第二章 聖杯③

「きょ、きょえっ~!」


 華ちゃんが変な声をだす。

 クリスマスの日、昼過ぎに港近くの駅に集合したときのことだ。陛下がくるはずだったのに俺がきたものだから驚いたらしい。


「陛下、風邪ひいたらしくて」

「エリさんって不老不死ですよね!?」


 とりあえず、港に向かって歩きだす。

 華ちゃんは顔を赤くしながら犬のように、くぅん、くぅん、と声をだしたり、前髪をおさえたり、服のえりをさわっては、「いってくれたらもっとオシャレしたのに~! エリさんのバカ~!」と悶えたりしている。


「華ちゃん」

「……エリさん、全部おみとおしなんだ……くぅん……」

「あの華ちゃん」


 じたばたしている華ちゃんに声をかける。


「陛下とはけっこうおでかけしてるの?」

「あ、はい。してますよ」


 陛下に誘われて、季節のパフェを食べにいったり、一緒に服を買いにいったりしているらしい。


「完全に友だちじゃん」

「今日もエリさんが軍艦をみたいっていってたから――」


 だから軍港のあるこの街を女子会の場所に選んだらしい。

 そういえば英国屋でだらだらしているとき、陛下とこんな会話をした。


『なんか、海軍ほしくなってきた』

『借りものの3LDKしか領土ないのに制海権ですかぁ~?』


 冗談かと思っていたが、軍港のある都市に遊びにこようとするくらいだから、本気でいっていたのかもしれない。米軍を接収しようとするとは、相変わらずおてんばだ。

 そして米軍基地がある都市だから、本場のハンバーガーショップがあり、華ちゃんとそれを食べにいくことになった。

 店に入り、席についたところで、華ちゃんがくすりと笑う。


「斑目先輩、それっぽくなってきてますね」

「え?」

「ドアを開けて先にとおしてくれるし、席も広いほうに私を座らせてくれますし」

「陛下に教育されちゃってんだよね~」


 メニューをみながら、ハンバーガーを注文する。


「陛下はさ、生きていくうえで大事にしなきゃいけないことが六つある、っていうんだ」

「その六つってなんですか?」

 俺はそれをひとつずつあげていく。

「礼節、博愛、責任、敬意、規律――」


 そこで俺は首をかしげる。


「あと一個なんだったっけ?」

「えぇ~」

「けっこう口うるさくいわれてるのに、忘れちゃった」


 なんて会話をしているうちに、店員さんが超デカいハンバーガーののったお皿を運んでくる。


「やっぱり陛下はこういうハンバーガーを食べるときもナイフとフォークなんですか?」

「紙に挟んで、ぺったんこにしてから食べてるよ」


 そう、陛下はハンバーガーを潰して食べるタイプ。


「本場はそうなんだってさ。『私はかつてニューヨークで暮らしたことがある』って、自慢してたよ」


 俺が野球中継をみていると、『私はベーブルースとも知り合いだった』と、きいてもいないのに主張してきたりする。


「エリさんってそういうとこありますよね」


 華ちゃんも笑う。


「私が化粧品のポスターみてると、『私はモデルをやったことがある』っていってきますし、芸能人をみかけた話をしたら、『女優もやったことある!』って、食い気味にいってきます」

「みえっぱりだからな~」


 ハンバーガーを食べたあとは、軍港に停泊している軍艦を眺めた。そこでも陛下の話をして、なんとなく、これ、ダメな流れだよなって思う。

 だって、華ちゃんと一緒にいるのに、陛下の話ばかりしてる。

 華ちゃんとは依頼をきっかけに知り合いになったばかりで、まだそこまで親しくない。

だから、共通の知り合いの話で間をもたせようとするのも仕方がない。

 でも、なんかちょっと失礼な気もする。

 せっかく一緒にいるんだから、俺は華ちゃんを楽しませるべきだ。そんな気持ちになって、今日がクリスマスであることを思いだす。

 プレゼントくらい用意しておけばよかった、って一瞬思うんだけど、でもそれってまだ間にあう。だから、通りを歩きながらきく。


「華ちゃん、なんかほしいものとかある?」

「え?」

「ほら、クリスマスだし」

「えぇ~!!」


 華ちゃんは、いえ、いいです、わるいです、とバタバタする。でも、俺がいいからいいから、というと、目を伏せ、顔を真っ赤にしながらいった。


「じゃ、じゃあ今日、ここで一緒に……デー……遊んだ……記念になるものが……いいです……」

「記念になるものか~」


 ここは軍港都市で、名物といえば今食べたハンバーガーとかそういうのだ。記念になりそうなものといえば――。

 俺は通り沿いにある店のウインドウに目をとめていう。


「スカジャン?」


 この街の名物はスカジャンなんだけど、さすがに華ちゃんのキャラじゃないよな、って思う。華ちゃんはいつもお嬢様みたいに上品な格好をしているし。でも――。


「す、すかじゃん、ほしいです!」


 華ちゃんはいう。


「先輩、ラフな格好ですし……私がスカジャンを着れば、ふたりならんでもいい感じになるというか、なんというか……」


 ということで、店に入った。店員さんがピンクと白のかわいらしいスカジャンを持ってきてくれる。華ちゃんはそれを大いに気に入ってくれたようだった。

 華ちゃんは今まで着ていたコートを袋にいれて、さっそくスカジャンを羽織った。

 頭からつま先までフォーマルなんだけど、上着だけ超カジュアル。抜け感がいい感じで、それこそモデルみたいだった。


「じゃあ、いこっか」


 それから俺たちは観覧車に乗って景色を眺め、ディナーには、高校生には少し背伸びしたレストランに入って食事をした。

 華ちゃんは次第にしゃべらなくなっていった。伏し目がちに、頬を赤くしながら、時折、なにかいいたそうに俺をみていた。そして、そろそろ帰らなきゃという時間になり、ふたりで帰りの電車に乗っているころには黙りこむようになってしまった。

 電車のなか、並んで立ちながら、俺はどんな話題を振ればいいか考える。

でも、先に華ちゃんが顔を真っ赤にしながらいった。


「あの……斑目先輩、知ってますか?」

「なにを?」

「私と斑目先輩、小学校同じなんですよ……」

「そうなの?」


 校名をきいてみれば、たしかに同じだった。


「偶然だね」

「は、はい。それで……クロマリちゃん大好きな女の子いたの覚えてます?」

「いたいた。けっこう印象残ってるよ。かわいい子でしょ?」

「か、かわっ!」


 華ちゃんがぱたぱたと手で顔をあおぐ。


「そ、それで、その女の子、男の子たちにいっぱい、からかわれてましたよね!?」

「覚えてる覚えてる」

「でも、そんな女の子を守ってくれた男の先輩もいました。からかわれて、とられたクロマリちゃんを取り返してくれたんです……」

「へえ~そんな奴いたんだ~」

「その女の子がその人のこと好きになってたとしても、普通ですよね!? 小学生の頃から高校生まで、ずっと好きで、毎晩その人のこと考えてたとしても、別にメンヘラじゃないですよね!?」


 なんて華ちゃんがいったときだった。

電車が停車して、たくさんの人が乗りこんでくる。

俺は人にぶつからないよう、華ちゃんを引きよせた。すると――。

 華ちゃんは自分からもっと近づいてきて、両手で俺の服のすそをつかみ、ほぼ抱きついているような格好になった。


「は、華ちゃん!?」

「先輩は……女の子と……そういうことしたいんですか?」


 華ちゃんは体を密着させながら、小声でいう。


「え!?」

「だって、エリさんにファミレスでキ、キスをご褒美にするとか……」

「ああ、キスのことね。うん、あれは、その、ほら、俺そういうことしたことないから、してみたかったっていうか……」

「よ、よくないと思います。キスは両想いの相手とするべきで……もっと大事にするものだと思いますし……ご褒美でするというのは……」

「うん、そうだね――」

「で、でもぉ!」


 華ちゃんは恥じらうように横をむきながらいう。


「デートした相手とかぁ、プレゼントを送った相手ならぁ……い、いいんじゃないでしょうかっ! きすっ!」

「それは、つまり――」


 俺は少し考える。デートしたりプレゼントしたりした相手、それって――。

 華ちゃんだ!


「う、うえぇ~!?」


 俺が驚くと、華ちゃんはさらに顔を真っ赤にしていう。


「今日は門限あるので帰らなきゃいけないですけど……そうじゃないときなら……先輩がエリさんに、キスの前にリクエストしようとしてた……む、む……そういうのだって……私は……別にぃ……ぃぃ……かも……ですよぉ……」


 華ちゃんが、心なしか体を押しつけてくる。

 今日は家に帰るけど、次回はそうじゃなくても大丈夫ってこと!?

 すごい展開だ。

 ていうか俺、どうすればいいんだろう。ここはもう、ぐいぐいいっちゃっていいのだろうか。それとも華麗にかわすのが紳士なのか。いや、華ちゃんは恥ずかしがりながらも、勇気をだしてくっついてきてくれているわけで、それなら、ここはその気持ちにばっちりこたえちゃうのが紳士ってもんじゃないの?

教えて陛下~!! どっちが紳士なんですか~!!

なんて考えているときだった。


「うお、斑目じゃん」


 と、同年代の男に声をかけられた。

 そいつは俺と華ちゃんを交互にみたあとで、にっこり笑っていった。


「斑目くんは本当にゴミだね」

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