第三章 天使隊①

 数日間、入院して、年末には退院した。

 大晦日は英国屋でこたつをだし、ミカンを食べながら陛下と一緒に紅白をみた。途中、華ちゃんもやってきて、みんなで除夜の鐘をききながら神社の初詣の列にならんで、帰ってきてから年越しそばを食べた。

 元旦からは陛下の命令でさっそく初売りにならんだ。陛下はカフェによくいくだけあって、限定のタンブラーだとか、お得なドリンクチケットの入った様々な店の福袋を欲しがった。俺は長蛇の列に全部ならんだ。

 初売りにいく以外は、だいたい寝正月だった。ふたりで半纏を着てコタツに入り、だらだら正月特番をみつづけた。

 そして、コタツが片付けられ、世間も動きだした四日のことだ。

 半纏姿からいつもの洋装にもどった陛下が、ソファーに座りながら、釣り竿をいじっていた。


「釣り竿?」


 俺がきくと、陛下は真顔でこたえる。


「これで、ぬいぐるみを釣ろうと思ってな」

「クロマリちゃんですか」


 これには事情がある。

 六本木のホテルで、俺たちはケンジを倒した。

 でも、聖杯は取り逃がしてしまったのだ。

 どうやら聖杯の価値は人や不死者を変えてしまうらしく、まず、ケンジに見張りを命じられていた悪魔の手下が聖杯を独り占めしようと、俺たちが戦っている最中に聖杯を持ちだした。

 その悪魔はそんなに強くなくて、その辺をぶらぶらしていた不死者狩りがやっつけた。

 この後が問題だった。その不死者狩りもまた、聖杯を持って自分の家にたてこもったのだ。不死者狩り協会の偉い人たちがやってきても、これは俺のだ、と渡さなかったらしい。

 結局、たくさんの不死者狩りが家を取り囲み、なんとか聖杯を取り返した。でも、その場にいた不死者狩りたちのあいだで、聖杯を巡ってまた争いがはじまった。

 このあたりの事情はテーラーでラビが教えてくれた。


「たしかに目の前に一億円あったら人格変わっちゃいますよね〜」


 話のつづきとしては、不死者狩りたちの誰も、聖杯を手に入れることはなかった。

 戦いの混乱に乗じて、クロマリちゃんがちょこちょこと歩いて逃げだしたからだ。

 そして今もクロマリちゃんは誰にもつかまらず、都内をふらふら移動している。

 けっこうな頻度で目撃され、その動画がSNSにもあげられて、生きてるクロマリちゃんとしてカルト的な人気になっていた。

 若い女子たちのあいだではクロマリちゃん探し隊も結成されている。

 つまり、クロマリちゃんを誰よりも早くみつけだし、確保しなければいけない状況というわけだ。そこで陛下が選んだ手段は──。


「釣りだ」


 英国屋のリビング、釣り竿を振りながら陛下がいう。


「釣りですかぁ〜?」

「クロマリちゃんを釣りあげる」


 釣り糸の先には、白とピンクのかわいらしいぬいぐるみがぶらさげられていた。

 これは──。


「ユルマリちゃんだ」


 陛下がいう。


「きけばクロマリちゃんはこのユルマリちゃんとセットらしいじゃないか」

「そうですそうです。たしかユルマリちゃんが主人公ポジだったはずです」


 クロマリちゃんは最初、ユルマリちゃんとセットで売りだされていた。白とピンクがトレードカラーのユルマリちゃんと、黒と紫がトレードカラーのクロマリちゃん。

 たしかアニメもつくられていたはずだ。


「ひとり街をさまようクロマリちゃん。寂しさを感じる夜もある。そんなとき、仲間であるユルマリちゃんをみかけたらどうする?」

「とりあえず抱きつく気がします」

「そこを釣りあげる」

「陛下──」


 俺は陛下をみながらいう。


「天才の発想じゃないっすかぁ」

「だろ?」


 陛下は得意げに胸をはる。


「斑目のぶんもあるぞ」


 陛下が釣り竿を手渡してくる。


「熟練の釣り人ほど、竿をいっぱい用意して釣れる確率をあげるといいますからね」

「そういうことだ」


   ◇


 ということで、さっそく俺たちは釣り竿を持って英国屋から繰りだした。スポットを分けたほうが釣れる確率はあがるだろうということで、陛下はついでにアザラシをみにいくかと、水族館のある品川へと向かった。

 俺はたい焼きが食べたくなって人形町へと足を向けた。

 結果、人形町の店の軒先で、野点傘の下、赤い床几に座り、たい焼きを食べながら、通りに向かってユルマリちゃんを釣り糸で垂らす俺の図ができあがった。


「釣りって忍耐だよな……」


 俺は釣り竿に鈴をつけて、獲物がかかるのを待つ。

 あまりに退屈なので、串団子も食べる。お茶も飲む。一杯が二杯になり、二杯が三杯になり、そうして小一時間ほど過ぎたときだった。

 鈴が、鳴った。


「きた!」


 俺はお茶を飲み干し、茶団子を口に放り込んで竿を持つ。引きがめちゃくちゃ強い。これは大物だ。


「うぉぉぉぉぉ! 釣れてクロマリちゃぁぁぁぁぁぁん!」


 叫びながら竿を引く。ていうかそもそもここは陸上だったことを思いだし、釣り糸の先をみる。すると──。

 まぶたや鼻に、いっぱいピアスをつけた強面の男がユルマリちゃんを握っていた。


「聖杯を渡せ」


 目が真っ黒で悪魔だとわかる。どうやら変なもん釣っちゃったらしい。


「ていうかぁ、情報古いですよぉ……俺、持ってないしぃ……そもそもあの映像もぉ、俺に化けたやつが持ってただけだしぃ……今、陛下もいないんでぇ、明日きてくださいっていうかぁ……」


 悪魔の男は俺のいうことを無視してつかみかかってくる。


「ちょっと待って! ほんとムリだから、今、そういうタイミングじゃないから!」


 なんていいながら逃げだそうとしたときだった。

 男の眼球がくりんと上をむいて、そのまま地面に倒れる。

 なにが起きたかと思っていると、その後ろに剣を持った女の人が立っていた。


「やあ、斑目くん」


 女の人が手をあげる。


「元気してる?」

「ええ。白川隊長もお元気そうで」


 ホテルの最上階で、俺たちを助けてくれた人だ。

 ステンドグラスを割って舞い降りてきた、天使みたいな女の人。腹に穴の空いた俺のために救急車の手配をしてくれて、入院してるときも、何度かお見舞いにきてくれた。

 都庁の爆発も、姿を変える悪魔のしわざだと説明したら、映像を検証したうえで、俺の指名手配を解いてくれた。翌日には、あの映像はフェイクだったと全国ニュースで流れて俺は無罪放免となった。

 世間の人たちの反応は、高校生が犯人じゃなくて、ちょっとつまらなそうだった。


「まったく、みんないい加減だよね」


 白川隊長はそういって笑っていた。

 折り目正しい雰囲気の、顔つきにちょっと幼さの残るきれいなお姉さん。

 最近、二十歳になったといっていた。

 そんなお姉さんと、釣竿を持った昼下がり、人形町で再会。


「今日はどうしたんですか?」


 俺がきくと、白川隊長は床几に腰かけ、俺の食べかけの団子を口に入れる。


「今日はねえ──」


 白川隊長は、団子でほっぺをふくらませながら、いたずらっぽくいった。


「斑目くんとデートしようと思って」

「えぇっ、俺と!?」


 俺は思わず驚いてしまう。

 陛下をミステリアスな美人と呼ぶなら、白川隊長はストレートにきれいな人だ。

 つまり、いうことなんでもききたくなるビジュアル強めのお姉さん。

 デートとか、超したい。でも、ここで「はい!」と勢いよく返事してしまったら、なんとなく陛下に後ろめたいような気がする。

 陛下と白川隊長はコントラストがある。陛下は黒いコートをよく着るし、白川隊長は名前のとおり白いコートを着ている。

 俺は黒である陛下に忠誠を誓っているというか、少なくとも陛下はそう思ってるわけで、じゃあここで正反対の空気を持つ白川隊長とデートにいくのはどうなんだろう。

 それに、華ちゃんのこともある。

 俺だってそんなに鈍感じゃない。まだどうこたえていいかわからないから、ふわっとさせてしまっているけど、クリスマスデートで、華ちゃんの気持ちも伝わっている。

 陛下とコンビを組んで、華ちゃんともいい感じなのに、白川隊長にデートに誘われて喜ぶのはさすがによくない。

 俺はいつもとぼけたふりして、なんてことないって顔してるけど、陛下と華ちゃんのことをどっちも大事に思ってるし、どうせいうこときくなら美人がいいってのはかっこつけていっただけで、いくら白川隊長が陛下や華ちゃんとちがって、くせのないパーフェクト美人だからって、そう簡単にほいほいと──。


「ねえ斑目くん」


 白川隊長が細い眉を困ったように寄せて、少しかなしそうにいう。


「私とデート、してくれないの?」


「します!!」

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