第二章 聖杯⑧
「はははは、斑目、お前は本当に情けないやつだ。仲間を撃って――え?」
ケンジは笑ったあとで、驚きながら自分の腹をみる。
「はぁ~? なんでだぁ~?」
ケンジのシャツが、俺と同じように赤く染まっていた。
俺が撃ったのはケンジだった。
「なんで、なんでてめえが自由に動けてんだよ!」
ケンジの顔が怒りと苦痛で歪む。
「そりゃあ、お前のことが怖くないからだろ」
俺はいう。
「ケンジにいわれて、最初はそうだと思ったんだ。俺って、人や社会が怖くて、学校を逃げ出したのかも、って。でも別に俺、そこまで学校のことキライじゃないし」
それで思ったのは――。
「俺が本当に怖かったのはさ、俺が信じてることが、誰にも理解されないんじゃないかってことだったんだよ」
クロマリちゃん大好きな女の子を守ってたら、野良猫の世話してから学校いってたら、気弱なクラスメートをかばったら、問題児扱いされてた。
理由を説明すればちがったのかもしれない。
でも、そういうのを自分で声高にいうのはちがった。
「そういうのって、粋じゃないからさ」
SNSとかで、私こんなすごいことありました、こんなすごいことできました、みたいなやつめっちゃある。謙虚さのパウダーを少しだけ表面にまぶして、自分の凄さ、正しさをめっちゃアピールする。もちろん、ネットだけじゃなくて、現実でも。
「ああいうの、俺にとってはめっちゃ無粋なんだ。だからやりたくないんだ。なにもいいたくない」
「黙ったままで俺をわかってくれなんて、ガキの発想だろ」
「そうなんだ。きっとアピールして、主張すべきなんだ。ほとんどの人たちがやってるから、きっと、そっちのほうが現代的で多数決ならそっちが勝つ。だから、俺の信じてるものって、誰にも理解されないままかも、って思って、ちょっと怖かった」
「なんでそれをもう克服してんだよ」
「わかってくれる人、いたからさ」
華ちゃんは俺のことをずっとみてくれていた。そして、俺のこの、ともすれば自分ルールとか、もっと周りにあわせろよといわれそうな行動原理を、クラシックと呼んでくれた。
そして華ちゃんのいうとおり、俺と陛下は少し似てる。
陛下も自分の美意識と行動規範を強く信じている。陛下がテーブルマナーもおぼつかない俺を隣においているのは、きっとそういう似ている部分があるからだ。
「自分のことわかってくれる人がそばにいたら、なんか、全部怖くなくなった」
「いや――」
ケンジはあきれた顔で、めちゃくちゃ普通なことをいう。
「たったふたりじゃん……」
「わかってねえな~」
俺はいう。
「美人なお姉さんと! かわいい後輩が味方だったら! 全部オッケーになるんだよ!」
「この頭シンプル野郎~!」
「そいつは誉め言葉だぜ。俺は! お前みたいな小賢しい頭でっかちになりたくないからな~!」
俺はケンジに銃口を向けて近づいていく。するとホテルにまだ残っていた悪魔たちが部屋に入ってくる。
「おい、お前ら、早くこいつを殺せ!」
ケンジが声をあげる。
「お前、本当に自分の手を動かさないよな」
「それがどうしたっていうんだよ」
「そういうやつが相手だと、すげ~アガるっていってんだよ!」
俺はステージにあがってきた悪魔を蹴っ飛ばしながらケンジに迫る。
「早く片づけたほうがいいぞ」
陛下も応戦しながらいう。
「時間がない」
俺は首から下げた懐中時計をみる。もう、一分を切っていた。たしかに右足引きずっちゃってるし、目をあけているのもつらくなってきた。
「やめろ、くるな」
ケンジが逃げ腰になりながらいう。
「俺は悪魔だぞ。もっと恐れろ、怖がれ!」
「全然、効かねえよ。俺は怒ってるからな」
昼間、ケンジは華ちゃんを傷つけ、たくさんの人を殺した。
「俺はいつも、かっこつけてキャッチーなテンション気取ってるけどよお~」
俺はいう。
「本当は! 俺は! 無意味に誰かが傷つけられるようなことが、あっちゃいけないって思ってるんだよ! ケンジ、お前はやりすぎだ! このバカ!」
銃口をむける。でも、ケンジはそこで、へらっと笑う。
「なんだ、アナーキストを気取ったモラリストだったのかよ。じゃあ、こういうのはどうだ?」
俺とケンジのあいだに、丸腰の、いかにも普通の人間ですといった人たちが割って入ってくる。彼らは、「ごめんねえ」と謝りながら向かってくる。
「そいつらは人間だぞ」
ケンジがいう。
「正義のヒーローはどうする? それとも口だけか?」
「ケンジ、邪悪なわるあがきしやがって!」
俺はその人たちに対して、なにもできない。体をつかまれて、もみくちゃにされるうちに、銃までとりあげられてしまう。
それでも、組みついてくる人たちをひきずって、ケンジを殴りとばす。
ケンジは頬をおさえながら笑う。
「悪魔を素手で倒せるわけないだろ」
そのとき、俺はポケットに聖書を入れていたことを思いだす。銃がないならこれしかない、やるか伝統的な悪魔祓い! って思って、聖書を開いてなんか唱えようとするんだけど、聖書は英語ですらなくて、なんか難しそうな字で、まったく読めない。
「お前は神父じゃないだろ」
ケンジに殴り返される。
「だったらこれはどうだ!」
俺が聖書でケンジを殴ると、ケンジは、「いたっ」と声をあげる。
「効いてるみたいだな~!」
「人間的な痛みの話だよ!」
俺とケンジはつかみあいになる。
もう時間がない。あと十秒もないんじゃないかって思う。俺の腹からはアホみたいに血が流れだしている。
ケンジが俺の腹の傷に蹴りをいれてくる。
「いってぇぇぇぇぇ!」
俺は叫びながら、聖書をケンジの口のなかにねじこむ。
「悪魔が腹んなかに聖書ねじこまれたら、すっげ~アレルギーおこすんじゃないの!」
ケンジがなにか言い返そうとしてるけど、聖書ねじこんでるから、なにいってるかわからない。
俺は勢いそのままに、壁際にケンジを押しつけて、ぐりぐり聖書を押しつける。
ケンジは俺の傷口を蹴ったり殴ったりする。
そして懐中時計の残り時間がほとんどなくなったところで――。
「斑目」
他の悪魔と戦っていた陛下が、自分の銃を俺に向かって投げる。
俺はそれをキャッチして――。
ケンジの額を撃ち抜いた。
◇
「陛下、知ってました?」
俺は仰向けにフロアに倒れていた。
「天井、ステンドグラスになってたんですね」
最上階のホールには天窓があって、そのガラスには、いかにも天使降臨って感じの絵が描かれている。
「悪魔ってこういう洒落たジョークをやるイメージありますよね。腹立ちますよ~」
悪魔の死体がそこらじゅうに転がっている。
陛下は椅子を持ってきて、そこに腰かけていた。
「ラビとフライデーに迎えにきてもらおう」
なんてやりとりをしていると、大勢の足音が近づいてくる。ホールに入ってきたのは悪魔たちだった。新手だ。いかにも風格のあるスーツ姿の紳士や、男たちを従えるきれいな赤いドレスの女が、堂々とした足取りで俺たちを取り囲む。
「もしかして、こっちに向かってるっていっていた四体の名前付きの悪魔ってやつですか?」
「だろうな」
絶対そうじゃん、って思う。悪魔を率いる四人のリーダーのなかに、テレビでよくみかける政治家もいた。悪魔の黒幕って感じだ。
陛下がそいつらをみながらいう。
「アバドン、ザミエル、マモン、リベザル」
きっと、悪魔の名前だ。
「陛下」
「なんだ」
「俺に命令して、無理やり動かしたりできます?」
「無理だ」
陛下はいう。
「私の力はお前の忠誠心に依存している」
「そうなんですか?」
陛下はうなずく。
「お前が忠誠を誓えば誓うほど、私は力を得る。私の力が強くなると、お前に渡せる力も強くなる」
「つまり、俺と陛下の永久機関ですね」
「全然ちがうだろ」
陛下はあきれた顔をしながら、俺を指さす。
「お前はもうすぐ意識を失い、忠誠心というものが観測できなくなる」
そうなると――。
「私はただセンスがいいだけの陛下だ。戦闘は無理だ」
どうやら、抵抗は難しいようだった。
紳士のツラをした悪魔が指を鳴らす。
同時に、俺たちを取り囲んだ悪魔たちがいっせいに襲いかかってくる。俺は体を動かそうとするんだけど、まったく力が入らない。もうダメか、と思う。でも、そのときだった。
天窓から、光が射した。
瞬間、ステンドグラスが割れ、白いコートをきた女の人が色とりどりのガラスの破片と共に降ってくる。
ガラスの破片は、俺に降りそそぐまえに、空中で停止する。
女の人は音もなく俺のとなりに着地する。
「とても大きな正義の心を持っているね」
俺の額に手をあてていう。
「君、最高だよ」
そして、余裕のある表情で辺りを見まわす。襲いかかってきた悪魔たちが、降り注ぐガラスの破片と同じように、その動きを停めていた。
「時間が止まっているわけじゃないよ。私が速く動くと、こうなるんだ。時間の進みに歪みが生じちゃってね」
たしかに、ゆっくりではあるが、動いている悪魔もいる。
「さて、やろうか」
女の人が剣を抜く。柄から刀身まで、全てが真っ白な剣だ。
そして次の瞬間、その姿がみえなくなり、周囲に一筋の閃光が走る。
女の人が再びあらわれ、剣を鞘に納める。
同時に、大勢の悪魔がフロアに崩れ落ちた。四体の、名前持ちの悪魔もだ。
生き残った悪魔たちもそれなりにいるが、腕が切り落とされたりしていて、深手を負っている。
そこに、ホールの入り口から女の人と同じような白いコートを着た集団が入ってきて、悪魔の残党を取り囲む。
組織だ。
構成員と、それを率いるリーダーっぽい人が数人いる。
「中務省陰陽寮所属強行一課、一番隊隊長、白川京子です」
白い剣の女の人が、悪魔の残党にむかって名乗りをあげる。
「あなたたちには地獄に帰ってもらいます」
「大天使ミカエルの名の下に」
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