第三章 天使隊④

「陛下〜起きてくださいよ〜」


 英国屋の寝室、布団越しに陛下をぐらぐらと揺らす。


「すねすぎですよ〜」

 白川隊長に陰陽寮に誘われたことを話したのだが、それが相当気に入らなかったらしい。

 夜見坂町は我が領土と主張する陛下からすると、日本の国家公務員である白川隊長たちは相いれない他国の勢力であるため、気に入らないのだった。陛下は夜見坂町で制服警官やパトカーをみるたびに睨みつけるヤンチャガールでもある。


「機嫌なおしてくださいよ〜」

「別に不機嫌になったりはしていない。私の器はキングサイズだ。すねたり怒ったりすることはない」

「だったらなんで布団からでてこないんですか〜」

「ちょっとお腹が痛いだけだ」


 布団のなかで丸まっている陛下。


「俺、ちゃんと断りましたよ〜。まだ高校生だからって」


 昨夜、帰りが遅くなったから、陛下に事情を説明したところ、プンスカしはじめた。

 本物の忠臣であれば相手は誘う気も起きないものだ、というのが陛下の考えだった。

 俺が勧誘されるような隙を与えたことが気に入らないらしい。

 さすが陛下を名乗るだけあって、支配欲バリバリだ。


「陛下、早くいつもどおり遊びに──じゃなくて、クロマリちゃん探しにいきましょうよ」

「今、遊びっていったな!」

「いや、なんというか」

「斑目、お前、全然忠誠心足りてないぞ! 忠誠心、足りてないからな!」


 なんてやっていると、華ちゃんが英国屋に入ってくる。最近、なにかと世話をやきにきてくれるのだ。ご飯をつくってくれたり、陛下の家事を手伝ってくれたりする。そして一緒に遊ぶのだ。


「ふたりでなにやってるんですか?」

「いや、陛下がすねちゃって」

「えぇ〜」


 すると、陛下が布団から顔だけだして、華ちゃんにいう。


「こいつ、他の女のところにいこうとしてたぞ」

「え? 斑目先輩が?」

「二十歳の女だ。不死者を取り締まる組織の隊長をしている。斑目はその女に誘われて、昨日、鼻の下をのばして帰ってきた。『胸のサイズも隊長級でした。ぐへへ。あっちにいっちゃおうかな〜』といっていた」

「絶対いってませんけどね」

「斑目先輩……」


 華ちゃんが俺をみる。


「ひどいです! ひどい!」


 そういってポカポカ叩いてくる。


「私はたしかにまだ高校一年生で、大人の色気はありませんが……わ、私だって、あと数年もすれば……すればっ!」


 白川隊長に誘われ、陛下がすね、華ちゃんに嫉妬で叩かれる。

 この状況になって、俺は思う。

 なんか──。

 めっちゃモテてる気がする!

 すごく気持ちいい!

 なんて思っていると、陛下がすっとベッドからでて、自分で服を着はじめる。


「自分で着れるんじゃないですか」

「聖杯を探しにいく」


 陛下はブラウスのボタンをとめながらいう。


「白ナントカさんより先に聖杯を手に入れる」

「絶対、名前把握してますよね」

「白ナントカさんを悔しがらせてやろう」

「意地っ張りだなあ、もう!」


 そんな感じで、俺たちは日々、釣り竿を持って街へと繰りだした。ユルマリちゃんでクロマリちゃんは釣れないっぽいけど、そのことはあえていわなかった。白川隊長の情報でまちがいを指摘したら、陛下のプライドが傷つくだろうし、俺としては陛下と遊んでいるだけで楽しかったからだ。

 白川隊長を筆頭とした天使部隊のおかげで街の治安はとてもよくなっていた。街のあちらこちらに、白いコートを着ている天使隊の人をよくみかけた。おかげで俺が不死者に襲われることもなくなったし、悪魔も大人しくなったようだった。

 何度か、天使隊の隊長が戦っている現場にでくわした。

 悪魔たちを簡単にボコスカにしていた。

 天使隊の人たちは剣か銃を使っているようだった。統一性がある。


「みんな有名な天使の加護を受けて、特殊な力を持っているからね」


 柳下さんはいっていた。


「ちなみに私はサンダルフォンが守護天使だ」

「どんな力があるんですか?」

「能力を使うと、誰にも気配を察知されなくなる」

「かっこいい〜!!」


 陛下と一緒にクロマリちゃんを探して街をぶらぶらしていると、白川隊長と柳下副隊長の一番隊コンビとはよく遭遇した。活動範囲が同じだったのかもしれない。

 そして陛下と白川隊長は、クロマリちゃんとユルマリちゃんみたいに仲が悪かった。

 よくあるパターンが、聖杯捜索中に休憩するときだ。

 俺と陛下が、昼食を食べるためグルメマンガで紹介されていた店に入る。すると同じくマンガに影響を受けて行動する白川隊長が、柳下さんを連れて店で食事をしている。

 目と目があったら、陛下と白川隊長のバトルははじまる。


「ねえねえ、斑目くん、私と一緒に働く気になった? 入隊書ならここにあるよ?」

「斑目はそういうの興味ないぞ。しっ、しっ」

「私は斑目くんに話しかけてるんだけどなあ〜」

「斑目、白のロングコートを着てる女なんてだいたいヤバい女だ。かかわらんほうがいい」

「黒のゴスロリに自称陛下のほうがヤバいと思うけど!?」

「がるるるる」

「むむむむむ〜」


 といった感じだ。

 陛下は他国の国家権力という時点で白川隊長が気に入らない。白川隊長からすると、陛下は不死者として陰陽寮に届出をださないといけないのに、その登録をしていない困ったちゃんの不死者らしい。

 そんな感じで、ふたりの折り合いはすこぶるわるい。

 動くクロマリちゃんの目撃情報がSNSであがったときは大変だった。

 陛下と白川隊長が一緒にいるときに、その情報をスマホでみつけた。当然、相手よりも先に聖杯を手に入れようと、ふたりは急いで目撃現場に向かおうとする。

 まず、陛下がしれっと白川隊長に足をかけた。白川隊長はずっこけたが、起きあがるとすぐに、先を急ぐ陛下のジャケットの襟を後ろからつかんだ。白川隊長はその細腕に似合わず力が強いらしく、陛下は首が締まって苦しそうにしていた。

 結局、現場に着いたときには、クロマリちゃんの姿はなかった。

 陛下と白川隊長はボロボロになっていた。


「さすがに仕事にならないな」


 ある日、柳下さんがいった。

 そのときも陛下と白川隊長はドーナツを投げあってケンカをしていた。

 俺と陛下がドーナツショップで三時のティータイムをしていたら、白川隊長たちが入ってきて、こうなったのだ。


「お互い上司が子供だと大変だな」


 柳下さんはいった。


「まあ、白川隊長は実際、私より年下だから仕方がないか」

「そうなんですか?」

「私は今年で二十五になる」


 柳下さんはピースサインしながらいう。


「実は私、本当は隊長クラスの力を持っている」

「いきなりかっこいいこというじゃないですか」


「白川隊長は戦闘力最強だが、力に頼りすぎたり、書類仕事が苦手だったりする。そんな彼女を将来の局長候補として育てるのが私の役目だ」

「つまり、ここでもそのサポート役をするということですね」

「そうだ。白川隊長は組織の上に立つものとして、誰とでもうまくやれる必要がある」


 つまり、陛下との仲良し大作戦というわけだ。


「これ以上、変な戦いをして仕事の効率を落とされても困るからな」

「でもどうやるんですか?」

「大人が仲良くなる手っ取り早いやり方は一緒に飲むこと、つまり飲み会だ」

「それはよくききますが……そんなにうまくいきますかね?」

「うまくいかなかったら、それはそれで面白い」


 俺は酔っぱらった陛下と白川隊長がわーわーやってるところを想像する。


「たしかに、それは面白いかもしれません」

「互いの上司を担いで帰ることになる気はするけどね」

「俺は未成年なので飲めませんが」

「私も下戸だ。ふたりをカウンターに座らせて、私たちは後ろのテーブルからみていよう」


 そうして、俺と柳下さんは頭の上をドーナツが飛び交うなか、打ち合わせをして、店と日取りを決めた。

 俺と柳下さんが、飲み会をやります! と強く宣言すると、陛下と白川隊長は不承不承ながら、砂糖にまみれた顔でうなずいた。ふたりとも、部下に強くいわれると断れないタイプの上司らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る