すべてを妹に奪われたら、第2皇子から手順を踏んで溺愛されてました。

三矢さくら

第1話 妹の婚約

荘厳な大聖堂。


神々しい輝きを放つバラ窓にかこまれ、ステンドグラスから差し込む鮮やかな光が、アーチ状のたかい天井を色とりどりに染め上げている。


きっと天国もこのように美しいに違いないと見上げた空間の真ん中で、


不意に唇を奪われた。



「もう……、殿下。誰が見ているかも分かりませんのに」



と、わたしが口を尖らせても、


第2皇子アルフォンソ・デ・ラ・ソレイユ殿下は悪戯っ子のように微笑んで、



「練習、練習。明日、みんなの前で上手にできないと恥ずかしいでしょ?」



と、ひかり輝く金糸を束ねたようなハニーゴールドの髪をかき上げ、わたしを抱き締める。


碧く澄んだサファイアのような瞳には、一点の曇りもない。


わたしは明日、この天真爛漫な第2皇子と結婚式を挙げる。



――デ・ラ・ソレイユ。



皇家の権威を象徴する〈太陽の持ち主〉を意味するその姓を、明日からわたしも背負うのだ。


大陸の覇権を握る〈太陽帝国〉。


その莫大な富と権力が凝縮する、この煌びやかな大聖堂を、下見と称して独占できる立場に、わたしも昇り詰める。



「明日はあの祭壇の前に、ふたりで並ぶんだ。マダレナのキレイな銀髪がとても映えると思うんだよね」



と、アルフォンソ殿下はわたしの腰を片腕で抱いたまま、精緻な彫像が立ち並ぶ大聖堂の正面を指差した。



つい2年ほど前まで、田舎貴族の令嬢に過ぎなかったわたし。



あまりにもかけ離れた立場から、考えたこともなかった高みにまで引き上げられたのは、


アルフォンソ殿下の深い愛情によるものだ。


それも、一歩一歩階段を昇るように、しっかりと手順を踏んで、わたしは殿下のあたたかい胸の中へと収められた。


夢物語のような身分違いの恋を成就させた、殿下の猛烈な愛情は、



――手順ある溺愛。



としか表現できない。


わたしがそのお相手だとは、いまだに現実感を失いそうになる。


だけど、朗らかで素直なご気性からは想像もできない、偏執的とさえいえる殿下の〈手順〉は、


妹パトリシアにすべてを奪われた2年前のあの日から、すでに始まっていたのだ――。




   Ψ Ψ Ψ



「急いで正装し、貴賓室に来なさい」



と、執事からお父様の言葉が伝えられ、慌ててメイドたちに着替えさせてもらう。



――ジョアンかしら?



貴賓室というからには来客なのだろう。


1ヶ月後に結婚式を控えた婚約者の顔が浮かぶ。



――でも、ジョアンならお父様もハッキリそう仰るわよね?



我がカルドーゾ侯爵家に男子はいない。


長女のわたしに、婿入りしてくれるジョアンは同い年の幼馴染だ。


ハネっ毛の金髪がトレードマークで、すこし頼りないところはあるけど、美男子のうちだろう。


メンデス伯爵家の3男で、王立学院への入学前には、自然な流れで結婚が決まっていた。



「マダレナみたいに気の強そうな顔した令嬢に、婿入りしてくれるのは俺くらいなもんだろ?」



と、ヒドいことを言われても許せるのは、幼馴染の気安さがあればこそだ。


そうかと思えば、



「その澄まし顔の奥に、やさしい心があるのを知ってるのも俺だけだろ?」



と、サラリと言ったりもする。


ジョアンを相手に、恋らしい恋をした覚えもない。


だけど、一生をともにする伴侶として、ジョアンより相応しい男性に巡り会えるとも思えないのだ。



――ジョアンが来るのなら、わたしに先触れくらい寄越すわよねぇ? ……どなたがお見えなのかしら?



初夏に合わせて選んだ涼しげなペールブルーのドレスを、姿見に映して確認する。


わたしの銀髪と、フォレストグリーンの瞳にはよく似合ってる。


だけど、我ながら顔立ちが端正にすぎる。



――青いドレスだと、ちょっと凛々し過ぎたかしら?



と、すこし後悔したけど、お父様を待たせる訳にもいかない。


急いで貴賓室に向かうと、妹のパトリシアは先にソファに座っていた。


ふんわりとウェーブのかかったイエローオレンジの髪に、くりくりと大きな紫色の瞳。


長身のわたしと違って小柄で愛くるしい。


ふたつ年下で15歳のパトリシアとは1年だけ王立学院で一緒だったけど、男子生徒からも人気だった。



「女は可愛らしくあるべき」



というお母様の執念が詰まった妹のことが、わたしも可愛くてたまらない。


いつものようにパトリシアの隣に腰を降ろそうとして、ハッとした。


ほほを赤くしたパトリシアの横には、男性が座っていたのだ。



「向かいに座りなさい」



と、お父様に促され、お母様の隣に腰を降ろす。



「リカルド殿下。パトリシアの姉のマダレナにございます」



と、お父様がわたしを紹介したのは、わがネヴィス王国の第2王子リカルド殿下。


ダークシルバーの髪に、マリンブルーの瞳。兄の王太子殿下を支える聡明さで知られている。


にこりと笑って、わたしに顔を向けられた。



「もちろん、存じ上げております。学院では私のひとつ下でしたから。久しいな、マダレナ殿」


「あ、はい……」



パトリシアと並んで座るリカルド殿下。


状況が分からずに曖昧な笑みを浮かべてしまったわたしに、お父様が咳払いをひとつした。



「マダレナ。リカルド殿下は恐れ多いことに、パトリシアとの結婚をお望みくださっている」


「まあ!」



わたしが思わず喜声を上げると、ほほを赤くして微笑み合うふたり。



「正式なご使者を遣わされる前にと、わざわざご挨拶にお運びいただいたのだ」


「それは光栄なことでございます」



パトリシアが第2王子に嫁ぐとなれば、わが家の家格もあがる。


なにより、パトリシア本人が幸せそうにしているのが、わたしも嬉しい。


喜びの言葉を伝えると、リカルド殿下が丁寧にあたまを下げてくださった。



「マダレナ殿のような優秀な義姉が出来ることになり、私の方こそ光栄に思っております。どうぞ、末永く懇意にしてくださいませ」



殿下の慇懃なご挨拶に怯んだのか、お父様が戸惑ったような表情で返礼の言葉を述べられる。


お母様がチラッとわたしを見た。



――ほら、私の言った通りでしょう? 女は可愛らしくあれば、良縁に恵まれるのよ?



とでも言わんばかりだ。


異存はない。


パトリシアは姉のわたしから見ても可愛らしいし、守ってやりたくなる。


もっとも、その「守ってやる」という考え方自体、お母様のお気に召さない訳なのだけど。



「マダレナ姉様。結婚式の準備でお忙しいのに、お騒がせしてしまってごめんなさい」



と、パトリシアが上目遣いにわたしを見た。



「そんなこと気にしないで。おめでたい話はいくら重なっても嬉しいものだわ」


「姉様なら、そう仰ってくださると思ってたわ! ね、殿下!? 私の言った通りでしたでしょう!?」



弾けるような笑顔をリカルド殿下に向けるパトリシア。


歴史が長いというだけで、パッとしたところのない、我がカルドーゾ侯爵家に慶事が重なる。


家にとっても喜ばしいことだし、パトリシアが恋を成就させたことも嬉しい。


ただ、チラッとわたしを見たパトリシアの視線が、妙に勝ち誇っているようで、


見覚えのない妹の表情に、わたしは少しだけ戸惑っていた――。

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