第三章 天使隊③

「え? 大人なこと?」


 俺は少し考えてから──。


「え、うぇぇ〜!?」


 と、声をあげる。

 年に似合わず幼いところをいっぱいみせられて、ここで大人っぽい刺激的なことされちゃったら、そんなの素敵すぎる。

 なんて思っていると、白川さんは、「じゃ〜ん!」と財布からなにやらとりだした。


「クレジットカードですか?」

「最近つくったんだよね」


 俺はそのピカピカのカードをよくみる。


「もしかして、それ、ゴールドカードってやつですか?」

「そだよ〜。けっこう給料もらってるからね」

「すげ〜!」


 本当にお金を持ってる人はゴールドカードじゃなくてブラックカードってきいたこともあるけど、白川隊長と俺はゴールドカードで十分テンションが上がるのだった。


「これで、ちょっといいもの食べようよ!」


 白川隊長の大人っぽいことというのは、そういうことらしい。ずっといってみたいと思っていた少しお高いレストランがあるらしく、そこにいくことになった。


「お酒だって飲んじゃうからね!」

「大人〜!!」


 ドレスコードはないけれど、テーブルクロスは真っ白で、ハードルの高そうな店だった。

 店員さんがワインボトルを持ってきてカタカナの長いワインの名前をいうと、白川隊長は、「なるほど」と重々しくうなずいていた。それをひとくち飲んだあとも、「なるほど」とうなずいていた。

 ほんのり顔を赤くした白川隊長と一緒に、食事をした。

 途中、シェフがやってきて、大きなチーズの塊を削って、料理の仕上げをテーブルでしてくれた。白川隊長は目をきらきらさせていた。どこまでも純真な人だ。


「かなりの経験値を積めたね」


 デザートも食べ、食後のコーヒーを飲みながら、白川隊長はいう。


「ちょっと大人になりすぎたかも」

「俺なんて同世代からかなり先行してしまいました」

「ヤバいね」

「ヤバすぎです」


 白川隊長はカップを置くと、俺の顔をみつめてくる。


「どうかしました?」

「斑目くんっていいな、って思ってさ」

「え?」

「扉とか開けてくれるし、エスカレーターでも下側に立ってくれるし」

「いや、まあ」

「紳士なんだね」


 いわれて、俺はなんだか照れてしまう。


「じゃ、いこっか」

 店からでる前に、俺は白川隊長にコートを着せる。白川隊長はそんな俺をみて、ちょっと意味ありげにほほ笑み、コートを着たあとは、「えへへ」と笑いながら俺にくっついてくる。これは──。

 なんか、いける気がする!

 白川隊長って、理想の恋人って感じがするし、一緒になったらめっちゃ幸せになれそうな雰囲気がある。なにより全てが正統派にかわいい。

 俺の青春はじまったかも。

 そんな俺の予感はバチバチに的中していて、レストランからでたあと、白川隊長がいう。


「斑目くんにさ、大事な話があるんだ」

「……はい」


 俺は唾を飲み込む。きた。

 白川隊長は正面にきて、俺の両手を強く握る。


「……お願いがあるんだ」

「なんでしょうか」


 なぜだか、こっちが緊張してしまう。驚いたリアクションをしようか、それとも、喜んだほうがいいか──。

 考えているうちに、白川隊長は恥じらいながらいう。


「ぜひね、斑目くんと一緒に戦いたいんだ」

「いや、さすがにいきなりすぎるというか、いえ、もちろん嬉しいし、ぜひそうしたいんですけど、ちょっといい感じの後輩がいたり、陛下もあんなんで意外とヤキモチやきなところありつつ、でも、もちろん白川さんとも、だから……なんといいますか、まずは友だちから──」


 ん?


「白川さん、今、戦うっていいました?」

「うん。斑目くん、陰陽寮に入らない?」


 俺の思考が停止する。次の瞬間──。


「有給を取得しやすい職場!」


 そういいながら、電信柱の陰から柳下さんがでてくる。さらに──。


「アットホームな仲間たち!」


 路地裏から、ピンクの髪の背の低い女の人もでてくる。ホテルで隊長大集合したとき、人形を持っていた人だ。

 白川隊長をセンターに、三人ならんだところで、声をそろえていう。


「君も陰陽寮の職員になって、日本の治安を守るために働こう! やりがい、バンザイ!」


 それをきいて、俺は心の底から叫ぶ。


「ちきしょ〜!!」


 俺はいう。


「これ、完全にブラックな職場のやりくちじゃないですか! ツラのいい女の人たちを前面に押しだして、世間知らずな若者を釣りあげる。わざわざピンク髪のお姉さんまで連れてきて!」

「花山先輩ね。三番隊の隊長で、すごく強いんだよ」


 白川隊長がいう。

 そんなのどうでもいい!


「おかしいとは思ってたんです! 白川さんみたいなきれいな人が、いきなり俺のこと好きになるはずないって! 全部、このためだったんですね! ちょっと好きになりそうだったのに〜!!」


 傷心の俺はその場からさっさと立ち去ろうとする。すると、白川隊長が追いかけてきて、俺の手をつかむ。


「待って、待って。たしかに勧誘が目的だったけどさ、斑目くんのこと、いいと思ったのはホントだよ」

「もうだまされないぞ〜!! 白川さんみたいなきれいなお姉さんが、俺みたいな年下の男を相手にするはずないんだ!」

「そんなことないって」


 白川隊長はいう。


「私、付き合うなら斑目くんみたいな男の子がいいと思ってるよ」

「嘘だ!」

「ホントだよ。だって私、全然恋愛経験ないし、なのに周りは大人の男の人たちばかりだから、それこそだまされそうな気がしてさ。でも年下の男の子なら、私のほうがお姉さんだし、だまされなくて済みそうだし、それに、斑目くんは安全そうだし」

「めっちゃ実際的な理由だ!」

「ダメ?」


 白川隊長にかわいい声できかれて、俺は足を止め、振り返っていってしまう。


「賢明な判断だとぉ……思いまぁす!」


 白川隊長は俺の頬に手をあてる。


「もう、そんなにすねないでよ」

「だって……」

「仕方がないなあ」


 白川隊長はそういったあとで、俺の手をぎゅっと握ってくる。


「じゃあ、まずは同僚からはじめよ?」

「入隊は譲らないんだ……」

「だって、近くにいたほうがお互いのことよくわかるでしょ? 私、付き合うならちゃんとしたいんだよね」


 そこで、白川隊長はちょっとだけ顔を赤くしながらいった。


「私と斑目くんが付き合う可能性、まったくないわけではないと思うな!」

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