第二章 聖杯⑦

 俺と陛下がエントランスに近づくと、客だと思ったドアボーイが分厚い扉を開ける。

 なにくわぬ顔でロビーを歩いてシャンデリアの下までいく。

 客だと思ったようで、ウエイターがやってきて、トレーからシャンパングラスを陛下に手渡す。陛下はそれを飲み干すと、グラスをフロアに投げ捨て、それが割れる瞬間、銃を抜いてウエイターの額を撃ち抜いていた。


「パーティーは終わりだ」


 陛下はシャンデリアの下、キメ顔でいう。


「ここからは悲鳴でクラシックを演奏してもらう」

「陛下、めっちゃ悪党っぽいじゃないですかぁ~」

「今夜の私は小洒落た悪党だ」


 陛下の銃声で、ロビーにいた優雅な男女がいっせいに銃を取りだす。当然、彼らの目は真っ黒だ。

 赤いドレスの女が銀色の小さな銃を構えて、叫びながら陛下に向かってくる。

 陛下は容赦なくその女の脳天を撃ち抜いた。

 それが合図だったかのように、悪魔たちが陛下に殺到する。

 陛下はテンポよく悪魔をばんばん撃っていく。投げ飛ばして、弾をこめなおして、背面で撃ったり、銃をくるっとまわしたりもする。


「私は西部開拓時代のアメリカにもいたことある」

「ホントですかぁ~?」


なんてやってると、二階のプロムナードから、SPっぽい黒ずくめのガタイのいい男ふたりが大階段を駆けおりてくる。手には大口径の拳銃。

 俺の体は大階段を駆けあがり、そいつらの靴のつま先を撃って、こけたところで、眉間と左胸に一発ずつ撃ちこんでいく。


「俺、めっちゃ殺意の高い殺しかたするじゃん……こわぁ~」


 なんて自分で自分に感心しているヒマもなく、そのまま二階のプロムナードにあがって、向かってくる悪魔たちの額、首、胸、腹と正中線に沿ってしっかり弾を撃ち込んでやっつけていく。

 だいたいやっつけたあとで、ロビーをみると、陛下が囲まれている。


「うお~! 忠臣蔵~!!」


 俺は陛下を守るべく、手すりを蹴って、陛下の頭の真上にあるシャンデリアに跳ぶ。そしてシャンデリアに足をかけて、天井から逆さまになりながら陛下の背後の敵を撃つ。そこから陛下のとなりに着地する。


「斑目!」

「陛下!」


 俺たちは背中あわせになって群がる紳士淑女の悪魔諸君を撃ち倒していく。

 気づけば立っているのは俺たちだけになっていた。


「陛下」


 俺はロビーに倒れる悪魔の山をみながらいう。


「めっちゃノリノリじゃないですか~」

「私はノリのいいタイプの陛下だからな」


 相変わらず本気か冗談かわからない顔でいう。

 そのときだった。

 陛下が突然、俺に銃を向ける。


「え? お、俺、調子のりすぎました?」


 銃声。でも俺は無事。

 背後で、シャンデリアの落ちる音。みればガラスの下で俺に銃口を向けた悪魔がのびていた。


「あ、ありがとうございます」

「あと十分しかないぞ」


 陛下が胸ポケットから懐中時計を取りだし、俺の首にかける。

時計の針は午後十一時五十分を指している。


「零時までだ」

「え? 陛下の能力、シンデレラなんですか?」

「そんなロマンチックなわけないだろ」


 陛下は目を細めて俺のお腹に視線を送る。

 白いシャツに、血がにじんでいた。ホッチキスでとめた傷だ。流れでる血はけっこうえぐい量で、いわれてみれば視界がぐらぐらしている。


「あと十分で俺、倒れちゃうんですね」

「そうだ」


 俺が強くなるのはきっと、命令を受けると陛下の力が流れこむからだ。だから、そういったつながりから、陛下には俺の体の状態が正確にわかるのだろう。


「聖杯を守るために名前付きの悪魔が四体集まってきているとラビがいっていた」

「なるほど。この懐中時計がタイムリミットというわけですね」


 まあ、大丈夫でしょう、と俺はいう。


「ヒーローが三分なら、小粋なギャングには十分がちょうどいい尺じゃないですか?」

「私は尺を意識したことがない。いつも時間はたっぷりある」

「陛下の不老不死ギャグってツッコミにくいんですよね~」


 そして俺たちは最上階の大ホールにたどり着く。

 重い扉を開けてなかに入ってみれば、そこでは立食パーティーがおこなわれていた。談笑している大勢の悪魔たち。一番奥にはステージがあり、ケンジがそこでマイクを手にしていた。


「ケンジ~!!」

「斑目!」


 ケンジは俺をみながら笑う。


「ずいぶん顔色がわるいじゃないか。腹から向こう側の景色がみえそうじゃん」

「くそ~、なんでいつもそうやって頭いいっぽいセリフ吐きながら人の痛いとこも突いて、自分を優位に立たせてマウントとるなんて絶妙に芸術点高いことできんだよ~!」


 口喧嘩でケンジに勝てるはずがないから俺はとりあえず一発ぶん殴ろうと思ってステージに向かって歩きだす。

 でも、いっせいに立食パーティー中の悪魔たちが大小それぞれ銃火器をかまえて撃ってくる。

 俺はフロアに伏せると同時に、テーブルの向こう側にみえる足を順に撃っていく。倒れるやつ、しゃがみ込んだやつの頭を撃って、何体か倒す。

 陛下はテーブルの上にあったワインをグラスに注いで飲んで、うんうん、とうなずいている。次の瞬間、銃弾が飛んできて手に持っていたグラスが割れ、眉間にしわをよせて不機嫌そうな顔をする。

 悪魔たちはテーブルを倒して、それを盾にしながら銃を撃ちはじめる。


「おい、斑目」


 陛下が俺の胸元、ぶらさげた懐中時計を指しながらいう、


「時間がないぞ。あと五分くらいじゃないのか?」

「え? ワイン飲んでた人がそれをいうんですか!?」


 なんていいつつも、俺と陛下は猛然とダッシュして、相手がつくったテーブルのバリケード向こう側に飛び込んでいく。

 そしてそのまま、両手で持った銃で撃ちまくる

すぐに俺の銃の弾がなくなる。それで俺がしゃがむと、今度は陛下が俺の背中を飛び越えて前にでて撃ちまくる。で、弾がなくなったところで俺が前にでる。

リロードと前進を繰り返す。

でも、ふと思う。


「陛下」


 俺はシリンダーに弾を込めながらきく。


「なんで俺たち、リボルバー使ってるんですか?」


 リボルバーはいわゆる古い世代の銃だ。現代では、もっと連射がきいて、もっと装弾数の多いオートマチックの拳銃がスタンダードだ。

 にもかかわらず、なぜ隙の多いリボルバーを使うのか。

 陛下は冷静に銃を撃ちながら、確信のある口調でこたえた。


「オートマチックは品がない」

「けっこう不便ですけどねえ!」


 そんな軽口をいいながらも、ステージにあがったときには、俺はずっと立ち眩みがつづいているような状態だった。

 白いシャツの下のほうが真っ赤に染まっている。アドレナリンがでまくってるから平気だけど、普通はもう立ってられない状態かもしれない。


「あと三分といったところか」


 陛下がいう。


「ヒーロータイム突入ですね」


 俺はケンジに向かっていく。でもケンジはポケットに手を突っ込んだままだ。取り巻きが倒されたのになんか余裕な顔してて、そして、いう。


「斑目、その女を殺せ」

「は?」


 俺が陛下を殺すわけないだろって思うんだけど、俺の体は勝手に陛下に銃口を向けていた。理由は簡単だ。


「忘れたのか? お前は俺に恐怖を感じた。つまり、俺の支配下にいるんだ」


 ケンジは陛下に向かっていう。


「お前も斑目を使っているようだが、勝つのは俺の能力だ。当たり前だろ。お前は斑目の自由意思を残している。俺の能力は完全に支配する。これから人間を支配するときは、抵抗する気が起きないよう、完全に心を折っておくんだな」


 多少、銃身がぶれるものの、銃口は陛下のほうを向いたままだ。

 陛下はなにもいわない。


「斑目、早くやれ」


 ケンジが俺に近づいて、耳元で囁く。


「お前みたいな半端ものは、誰かになにかいわれて、そのとおりにやってくしかないんだ」


 俺の手が震える。震えながらも、引き金に指がかかって――。

 銃声。

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