第二章 聖杯④

 高山ケンジ。

 生徒会長をやっている俺のクラスメート。オールマイティに勉強もスポーツもできて、人当たりもよく、みんなのまとめ役で、先生からの信頼もあつい。

 そして華ちゃんも同じ優等生属性だから、一緒に学校行事で活動したりすることがあるようで、知り合いみたいだった。

 クリスマスに華ちゃんと遊んでいたところ、偶然、電車のなかでクラスメートの生徒会長と出会った格好だ。


「斑目くんと――あと、天海さん?」


 ケンジは電車に乗ってきたあと、俺と華ちゃんをみて、そう声をかけてきた。

 名前を呼ばれて、華ちゃんは急いで俺から体を離し、ごまかすように前髪をいじりながら挨拶を返した。


「こ、こんにちは、会長」

「クリスマスにふたりでおでかけ?」


 ケンジがきいて、華ちゃんがちょっと照れながら、「はい」とこたえた。ケンジはそんな華ちゃんをみながら、にこやかにほほ笑み、そのやわらかい雰囲気のまま、俺をみて、とてもやさしい口調でいったのだ。


『斑目くんは本当にゴミだね』


俺も華ちゃんも、ケンジのやわらかい雰囲気にのせられて、一度は、「うんうん」とうなずいた。でもすぐに、「え?」と声をだした。

 ケンジは、驚く俺たちを無視して、にこやかにつづける。


「斑目くんは学校にはこないくせに、女子とは遊ぶんだ」

「いや、それえは――」


 俺はなにか言い返そうとするんだけど、それより先にケンジがいう。


「そもそもなんで学校こないわけ? 自由に生きたいとか? それって甘ったれの逃げじゃない?」

「そういうんじゃなくて……」

「誰もが誰かのいうことをきいて生きていくことはわかってる? でも、どうせいうことをきくなら美人がいい? それってただのカッコつけでしょ」

「なんでそれ知って――」


 俺はその気持ちを誰にもいってない。もちろん、ケンジにも。

 驚く俺の耳元に、ケンジはその隙のない整った顔を近づけていう。


「本当はビビったんだろ? 父親が取引先に怒られて、頭をさげてるのをみて」


 集団に馴染むのが苦手だもんな、とケンジはいう。


「憧れてる父親でさえああなるんだから、自分なんてもっとひどいことになると思ったんだろ? 怒られて謝りつづける、未来の自分を想像した」


 逃げだしたんだ、とケンジは囁く。

さらにケンジは俺がこれまで学校でしてきた失敗をあげつらっていく。

 小学校のとき、ケンカをしすぎて問題児扱いされたこと。

 中学のとき、遅刻をしすぎて進学が危なかったこと。

 高校の文化祭で、クラスのみんなが大切にしていた看板にペンキをぶちまけて、クラス全体をしらけさせてしまったこと。


「人や、社会、現実が恐くなったんだろ? だから逃げだして映画館にこもった。それがお前の真実なんじゃないの? それを、もっともらしいこといってとりつくろってるだけなんじゃないの?」

「ちょっと、会長!」


 華ちゃんが怒って前にでる。でも、ケンジは華ちゃんにもいった。


「天海さんは優等生だよね」

「え? ま、まあ、そういわれてはいますが――」

「となりに住んでる小学生の少年に、勉強を教えたりもする」

「な、なんでそれを会長が知ってるんですか? 私、それ話してな――」

「でも、君は悪い子だよね」


 ケンジは俺のときと同じように、華ちゃんの耳元でささやく。


「昨日の夜、ひとりでなにしてたの?」

「え?」

「ベッドで、寝る前にさ。枕に顔押しつけて――」

「え、ちょ、あ、あ……」

「あんなことしてるのに清楚な顔して学校にいって、真面目なふりして少年に勉強を教えたりしてるんだ。まったく、ひどい女の子だね」

「え、うぇ、うぇ……」


 華ちゃんはケンジに詰められて、ぐすぐすと泣きそうになる。

ケンジはさらに華ちゃんの顔を探るようにのぞきこむ。


「なるほど。好きな男を想像してたわけか。ふんふん、そいつの名前は――」

「やめ、やめてください――」


 そこで電車が到着して、俺は華ちゃんの手をつかんで列車から降りる。


「華ちゃんはカフェで休んでてくれないかな。俺、久しぶりにケンジとクラスのこととか話したいからさ」

「うえっ、えっ……」


 華ちゃんはめっちゃ泣いてる。


「先輩ちがうんです……私、そういうことしてな、して、して……したかもしんないですけどぉ! でも、積極的にしたわけじゃなくてぇ……別に普段は全然したいとか思ってなくてぇ……せ、せんぱ、じゃなくてぇ、好きな人のこと考えてたらぁ……うぇ、うぇ……」

「わかってる、華ちゃんがそういう子じゃないってわかってるから!」

「うえぇ~」


 泣きながらも華ちゃんはいい子なので、ちゃんと俺のいいつけどおり駅ビルのカフェに向かって階段をあがっていく。


「てめえ~!」

 俺は、列車からゆっくりと降りてくるケンジに向きなおる。


「さては悪魔だな~!」


 ケンジが薄ら笑いを浮かべる。

 その瞳は、真っ黒だった。



 ケンジと駅のホームで対峙する。

 相手の要求はいたってシンプルっだった。


「聖杯渡してくれない?」


 でも――。


「持ってねえよ。ていうかケンジ、お前、悪魔だったんだな」

「気づかなかっただろ。小学校の頃からなんだぜ」


 どうやらケンジはかなりの長期間、悪魔として人間に紛れて生活していたようだ。


「肩身が狭いんだよ」


 ケンジはいった。


「あまり目立つとエクソシストがやってくるし、本体は地獄で焼かれて苦しいし」


 だから普段は大人しくしている。でも聖杯となれば話は別らしい。


「聖杯を使って俺の体をこっちに引っ張りこめば、怖いものはないからな」

「俺、ホントに持ってないんだけどな~」

「とぼけんなって。こっちは最初から力づくでやるつもりなんだ」

「やるか~?」


 俺はケンジにむかってファイティングポーズをとる。でも次の瞬間だった。主婦っぽいおばさんが、後ろから俺に組みついてきた。


「え、なに!?」


 驚く俺に、おばさんは薄ら笑いを浮かべながら、「ごめんねえ」なんていう。


「どういうこと?」


 なんていっていると、さらに、少年野球の格好をした小学生がバットで殴りかかってくる。しっかり二の腕のあたりを叩かれた。


「いって~!!」


 俺はおばさんを振り払って、少年とも距離を取るんだけど、サラリーマンがカバンで殴りかかってきたり、スポーティーなお姉さんがゴルフクラブで殴りかかってきたり、ホームにいる人たちが次から次に襲ってくる。

 それで、全員、薄ら笑いを浮かべて、「ごめんねえ」といっているのだ。


「なにこれ!?」

「俺は伝統的トラディショナルな悪魔だからな。人を操れるんだよ」


 お前がよくみてる映画と同じだよ、とケンジがいう。


「まず心を読む。そして、そいつの恐怖をいいあてる。俺を怖いと思ったやつはもう、悪魔のいいなりだ。ああいう映画との違いは、俺はもっとダイナミックってところだ。こんなふうにな」


 俺たちがいる駅は複数路線が乗り入れているターミナル駅だ。

 ケンジがとなりのホームに向かって、手を叩く。すると――。

 電車を待っていた大勢の人が、いっせいに笑顔で線路にむかって飛び降りはじめたのだ。


「あ」


 と、思ったときには、電車がホームに入ってくる。

 とんでもない光景だった。最悪のアトラクション、スプラッターって感じだ。


「すげえことするじゃん……」

「悪魔だからな」


 ケンジは平静な顔でいう。

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