第三章 天使隊②

 入院していたとき、病室でいろいろなことをきいた。

 いつか陛下がいっていたとおり、日本にはちゃんと不死者を取り締まるための国家機関があった。それがホテルで白川隊長が名乗った中務省陰陽寮なかつかさしようおんみようりようだ。

 中務省陰陽寮は平安時代の律令制のときに設立された機関で、それが非公式にずっと存続しているらしい。これを教えてくれたのは白川隊長ではなく、白川隊長の部隊に所属する、副隊長の柳下やなぎしたはるかさんという女の人だ。

 柳下さんは目の下に泣きぼくろがあって、ちょっと薄幸そうな印象の人だ。副隊長というポジションのせいか、黒子に徹しようとしている雰囲気もある。

 白川隊長がお見舞いにきてくれたとき、お供についてきて、なにも事情がわからない俺にいろいろと教えてくれた。


「白川隊長は天才肌だから。人に説明するとか、そういう考えがないんだ」


 売店でアイス買ってきてあげる、と白川隊長がでてゆき、ふたりきりになった病室で、柳下さんは自分たちの所属する組織について語った。


「陰陽寮にはかの安倍晴明も所属していたんだよ」

「すげ〜」


 そこで俺は首をかしげた。


「でも、白川隊長、大天使ミカエルの名の下に、っていってませんでした?」

「組織の名称と、安倍晴明がやっていたような役割を引き継いでいるというだけで、陰陽道自体はすたれてしまったからね」


 現在は、みんな天使の加護によって特殊な力を授かり、不死者たちを取り締まっているらしい。


「天使と悪魔はやっぱり格がちがうんだよ。中立的な表現を使うなら、どちらも高次元の存在といえるかもね」


 悪魔は本体が地獄にあって、人の体を乗っ取って活動する。

 天使は本体が天国にあって、人に協力して活動する。

 両者は人間界で、正と悪の代理戦争を繰り広げているらしい。


「人と協力体制にある天使の力は格別に強い。やっぱり無理やりいうことをきかせるより、手をとりあったほうが力は発揮されるものだからね」


 国の執行機関としては当然、一番強い力を選ぶ。


「実際のところ、天使の加護を受けた部隊だから、天使隊って呼ばれてる。正式な組織の名称も実体にあわせて変更するかどうか、年度末になるたびに偉い人たちが、あーでもないこーでもないって議論するんだけどね」

「めっちゃ楽しそうじゃないですか」

「でも、平安時代からつづく名前を変える勇気はないみたい」

「役所っぽくていいですね〜俺もその議論に入りたいですっ」

「でもまあ、実力は本物だから」


 もう安心していいよ、と柳下さんはいう。


「聖杯争奪戦は終わる。天使に勝てる悪魔はそうそういないし、白川隊長だけでなく全国に赴任していた隊長全員が東京に集合したから」


 俺はホテルの最上階で、強そうな人たちが集合していた光景を思いだす。

 両手に銃を持った短髪の人。

 大きなライフルを肩に担いだ、顔にタトゥーの入った人。

 眠そうな顔で、マスケット銃を抱きながらあくびをしていた人。

 その場にしゃがみこんで、人形遊びをしていた人。

 他にも、ただものではない雰囲気の人たちが数人いた。


「斑目くんはホテルで暴れたせいで、悪魔に恨まれている」


 でもなにも心配はない、と柳下さんはいった。


「悪魔といえども、天使を傷つけることはできない。陰陽寮が君の安全を保障するよ」


 柳下さんは、そんなふうに俺の状況を説明してくれた。


   ◇


 安全を保障するといわれていたものだから、白川隊長がデートに誘ってきたのも、俺を保護することが目的で、本気でデートがしたいわけじゃないと思っていた。

 でも──。


「え、うえぇぇ〜!?」


 俺は思わず超驚いた声をだしてしまう。

 白川隊長が、ちょっと照れた顔をしながら手をつないできたからだ。

 大型ショッピングモール内でのことだ。

 デートをすると決まったあと、白川隊長はいった。


「高校生がするようなデートをしてみたいな」


 白川隊長は少し恥ずかしそうにしていた。


「私、あまりそういうことなかったからさ」

「となると──」


 俺は考えたすえ、白川隊長をシネマコンプレックスのあるショッピングモールに連れていった。そして、有名俳優がいっぱいでている邦画の話題作を一緒にみた。

 白川隊長はポップコーンを食べながら、ずっと楽しそうにしていた。エンドロールが流れたあと、面白かったね、と笑う白川隊長の笑顔をみたら、この人と一緒ならどんな映画だって面白くなるだろう、と思った。

 白川隊長は、戦っていないときはなんだか幼くみえた。二十歳だとはきいているけど、クラスメートと一緒にいるような気分だった。

 そして映画を観たあと、次はなにして遊ぼうかとモール内をぶらぶら歩いていたら、白川隊長が手をつないできたのだ。


「なるほど」


 白川隊長はうなずきながらいう。


「みんな、こうやって青春をエンジョイしてたわけか」


 俺は手から汗がめっちゃでる。でも白川隊長はまったく気にせず、むじゃきな様子だ。


「そういえばさ、斑目くんはなんで釣り竿持ってるの?」

「これはすごい作戦なんです」


 俺はユルマリちゃんをみせながら、聖杯を頭にくっつけたクロマリちゃんを釣りあげる天才的な作戦の説明をした。

 それをきいた白川隊長は、ふふん、と得意げな顔になった。


「斑目くんは詰めが甘いね。ユルマリちゃんとクロマリちゃんは仲が悪いんだよ」

「え、そうなんですか?」


 公式ではライバル関係という設定らしい。キャラだけでなくちゃんと世界観もあるのだ。

 以前、放送されたアニメは、『たすけてユルマリちゃん』というタイトルだった。


「クロマリちゃんはシャドウパワーを使って人間界で悪さをするんだ。そのシャドウパワーから人間を守ろうとがんばるのがユルマリちゃん」

「キャラクターに気をとられてストーリーを気にしていませんでした……」

「みためのかわいさに目がいきがちだからね」

「白川さんって、博識なんですね〜」


 俺がそういった瞬間だった。


「そうなの! 私、頭がいいの!」


 白川隊長が突然、表情を明るくする。


「斑目くん、よくわかってるね!」


 ご機嫌になって、俺とつないだ手をぶんぶん振る。

 そういえば、柳下さんがいっていた。

 白川隊長は陰陽寮にスカウトされたのが十五歳のときで、若くから戦っていて世間知らずなため、かなり純真らしい。


「私、他にもいっぱい知ってるよ。ユルマリちゃんはね──」


 白川隊長は、『たすけてユルマリちゃん』が大好きらしく、豊富な知識を俺に披露した。

 柳下さんの情報によると、白川隊長の出身は長崎の五島列島だ。出身地をきかれると、『東京よりもほんのちょっとだけ地方の都市』とこたえているというから、白川隊長は少しだけ見栄っ張りちゃんだ。

 それはさておき、そういった環境で育ち、そのあとは陰陽寮で仕事をしてきたから、白川隊長はすれたところがなく、年のわりに幼い印象なのだった。

 つまり、奇跡の美人だ。


「これ、面白いね!」


 モール内のゲームセンターで、白川隊長は大はしゃぎする。


「斑目くん、あれとってよ、あれ!」


 俺はクレーンゲームの景品をいっぱいとって白川隊長に渡した。


「やった〜! やった〜!」


 ぴょんぴょん跳ねる白川隊長をみて思う。

 めっちゃかわいい。最高だ。

 そうやって遊んでいるうちに、夕方になった。高校生のデートとしては、このあたりで門限もあるからと帰るところだ。でも───。


「ねえ、斑目くん」


 白川隊長が俺の腕にくっつきながらいう。


「ここからは、ちょっと大人なことしよっか」

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