第36話 妹から可憐さも可愛らしさも消えた

皇帝陛下の代理人、勅使様による厳粛なる裁きの場。


ひろい謁見の間の両脇には、多くの〈庭園の騎士〉様が立ち並ぶ。


自然とわたしの緊張も高まる。


だけど、アルフォンソ殿下がまとわれる、柔和な雰囲気にお変わりはない。


やわらかな微笑みを浮かべられたまま、ひれ伏している妹パトリシアを見詰めておられた。



寛宏大量――鷹揚で懐の深い名君の器を示されるアルフォンソ殿下。



と、白騎士ルシアさんは仰られた。


威厳や威圧、そういったものではなく、大きな器でこの場に君臨されていることが、わたしにも分かった。


〈庭園の騎士〉様が軍事クーデターの首謀者である妹パトリシアの、罪状を読み上げていく。


パトリシアは〈庭園の騎士〉様からの詮議に対し、はぐらかすばかりで、まともに答えなかったそうだ。



――この期に及んでなお、言い逃れできるとでも思っているのか……。



と、眉間にしわが寄りそうになる。


けれど、アルフォンソ殿下が主座に就かれたこの場には相応しくないと、できるだけ穏やかな表情でいるように務めた。


そして、予想はしていたけど、



「勅使様! お聞きください!」



と、パトリシアが顔をあげた。


この場は最終的な裁定を申し渡す場であって、パトリシアに発言権はない。


皇帝陛下の遣わされた勅使の正使様である皇子殿下、副使様である皇女殿下に対して、考えられない非礼だ。



「なんたる不遜な行い。大罪を犯したその身と場を弁えよ」



と、パトリシアの背中を〈庭園の騎士〉様が両脇から押さえ付けた。


そして、パトリシアは「ああっ!」と、涙声をあげて両手で顔を覆う。


だけど、わたしにだけ見えるように、口元をゆがめた。


これは、


笑い話なのだけど。


ひろい謁見の間とはいえ、これだけの人数がいるなかで、わたしにだけ見えるようにするとは、



――名人芸かよ?



と、わたしは吹き出しそうになっていた。


こらえた。



「うんうん。いいよ。聞いてあげる」



と、アルフォンソ殿下のやわらかな声が謁見の間に響き、〈庭園の騎士〉様はパトリシアを押さえつけていた手を放された。



「もったいなきお言葉……」


「うんうん。話してごらん、パトリシア」


「勅使様……、私は騙され利用されたのでございます……」



と、パトリシアの涙の弁明が始まる――。



   Ψ



謹厳な表情を浮かべて立ち並ぶ〈庭園の騎士〉様たち。


静かな謁見の間に、パトリシアの涙声だけが響き続ける。



「うんうん」



と、鷹揚にうなずかれながら耳を傾けられるアルフォンソ殿下。


無機質な表情でパトリシアを見下ろされたまま、身じろぎひとつされないロレーナ殿下。



詮議は既に、すべて終わっている。



わたしの幼馴染で元婚約者、ジョアンとその実家メンデス伯爵家への取り調べで、


パトリシアとジョアンが、かつて恋仲にあったことも判明していた。


しかし、ジョアンはカルドーゾ侯爵家の継承権を持つ、わたしとの結婚を選んだ。


思い返せば、ジョアンとはキスはおろか手をつないだことさえない。


おかげで、わたしのファーストキスをアルフォンソ殿下に捧げることが出来たわけではあるけど、



ずいぶん、人をバカにした話だ。



それでも、わたしはジョアンとの結婚に胸をトキめかせ、ウキウキしながら結婚準備を進めていたというのに。


あの頃の自分を、殴ってやりたくなる。


だけど、もしあの時、あのままジョアンと結婚していたら、いまでも、



「気の強そうな顔をしたマダレナと、結婚してやるのなんか、俺だけだからな?」



と、ヘラヘラと恩に着せられ、感謝を強いられ、


趣味のように続けたであろう学問も、



「可愛らしくないぞ?」



と、揶揄されながらの新婚生活を送っていたに違いない。


それでも、きっとわたしは、



「はいはい。婿に来てくれて、ありがとうね。わたしにはジョアンだけよ?」



と、笑いながら、それなりに満ちたりた生活を送っていたんだろう。


そして、わたしにバレないように、ジョアンとパトリシアは道ならぬ恋を続けていたかもしれない。



ゾッとする話だ。



しかし、王太后陛下をして「アレはアレで天才」と言わしめた、わたしの妹パトリシアは、想像の斜め上をいく謀略を張り巡らせた。


わたしの王立学院での最終学年、その年に入学したパトリシアは、入学式に来賓でお見えになった第2王子リカルド殿下を、籠絡してしまったのだ。


侯爵令嬢であるパトリシアとリカルド殿下の恋が、身分違いということはない。


なのに、慎重に〈秘めた恋〉に持ち込んで、わたしはもちろん、周囲にも隠し通した。


そして、息を潜めてタイミングを見計らい――パトリシアからすれば自分とジョアンとの恋を引き裂いた――わたしの継承権を奪い、結婚まで壊した。


その後、従者にしたジョアンとパトリシアがどのような関係であったのか、


第2王子妃とその従者以上の関係であったのかは、判然としない。


ジョアンは最後まで口を濁したし、パトリシアはまともに答えなかった……。



ふと気が付くと、パトリシアの涙の弁明が熱を帯びていた。


すでに判明している事実関係と齟齬のない、可哀想な第2王子妃の姿を、涙ながらに描き出してゆく。



「楽しみね、マダレナ姉様」



王宮を制圧したわたしに、パトリシアが言い放った言葉の意味が、ようやく分かった。


見れば、驚くことに〈庭園の騎士〉様のなかには涙を浮かべられる方も出て来ていた。


それも、男性ばかりではなく、女性の騎士様にまで……。



「そりゃ、パトリシアからしたら、天敵なわけだわ」



と、ベアトリスに笑われた、わたしには通用しない、可憐で可愛らしいパトリシアの涙の威力。


パトリシアはそれを、わたしに見せ付けたかったのだ。


そのベアトリスも、この場への立ち合いが許されている。


帝国伯爵令嬢となり、わたしの側近侍女でもあるベアトリスには、帝国公爵たるわたしへの随従が許された。


そして、眉を険しく寄せ、わたしに視線を送ってきている。


小さな嘘と大きな曲解を織り交ぜながら、たくみに事実を組み立て直し、涙に乗せて語り続けるパトリシア。



天才、だった。



しかし、わたしは姉として、パトリシアを許すわけにはいかない。


と、ついに眉間にしわを寄せてしまったとき、アルフォンソ殿下が口をひらかれた。



「うんうん。よく分かったよ」


「殿下、私は……」



と、泣き崩れるパトリシア。


だけど、アルフォンソ殿下が浮かべるやわらかな微笑みは微塵も揺らいでいなかった。



「そんなに頑張らなくても大丈夫だよ、パトリシア」


「嗚呼……、なんと慈悲深い……」


「キミにむごい罰は与えない」


「罰……」


「だって、キミはボクの妹になるんだからね」


「…………はっ?」



と、顔をあげたパトリシアの表情からは、可憐さも可愛らしさも消えていた。



「ボクはマダレナと結婚するんだ。そうしたら、家籍は離れたとはいえ、キミはボクの妹にもなるじゃないか」



床に手をついたまま、呆然とした表情で、アルフォンソ殿下のお顔を不思議なものでも見るように眺め続けるパトリシア。


つづくアルフォンソ殿下の言葉に驚いたのは、わたしの方だった――。

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