第13話 こちらも正直な話をしよう

――拝啓、お母様。


マダレナは、お母様の仰ることに耳を貸さず、欲望のおもむくまま学問の楽しさにのめり込みました。


可愛らしくあるべき王国貴族令嬢の身に生まれながら、王立学院を首席で卒業など、可愛げのないマネまでしでかしました。


そして今や、宗主国である太陽帝国の第3皇女殿下から、なぜか家庭教師を命じられるにいたってしまいました。


なにか粗相があれば、容赦なく首を刎ねられてしまうことでしょう。


カルドーゾ侯爵家の家籍を離れ、お母様やお父様、パトリシアに類が及ばないことだけが心の救いです。


どうぞ、いつまでもお元気で……、



という、心境だ。


第3皇女ロレーナ殿下が逗留されている山荘で、お出ましを待っているけど、


首がスースーする。


昨日は、宿舎に入ってから大慌てで、持って来た資料や書籍をひっくり返したけど、



――そもそも、なにを教えればいいの?



という疑問が解消するはずがない。


翌日の段取りを伝えに来てくれた、ロレーナ殿下の侍女様にしがみついて帰さずに尋ねたのだけど、



「殿下の御心をお計りすることなど、私では出来かねます」



と、仰られるばかり。


せめて、ロレーナ殿下が最近ご興味を示されていることは? と、尋ねても、



「……殿下のプライベートをバラせと?」



って、睨まれた。


そ、そりゃそうなんだけど……。


結局、ほとんど寝ることも出来ずに、朝を迎えてしまったのに、


緊張で眠たくもならない。



――ロレーナ・デ・ラ・ソレイユ殿下。



第2皇后エレナ陛下を母君に、第2皇子アルフォンソ殿下を実の兄君に持たれる、帝国の第3皇女。


お歳はわたしのひとつ下、フリアと同い年の16歳。


アルフォンソ殿下と同じく、金糸のような美しいハニーゴールドの髪に、美しいお顔立ちをされているのに、


武芸というか軍事を好まれ、ドレス姿を見かけることはほとんどなく、いつも騎士服でおられる。


要するに、変わり者の〈お転婆姫〉だ……。



「おっ。待たせたな、すまんすまん」



と、駆けてお部屋に入って来られるほどに……。



――姫の振る舞いじゃないわね……。



「よし、じゃあ始めてくれ」


「あ、え……」


「ん? なんだ?」



なにから聞けばいいのか分からない。


だけど……、



「直言してよろしいのでしょうか?」


「ああ、そうか。直言を許す。……というか、直言せずにどうやって家庭教師をするんだ?」


「申し訳ありません」


「うむ、じゃあ始めてくれ」


「あの、あと……」


「うん、なんだ?」


「殿下、おひとりでいらっしゃいますか?」


「ああ、そうだぞ。ぞろぞろ人を連れていても気が散るだけだろう?」


「あ、はい……」


「うん……。まだ、なにか聞きたそうな顔をしているな」


「あの……」


「うむ」


「な、なにをお教えすれば……?」


「あ――……」



ロレーナ殿下のこのお顔、分かる、分かるぞ、ほぼ初対面なのにハッキリ分かる、



――なにも考えてなかった! この姫、なにも考えてなかったんだ!! わたし、一晩中悩んだのにぃ~~~!!!



とは、言えない。


殿下からの〈お題〉待ちで、にっこり微笑む。



――殿下の御心をお計りすることなど、私では出来かねます。



侍女様は、本当のことを正直に答えてくださっていたんだわ。意地悪されてるのかも、なんて疑ってごめんなさい。


うん。偉い人に家臣が振り回されるのは、世の常よね。


わたしも気を付けよう。


ふいに殿下が、カラカラと気持ち良さそうに笑われた。



「よし、分かった」


「はい」


「まわりくどいことはせず、いちばん聞きたいことを聞こう」


「はっ。なんなりと」


「マダレナ。そなた兄上のことをどう思っておる?」


「兄……、アルフォンソ殿下のことでございましょうか?」


「ああ、そうだ」


「……どうと申されましても、お優しい方であるとおうかがいしておりますが……」



アルフォンソ殿下から直接お声掛けを賜ったのは属国であるネヴィス王国での出来事であるし、ドレスやコートを贈っていただいたりしていることも、


ロレーナ殿下がご存知なのかが分からない。


アルフォンソ殿下にご迷惑をかける訳にもいかないし、当たり障りのない返事をしたんだけど――、



「アルフォンソ兄上は、そなたにベタ惚れだぞ?」


「ベ…………」


「ん? ネヴィス王国では、こういう言い回しはしないのか? 兄上はそなたに、……惚れておるのだ。好き。大好き。とっても好き。嫁にしたい。妃に迎えたい。えっと……、あとどんな言い方があるんだ?」


「は……」


「お、伝わったか?」


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



と、心からの驚きの声を、肚の底からそのままに吐き出して、吐き出し終えた瞬間、



――あ、飛んだ。首、飛んだ。



と、第3皇女殿下に対して、あるまじき非礼を働いてしまったと覚悟したんだけど……、



「あはははははははははっ!!」



と、大笑いされてしまった。


エレオノラ王太后陛下によく似た、快活で、聞いてる方まで気持ちのよくなる笑い声。


ロレーナ殿下から見れば、王太后陛下は外祖父の妹、大叔母にあたられる。


血は争えないな、なんて考えていた。



「なんだ、マダレナは気が付いてなかったのか?」


「あうっ……」


「ドレスをもらったり、コートをもらったりしてただろう?」


「あ、はい……、それは……」


「私も一緒に考えさせられたのだぞ? 兄上に女の服の知識などないからな」


「そ、それは……」


「どうだった? コーラルピンクのドレス。われら兄妹が知恵を絞った傑作であったと思うのだが?」


「あ……、とても素敵で……、夢みたいな気持ちにさせていただきました……」


「そうかそうか。ならば良かった。コートは昨日見せてもらったが、よく似合っていた」


「あ、ありがとうございます……」


「うむ。……で、どうだ? 兄上の妃になる気はあるか?」


「しょ、正直……」


「うむ。正直に申せ」



意味が分かりません。


とは、言えない。


そして、第2皇子殿下の思し召しに逆らうことなど出来るのだろうか……?


結婚がイヤだとかそういうことではなく、そもそも、わたしに選択権があるのかと……。



「あ~。断るなら断っていいのだぞ?」


「……え?」


「フラれて罰したりしたら、さすがの太陽皇家でもカッコ悪すぎて、権威が地に落ちるだろ? それに、婚姻の打診を『分不相応』などと適当な理由をつけて辞退された例など、山のようにあるぞ?」


「あ……、はい」


「うむ。だから、正直な気持ちを申せ」


「……正直、長年婚約していた幼馴染から、手酷い婚約破棄をされ、まだ半年ほど……。恋とか愛とかには関心が向きません……、ですが……」


「うむ」


「……いまお聞かせいただいたばかりの率直な感想として、アルフォンソ殿下のお気持ちは、……嬉しく思いました」


「そうか。よく分かった」



と、ロレーナ殿下は立ち上がり、窓辺に立たれた。



「……では、こちらも正直な話をしよう」


「はい……」


「兄上の結婚は、高度に政治的な問題でもある。いやむしろ、帝政においては政治問題でしかない」


「はい……」


「すべてを話せば長くなるが、要点としては、いまのマダレナでは身分が釣り合わない」


「はい……」


「しかしだ」



と、ロレーナ殿下がふり向かれ、悪戯っ子のような笑みで、わたしを見た。



「実は、アルフォンソ兄上はあらゆる結婚の誘いを、すべて断り続けてきたのだ」


「え……?」


「あのポワンとした兄上が、政略結婚だけは頑として受け入れない。そんな兄上が、エレオノラ大叔母上の誘いで行ったネヴィス王国から帰るや『理想の女の人に巡り会えた――っ!』と、私に大騒ぎして語り続けるのだ」


「……そ、それは」


「もちろん、マダレナのことだ。しかし、先ほども言ったように兄上の結婚は高度に政治的」


「はい……」


「とりあえず、わたしとふたりだけの話として、色々調べることにして兄上を落ち着け、エレオノラ大叔母上に帝都に来てもらったのだ」



――そうだ……。あの頃、王太后陛下は帝都ソリス・エテルナにお出かけになっておられた……。



「すぐにマダレナが婚約していて、結婚式を1か月後に控えていることが分かり、大叔母上とふたりで、兄上を慰める会を開いていたのだが、そこにだ、そなたの婚約が破棄されたという報せが届いたのだ」


「あ、はい……」



――妾が帝都ソリス・エテルナに出かけ不在の間に、リカルドが勝手なことを仕出かしていたようだ。



と、あの時、王太后陛下は仰られた。



「とるもとりあえず大叔母上はネヴィス王国に戻られ……、それも帝国の最高戦力たる白騎士が駆る、帝国で最高速度の馬車で戻られて、そなたの身柄を保護してくださったのだ」


「そ、そんなことが……」


「……大叔母上が保持している爵位には侯爵位もある。しかし、さすがにそれでは帝国内で目立ちすぎる。そなたの保護には逆効果になりかねん……、と、兄上が判断された」


「アルフォンソ殿下が……」


「……兄上の妃候補ともなれば、刺客が飛ぶやもしれん」


「刺客!?」


「高度に政治的とは、そういうことだ。ゆえに結婚は遠のくが、マダレナの身の安全を優先し、伯爵に叙爵するよう兄上が大叔母上に頼まれたのだ」


「は、はい……」


「ただな、マダレナ。ビビアナ教授がそなたの実力を認めたのは本当だ」


「……えっ?」


「そして、そなたの才能を見付けたのは兄上だ」


「……もったないことにございます」


「うむ。……いますぐ、兄上にどうこう思うことは出来ないかもしれない。だが、せめて兄上の求婚の言葉を聞いてやってはくれぬか?」


「そ、それは……?」


「妹づてにフラれたのでは、すこし可哀想だろ?」


「あ、はい、そうですね……」


「だから、兄上が求婚できるところまで、昇っていってやってほしいんだ」


「え?」


「ビビアナ教授のもとで学び、侯爵に叙爵できるだけの実績をあげてほしい。……学問、好きだよね?」


「え、ええ。……好きです」


「うん。だから、思う存分学んで実績をあげ、侯爵になったら、そのときは兄上の話を聞いてやってくれ」


「わ、分かりました……、努力いたします」


「はっは。その言葉、兄上に聞かせたら、泣いて喜ぶぞ?」


「……恐れ入ります」


「そなたの身の安全を図る段階はとりあえず過ぎた。……だが、兄上の結婚は帝国の注目事。たとえ学都であっても、直接会えば勘繰る者が出ないとも限らない」


「はい……」


「だから、なにを仕出かすか分からないと評判のお転婆な妹が、マダレナの気持ちを確認するために出張ってきたという訳だ」


「……そうであられましたか」


「兄思いの、いい妹だろ?」


「はい。……羨ましく思いますわ」


「うむ。……家庭教師になれという言葉は、みなに聞かせてしまった。明日からはそうだな……、ビビアナ教授から前日の午後に学んだことをそのまま教えてくれ」


「かしこまりました」


「それで勉学に励みながら、心の片隅でいい、兄上との結婚を真剣に考えてやってほしい」



と、にこりと笑われた、ロレーナ殿下。


帝国中でアルフォンソ殿下のお気持ちを知っているのは、ロレーナ殿下と王太后陛下と、……わたしだけ。


そりゃ、ふたりきりでお会いになられるはずだわ……。



妹パトリシアにすべてを奪われ、王太后陛下に救われて以来、ずっと夢の中にいるようなふわふわした感覚が抜けなかった。


そして、今日、それは極まった。



第2皇子アルフォンソ殿下が、わたしに惚れてる――――っ!?



ロレーナ殿下の山荘を辞した途端に、心の中で大絶叫だ。


これまでの、つじつまが合うような、そうでないような……。


とにかく、


ビビアナ教授の個人講義が明日からだったことに感謝しつつ、ふわふわした足取りで宿舎にもどったのだ――。

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