿下に劣る狭量な振る舞い――、を、したことになる。


それはアルフォンソ殿下の排斥を画策する〈辺境伯派〉の貴族たちには、耐えられない屈辱になり、


敵対する〈第2皇后派〉につけ込まれる、弱みとなる。


しかも、



「ボクはマダレナの婚約者だからね。園遊会の主人側に回って、一緒に挨拶しよう」



と、言い出されたので、


ふたり満面の笑みで、第1皇子フェリペ殿下にご挨拶させていただく。



「殿下、本日はありがとうございます」


「あ、ああ……、叙爵、おめでとう」


「あ、そうだ!」



と、わたしが手を打っただけで、ビクッと逞しいお身体を震わせたフェリペ殿下。


そんなに恐くて怯える白騎士様を、心の内では蔑んで見てるとは、ほんと最低ね。



「蘭の花冠、ありがとうございました!」


「……い、いや」


「ふたつの蘭。とってもキレイでした。オルキデアの姓を考えてくださった、アルフォンソ殿下とわたしになぞらえてくださったのですよね?」


「な……」


「見た目が逞しいばかりで品がなくて、叙爵式には相応しくありませんでしたけど、もったいないので、ちょん切って花瓶に活けてきましたのよ?」


「……そ、そうか」


「あ、もう、枯れちゃってるかな~? 根性なさそうでしたし」



フェリペ殿下?


脚が震えているのは、わたしの嫌味に屈辱を覚えておられるからですよね?


よもや、あなたが蔑む可憐な乙女たちに、おビビり遊ばされてのことではありませんよね?



「フェリペ兄上! マダレナへのお気遣いありがとうございます!」


「……い、いや。マダレナは弟の婚約者……。当然のことをしたまで……」



フェリペ殿下の精悍なお顔立ちに浮かぶ、卑屈な微笑み。


アルフォンソ殿下の真っ直ぐな笑顔に、気持ちが敗けてしまうくらいなら、


そもそも、口説くな。


ジョアンか、お前は。


ですわよ。



   Ψ



にこやかに楽しげに、白騎士様たちと談笑しながら歩くアルフォンソ殿下とわたしを、


みなが笑顔を引きつらせながら見ている。


胆力が、なっておりませんことよ。


主賓席の様子を窺えば、皇帝陛下はかろうじて威厳を保たれていたけど、冬なのに冷や汗が隠せていない。


向かって左隣の第2皇后エレナ陛下は、爆笑寸前の微笑みを浮かべて、必死に笑いをこらえている。


みながそろって顔を引きつらせているのが、可笑しくて仕方ないらしい。


さすが、アルフォンソ殿下の御母君。


そして、わたしのお義母様になられる方。


肝がすわっている。


皇帝陛下の向かって右隣に座られる皇后イシス陛下は、すでに腹筋が崩壊して顔を伏せてプルプル震えておられた。


肝はすわってるけど、礼容にはかないませんことよ? 皇后陛下。


褐色の美貌を、みなに見せてあげてくださいませ。


だけど、気持ちは分かります。


ふだん偉そうにふんぞり返り、我こそは帝国の中枢なりと振る舞う群臣たちが、怯えて、狼狽えまくり、


けれど皇帝陛下もご臨席の儀礼の最中に、青白くした顔から微笑を絶やして、恥を晒すこともできない。


その滑稽な状況の原因が、ピンク色した可愛らしいドレス姿ではにかむ、乙女6人――、


王都の劇場にかかる、安っぽい喜劇を観てるよう。



「私はマダレナの義妹いもうとになる者だぞ! 」



と、快活に笑われた、ロレーナ殿下も主人側に加わってくださり、


白騎士様たちと談笑しながら、一緒に挨拶に回ってくださる。



「可愛らしいドレス着てみたいです。ドレス着て園遊会、出てみたいです。……たとえ恐がられても、怯えられてもかまいません」



と、仰られていた白騎士様たちだけど、


アルフォンソ殿下とロレーナ殿下は、彼女たちの気持ちに寄り添い、ベアトリスと一緒に、にこやかに談笑してくださる。



――よき夫、よき義妹に巡り会えた。



「私も騎士服を脱いで、ドレスを着てみたくなったぞ!」



それは、わたしも拝見させていただきたいですわ、ロレーナ殿下。



だけど、この園遊会が終わり、正式な勅命が降りてしまえば、みんなバラバラになる。


わたしは地方貴族にとどめ置かれ、東のカルドーゾ公爵領に。


アルフォンソ殿下は帝国西方に、5年の地方巡察。


ロレーナ殿下は南方に、3年の地方巡察。


ルシアさんは北の聖都に、ホアキンと向かわれる。



――もしも、状況をひっくり返せなければ、みんなバラバラ……。せめて、みんなが笑顔のこの光景を心に焼き付けておきたい……。



「うん、私の名前も帝国史に残ったわね」



と、満足気に腕組みされたのは、師匠パウラ様。



「白騎士のドレスをコーディネートした者として」


「ほんと、お世話になりました~」



ホアキンのドレス製作を監修してくださったパウラ様は〈カワイイ〉に厳しく、なんどもイチから作り直しになった。


睡眠時間を削って頑張ったホアキンは、会場の隅で立ったまま寝ている。


わたしたちのドレス製作秘密基地は、皇宮書庫。


白騎士様たちは目立たないようにと仰られて、皇宮10階のテラスに、直接跳び上がって通ってくださった。


ホアキンとパウラ様とベアトリスと裁縫道具とドレスとその他もろもろを、すべて抱えて。



「私も恐かったんだけど……、近くで見たら、案外可愛いのね。貴女たち」



と、白騎士様に仰られたパウラ様は、元来コミュ力お化け。



「これは、可愛いドレスを着せてあげたくなるわ! 腕が鳴るわね!」



そして〈カワイイ〉はすべてに勝る正義というお方。


すぐに仲良くなられた。


なんども作り直しでホアキンは大変だっただろうけど、白騎士様はいろいろな仮縫いを着せてもらい、


表情がどんどん乙女になって、貼り付けていた微笑が剥がれていく。


キャイキャイと互いのドレスの感想を言い合う姿は、入学準備中の女学生みたい。



「そのドレス、いいなぁ~~~」


「貴女の着てるドレスも、ステキじゃない」


「そう? ……似合ってる?」


「似合ってるわよ~。……うふふ」


「ありがと……。んふっ」



姿見に映る白騎士様の可愛らしいお姿に、わたしとベアトリスとパウラ様も、一緒になってキャイキャイ騒いだ。



「いいこと!? 白騎士だろうがなんだろうが、可愛らしくない女の子なんか、この世に存在しないのよ!?」


「おおぉ――――――――っ!!」



と、パウラ様は、白騎士様方の師匠にもなられた。



   Ψ



帝都のファッションリーダー、パウラ様が親しげにされるご様子を目にした、ご令嬢方の白騎士様を見る目が、少しずつ変わってゆく。



――なんだ、ふつうの女の子ですのね。



ヒソヒソと白騎士様たちのドレスを、羨ましがり始める。



――素敵ね、あのドレス。


――私もピンクにしたら良かったわ。


――純白の髪とお肌、それに紅い瞳に、よくお似合いね。



ただし、目が覚めていくのは女性ばかり。


男性貴族の怯えた目つきは変わらない。


帝国貴族、それも陛下のお側に侍る、群臣の名が泣きますわよ?


あわい褐色の肌を首まで青くしたフェリペ殿下など、まだ小さく震えてらして、こちらには背中を向けたままだ。


奥に控えて、礼容にかなう微笑を崩さない、侍女のパトリシアを見習われてはいかが?


それにしても、わが妹。


成長したわね。


貴女の大好きな、ピンク色に染め抜いたお陰かしら?


でも、パトリシア。


わたしの園遊会のクライマックスは、これからですのよ?



   Ψ



日が落ちて、庭園に篝火を焚く。


通常の式典に用いられる瀟洒なものではなく、軍旅につかう武骨な篝火で会場を取り囲んだのは、わたしの凝らした趣向のひとつ。


皇帝陛下、皇后陛下、第2皇后陛下、そして大賢者様と風の賢者様が並ばれる主賓席から離れた正面には、方形の人工池が満月を映し出す。


そして、人工池の向こう側には、騎士の一団が整然と並んでいる。


〈陛下の庭園〉の一部をお借りして、わたしがひらく園遊会では、


庭園を護る〈庭園の騎士〉の軍権が形式上、わたしに委ねられる。


猛々しく燃え盛る篝火の炎に、凛々しく照らし出された騎士たちは、わたしの指揮下で園遊会の護衛と警備にあたってくれている者たちの一部。



すでに列席者へのご挨拶はすべて終わり、あとは皇帝陛下へのご挨拶を残すのみ。



可愛らしいドレスに、可愛らしく浮かれる白騎士様たちとの時間を、もう少し楽しみたかったし、


もう少し、待ちたかったけど、


陛下にご挨拶して、わたしの園遊会を締めくくらなくてはならない。


騎士たちのならぶ対岸、人工池の満月をはさんでわたしは立ち、陛下の座られる主賓席に向かい合う。



「恐れ多くも、太陽皇帝イグナシオ・デ・ラ・ソレイユ陛下に、ご挨拶申し上げます」


「うむ」



コーラルピンクのドレスのスカートをすこし上げ、ふり上げた片足を踏み下ろす。



カッツーン――――――――ッ!!



と、響くわたしの靴音。


同時に、騎士たちの正面に飾った、ピーチピンクの金属光沢を放つ艶やかな鎧が松明で照らされ、



カッ!! カカッ!!!!



と、整列した騎士たちの鳴らす靴音が、一糸乱れず響き渡った。



「ネヴィス内乱鎮圧の軍功にて、公爵への叙爵を賜りましたこと、厚く御礼申し上げます」



優雅にカーテシーの礼をとるわたしに、


おおぉ――――っと、貴族たちのあげる感嘆のどよめきと、ご令嬢方の黄色い声とが、庭園をみたす。



すこし低めにお辞儀したわたしのコーラルピンクのドレス越しに映える、ピーチピンクの艶やかな鎧、


その奥に整然と並ぶ勇壮なる〈庭園の騎士〉、間の人工池では水面に満月が美しく揺らめき輝いている。


計算し尽くした構図を、軍旅の篝火が幻想的に照らし出した。



鳴り止まない拍手と歓声のなか、わたしはゆったりと頭をあげる。



――パトリシア? 見てるかしら? 靴音を踏み鳴らすなら、せめて、このくらいのことはやるべきではなくて?



わたしは優雅な微笑みを浮かべたまま、


飾った鎧の両脇に立つ〈庭園の騎士〉ホルヘ・サントスと、フェデリコ・エスコバルを、陛下に紹介する。



「わが軍功は、陛下の遣わしてくださった彼らの功でもあります。願わくば、彼らにもお褒めの言葉を賜りたく存じます」


「うむ。ホルヘ、フェデリコ。よくやった。ふたりを伯爵に叙する」



戦闘を回避できたのは白騎士ルシアさんの力だけど、流血もなく王宮をすみやかに制圧できたのは、彼らの見事な統率力の賜物だ。


皇帝陛下より褒詞を賜るだけの働きは、充分にしている。


そして、皇帝陛下より直々に褒詞を賜り、伯爵に叙されたフェデリコの出世は間違いなし。


感謝してよね? ベアトリス。


庭園を埋め尽くした盛大な拍手が鳴り止み、ふたたび皆の目がわたしに集まる。


さて――、



「わたしの本質は、学究の徒。より直截的に申し上げれば〈学問バカ〉にございます」


「う、うむ……」


「帝都ソリス・エテルナに入らせていただいて以降、皇后イシス陛下よりご厚情を賜りまして、恐れ多くも皇宮書庫にて研究に励んでまいりました」


「……うむ」


「陛下にお礼申し上げるという得がたきこの機会。その研究成果を発表させていただき、わたしからのご挨拶に替えさせていただきたく存じます」


「うむ。ぜひ聞かせてもらおう」



群臣たちに、ざわめきが広がる。


そのざわめきの向こう、庭園を警備する騎士たちの間で、ちいさな騒ぎの声が起きた。


騒ぎの声は、徐々に大きくなる。



「ダメだ、ダメだ! 陛下ご臨席の園遊会が開かれている最中だぞ!」



――間に合った……、か。



次の瞬間、


すこし枯れた、だけど力強くてよく通る美少女の澄んだ声が、庭園を突き抜けた。



「カルドーゾ公爵、マダレナ・オルキデア閣下が侍女、フリア・アロンソにございま――っす! 閣下ご所望の品を持ち、参上いたしました――――っ!!」



礼容にかなう穏やかな微笑みを、フリアの声がした方に向ける。



「その者は間違いなく、わたしの侍女。こちらへお通しください」



騎士たちを振り切り、わたしのもとへと全速力で駆け寄るフリア。


片膝を突き、あたまを下げる。



「お待たせいたしました!! マダレナ閣下!!」


「よくやってくれたわ、フリア」



にへっと、満面の笑みを浮かべ、フリアの上げたススだらけの顔は、やっぱり超絶美少女だった――。

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