1-1 急いでください。時間がありません

 黒色のゆったりとしたローブをまとった若い女性が、廊下を足早に歩いている。


 ふわふわとしたクセの強い胡桃色の髪は、肩までの長さで切りそろえられ、落ち着きがない彼女の動きにあわせて、ゆらゆらと跳ねるように揺れていた。

 艶やかな桜色の唇はきゅっと引き結ばれ、ぱっちりとした鈍色の瞳には、少しばかりの焦りが浮かんでいる。


 豊満な胸元で燦然と輝きを放っているのは、『巻物とペンを組み合わせた紋章』が刻まれたタリスマンだ。それにはいくつかの小粒な魔石と共に魔力が込められており、持ち主の女性が、魔塔に所属する魔術師であることを示している。


 黒いローブの上からは、学院の魔術師講師に支給される短めのケープを羽織っていた。

 ケープの色、施されている刺繍や飾りのデザインで、所属や担当する学科、講師の階級がわかるようになっている。一度その法則を覚えてしまえば便利な仕組みだ。

 この上質なケープにも、純度の高い魔力が込められている。講師の身を護るためと、偽造を防止するための魔力だ。黒のローブ以上に高価なものだ。


「ベルランくん、急いでください。時間がありません」


 まだ若く、経験が不足している女性講師は振り返り、自分の後ろに続く青年をせかす。


「あ、はい。いや、ちょっと! ミラーノ先生待ってください!」


 学院の制服……ではなく、貴族の外出着をそつなく着こなした青年が、先を進む女性講師を追うために、さらに歩みを速めた。


 整った端正な顔はとても涼やかで、明るい空色の髪は、艶やかな光沢を放っている。深い夕闇色の瞳は、光の加減で濃くも淡くもなり、見る人を釘付けにする不思議な色をしていた。


 ぱたぱたと騒がしい講師を追いながら、ベルラン・セイレストは困ったような表情を消し去ることができなかった。


 帝国の最高学院として名高い校舎の廊下には、毛足の長い赤い絨毯が敷かれ、ふたりぶんの騒々しい足音を消している。

 背の高いアーチ型の窓からは、午後の柔らかな光が差し込み、廊下を厳粛な色に染め上げていた。


 柱や壁は白の大理石で作られ、いたるところに細やかな装飾がほどこされている。

 装飾は見た目だけを追求しているのではなく、その形状、個数には深い意味が隠されており、学び舎とそこに集う者たちを呪術的に護っているのだ。


 優美なラインを描いている柱、草花をあしらった柱頭。天井には豪華な仕上げの天井板がはめ込まれ、一定の暗さになると光を放ち、照明として機能する魔導回路が組み込まれていた。


 ここ『帝立フォルティア上級学院』は、上位貴族だけでなく、皇族たちも通う帝国で最も権威のある学舎だ。

 歴史も古く、偉業を成し遂げた卒業生も多数いる。他国からの留学生や研究講師も積極的に受け入れていた。

 また、少ない数ではあったが、領主からの推薦があった優秀な平民も学ぶことが許されているのも特筆すべきことだろう。


 なので、敷地も建造物もそれにふさわしい広さと威厳に溢れている。

 建物や施設の数も無駄に多く、廊下も終わりがないのかと思えるほどに長い。


 実績が積み重なるごとに校舎が増え、増築や改築が繰り返された結果、学院内は迷宮のように複雑怪奇な場所となっていた。


 設備に施されている魔道回路も上書きに上書きが重なり、たまに不可思議な現象を引き起こしているらしい。


 とんでもない場所に迷い込んでしまったような気分になりながら、ベルランは素直にミラーノの後ろに続く。


 授業が始まったため、普段は利用されることが少ない特別塔の廊下はヒトの姿もなく、ひっそりと静まり返っていた。

 城のように豪奢で立派な廊下を、ふたりは速足で歩く。時間が迫っているのか、講師はついに走り始めた。


「――――!」


 兄弟の中では一番のんびりとしている、と言われているベルランも、これには焦ってしまう。


 ローブの裾をバタバタとはためかせながら、ミラーノは長い廊下を走る。

 それに続くベルランも、はぐれまいと駆け足になっていた。


 廊下が交差しているところにさしかかり、ミラーノが右に曲がった。


 彼女の選択した進路に、ベルランは目を見開く。


「ちょっ! ミラーノ先生! 止まって! 待ってくださ……うわっ」

「うわ!」


 先に進もうとするミラーノを止めようと角を曲がった瞬間、ベルランは鈍い衝撃とともに、仰向けにひっくり返っていた。


 視界がぐるりと回転し、豪奢な絵模様の天井が目に入る。

 背中を床に打ちつけ、間髪おかずに重さのあるモノが身体全体にのしかかってきた。

 

「い、いた……っ」

「きゅきゅきゅるぅっ!」




***********

はじめまして。

お読みいただきありがとうございます。

以下、とても、とても大事なお話です。


こちら『BL作品』となっております。(カクヨム仕様R15なのでゆるっとはしておりますが、ラブはあります。ほとんど異世界ファンタジーですが)

普通の男女の恋愛は……


▶腹黒騎士様から『おつきあい永久宣言』されてしまった!その想い重いです!

『薬屋の聖女と屋根裏部屋の守護騎士様~騎士様が捧げる無償の愛と忠誠が……~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093083044378844


▶あなた以上に、わたしは、ずっと、ずっと前から、あなただけを愛しています

『怖がりな魔王様は異世界に召喚されて溺愛されまくる~イケメンたちに囲まれて元の世界に帰れません~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093080945671597


▶モブにすらなれなかったモブに転生して、バグとなって推して参る!

『お転婆令嬢は破滅フラグを破壊してバグの嵐を巻き起こす~激ムズ乙女ゲームに転生したけど攻略キャラの設定がおかしいです』

https://kakuyomu.jp/works/16817330667671419555


あたりがお勧めです!

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る