第5話 煌びやかなる叙爵式

王太后宮で開かれた、わたしの叙爵式。


国王陛下、王妃陛下、王太子殿下、そして第2王子リカルド殿下もご列席されるなか、盛大に催された。


王国の高位貴族すべてに見守られ、れっきとした帝国爵位である、



――サビア伯爵。



に、わたしは叙爵された。


サビアの地は、王国西端の草原地帯に位置し、帝国との国境に接している。


そして、爵位が王太后陛下の手から離れたことにより、王国領から帝国領へとその位置づけが変わる。


つまり、わたしは帝国貴族の列に加えられたのだ。


特別に仕立てていただいたドレスは煌びやかで、列席している令嬢も令息も息を呑んでいるのが分かる。



「えっ? このドレスをわたしに?」



と、試着に呼ばれ最初に見せていただいたとき、わたしは絶句してしまった。



――コ、コーラルピンク……。



わたしが着るには、色が可愛らし過ぎるのではないかと怯んでしまったのだ。



「うむ。さっそく試着してみよ」



と、満面の笑みを浮かべた王太后陛下から言われては、口ごたえもできない。



――ええい、ままよ。



と、覚悟をきめ、されるがまま侍女様に着替えさせてもらう。


だけど、鏡に映った自分の姿に――、



「これが……、わたし?」



と、おそらく考えうる限り、もっとも陳腐な感想が、自然と口を突いて出た。


可愛らしい顔立ちの令嬢が着る色と思い込んでいた、コーラルピンクのドレス。


それが、わたしの端正過ぎる顔立ちにとてもよく似合っている。


上質なシルクジョーゼットの光沢感と軽やかさが、可憐で可愛らしい雰囲気を演出しながらも、


胸元に重なる白レースが繊細なグラデーションをもたらし、わたしの凛々しさと見事に調和させていた。


背中の大胆なV字カットに重ねた透け感のあるレースは艶やかで、我ながら気品のある色っぽささえ感じる。


わたしの細身なボディラインを美しく強調するAラインシルエットに、ウエストラインを華やかに彩るサッシュベルト。


そして、軽やかに動き回れる丈のドレス裾からは、花びらを散らしたかのような美しい刺繍が施されたトレーンが優雅に伸びていた。


淡いピンクと白の糸で丁寧に縫い上げられた花びらの刺繍は、ドレスに可憐な威厳を与えていて――、



「うむ、よく似合っておるな」



満足気にうなずく王太后陛下に、お礼の言葉も忘れるほど、


鏡の中の自分に見惚れてしまっていた。



「このドレスは、第2皇子アルフォンソ殿下からの贈り物であるぞ?」


「ええっ!? ……で、殿下から?」


「うむ。マダレナの叙爵を伝えたら、詳細な指示書を帝都から急使で送ってこられてな。それをもとに、妾が抱える仕立て屋につくらせたのだ」


「な、なんと、そのような……」


「慣例を破り、マダレナに直接のお声掛けをなされたアルフォンソ殿下である。殿下なりに責任をとられるようなお心遣いなのであろう」


「責任……」


「……皇家にあられるお方にのしかかる重責は、我らでは計り知れぬ。お声掛けを賜る意味もまた重いのだ」


「も、もったいないことにございます」


「まあ、そう堅くなるな! 殿下が急使を飛ばしてまで送って寄越された指示書の、細かいこと細かいこと。あれは、もはや恋文であったわ」


「こ、恋!?」


「ありがたく頂戴しておけ。……妾も指示書を見て最初は正直、首をひねったのだが、マダレナに実によく似合っておるではないか。殿下のご慧眼あればこそだな」



あらためて鏡に映る自分の姿を、まじまじと見詰めた。


卒業式でお目にかかっただけの、アルフォンソ殿下。


なのに、贈ってくださったドレスは、



――可愛らしくて、凛々しい。



わたしも知らなかった自分を見付けていただいたように、よく似合っている。


あの短い時間に、どれだけわたしのことを見て下さっていたのかと、言葉を失う。


そして、叙爵式当日の朝には、侍女様がヘアセットしてくださり、


ゆるやかにウェーブさせた銀髪に、王太后陛下みずから摘まれたという花を編み込んだ、花冠が載せられた。


宝石満載のティアラより荘厳に感じられるその花冠は、わたしをより優美に見せてくれた――。



列席する高位貴族の令嬢から向けられる羨望の眼差し。今日という特別な日に面映ゆく、だけど誇らしくもある。


そんな中、ひとり苦々しげに眉を寄せ、下唇を噛む、妹パトリシア。


婚約者としてリカルド殿下の隣に席を設けていただいているのに、その表情では礼容にかなっているとは言い難い。


だけど、



――やっと、姉の上に立てた。



と、優越感に酔いしれていたのだろう。


それが、王太后陛下の思し召しによって、あっと言う間にひっくり返され、また立場が逆転してしまったのだ。


そんなパトリシアの心中を、姉として可哀想に思う気持ちと、溜飲のさがる思いと、わたしの心も収まりが悪い。


さらに、わたしは、



――オルキデア。



の姓を、新しく王太后陛下から賜り、正式にカルドーゾ侯爵家から離籍した。


もはや公式の場で受ける礼遇で、パトリシアとは姉でも妹でもなくなった。


パトリシアには、帝国伯爵の妹としての振る舞いさえ許されないのだ。



〈蘭〉を意味するオルキデア。太陽帝国を代表する花のひとつ。



花言葉は、神秘・高貴・永遠――、


わたしには過ぎた家名だ。



「あたらしくサビア伯爵となった、マダレナ・オルキデアよ」



と、王太后陛下から、厳粛な中にも親愛の情がこもる声をかけていただいた。



「サビアは妾がネヴィス王国に輿入れするにあたり、先帝陛下より賜った要地である」


「ははっ」


「太陽帝国とネヴィス王国の懸け橋となる働きを期待しておるぞ」


「……王太后陛下の崇高なる思し召し、しかと胸に刻み、サビア伯爵の名に恥じぬよう、精一杯に務めさせていただきます」



王国の王族と高位貴族がすべて王太后宮に参集した、煌びやかにして盛大な叙爵式は、こうして幕を閉じた――。



   Ψ



「新家であるオルキデア家の王都屋敷が、すぐに用意できる訳でもなかろう」



との、王太后陛下のご配慮で、離宮をひとつポンッと賜った。


身分にそぐわない言い回しだけど、



――マジですか?



という心の声が抑えられない。


というのも、賜った離宮の規模が、カルドーゾ侯爵家の王都屋敷に比べて、かるく倍はある。


広さも、高さも……。



「ま、帝国貴族となったマダレナ伯爵に王都屋敷が必要かどうか、怪しいところだがな」


「お、恐れ多いことです……」


「領地に行っても、たまには妾に顔を見せに来てくれ。そのための別邸と考えてくれたので良い」



ご自身の娘を眺めるような、慈愛に満ちた表情でわたしを見つめる王太后陛下に、


ただただ、畏まることしか出来ない。



――帝国伯爵として執るべき儀礼なんか、まだ知らないし……。



と、急激な身分の変化に戸惑うわたしを、最初に訪ねてきてくれたのは、


もちろん、親友のベアトリスだった。



「侍女にして!!!!」


「え、ええ――っ!? いきなり、それ?」


「だって、マダレナ。領地持ちの帝国伯爵さまになられたんでしょ? 私ひとりくらい余裕で雇えるでしょ?」


「……だけど、親友のベアを、侍女としては使いにくいわ」


「そんなことないわよ!」


「え? ……なんで、自信満々?」


「私、科学も文学も歴史学も経済学も政治学も魔導学もからっきしだったけど、家政学だけはトップクラスだったのよ!? と――っても、いい侍女になれると思うわ。ずっと、そのつもりだったしね!」


「ずっと……?」


「ええ、そうよ。貧乏伯爵家の次女には縁談も来ないの。前にも言ったでしょ? でも、侍女にするなら充分な出自じゃない? ……わたし、マダレナを侍女として支えるためだけに、家政学を極めてたのよ? 気が付いてなかった?」


「そ、それは、ちっとも気付かなかったわ……。言ってくれたら良かったのに」


「そうね。……でも、それは口には出さない方がいいと思わない?」



と、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、ちいさく舌を出したベアトリス。


わたしが、つい先日ベアトリスにいった言葉を、そのままに返されてしまった。



「もう、仕方ないわね……」


「……じゃあ?」


「ええ、お願いするわ。よろしくね、ベア」


「もちろんです! マダレナ閣下!!」


「か、閣下はよしてよ~」


「いいえ、私は閣下の侍女ですから!」



と、キリッとした表情をつくって見せるベアトリスに、思わず吹き出してしまった。



「ベア、貴女、そんな顔したら、ますます気が強そうに見えるわよ?」


「よいのです! 私はマダレナ閣下に添い遂げる覚悟で侍女になるのですから! アホな男どもにどう見られようと、関係ないのであります!!」


「……ぷっ」


「ぷぷぷっ」



ふたりして、この先の生活に期待を膨らませて笑い合った。


正直、これから領主としてサビアに赴くにあたり、気心の知れたベアトリスが付いて来てくれるのは、とても心強くて、非常にありがたい。


その日のうちに、父君のロシャ伯爵からも挨拶を受け、ベアトリスは正式にわたしの侍女になった。



「き、気の強い娘ですが……」



と、恐縮するロシャ伯爵に、



「よく存じております。ベアトリス殿は王立学院の同級生でございましたから」



と返答すると、大いに困惑された。



――む、無理もない。



娘の同級生が、帝国伯爵。


それも、つい先日まで〈棄てられ令嬢〉として、心ない噂と嘲笑の的になっていたのだ。


どう受け止めたらいいか分からないのは、わたしも同様だ。


そして、そそくさと父親を送り出したベアトリスの、侍女としての初仕事は、


押しかけて来た元婚約者、ジョアンを追い返すことだった――。

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