第一章 英国屋⑥
銃を拾いにいったら、そのあいだに阿部を見失ってしまう。だから陛下の命令に従順に従う俺の体は、阿部を追うことを選んだのだ。
そうなると――。
「こっから全部、丸腰でやんの~!?」
阿部は悪魔のなかじゃ小悪党らしいけど、やっぱ不死者で、人間よりも圧倒的に強い。
「せめて銃ひろいにかせて~!!」
と叫ぶが、俺の体は車のボンネットを飛び越えて、阿部を追いかける。
阿部はなぜか駅ビルの中に入っていく。俺は阿部の背中めがけて全力疾走。
化粧品売り場を走り抜け、エレベーターを駆けあがる。キッチン用品の売り場にきたところで、阿部が振り返って銃を撃ってくる。割れるお皿、突然の銃声に悲鳴をあげる人々。
それでも俺の体は真っすぐ阿部を追いかける。
「無理があるんじゃないかな~!」
なんていいっているうちに、阿部が逃げながら、今度はしっかり俺に銃口を向け、狙いを定めて撃ってくる。
「うわぁぁ~!!」
俺は思わず目をつむる。でも銃声のあとも俺の体はしっかり走っている。みれば手にフライパンを持って銃弾を受けとめていた。
「信じていいんですね! 陛下のこの力、信じていいんですね!」
俺と阿部は商業ビルのなかで大混乱の追いかけっこを繰り広げた。追いつこうとするたびに、銃を向けられ、柱に隠れたり、その場に伏せたりした。
そして、ワンフロア全体が大型衣料品店になっている階にきたときだった。
阿部の姿がみえなくて、俺はついに阿部の狙いに気づいた。
普通に考えれば阿部が逃げているのはおかしかった。車に轢かれても平気で、銃も持っていて、それを商業ビルのなかで乱射するだけの悪党でもある。
そんな阿部がどうしてわざわざ逃げていたのかというと――。
服だ。
さっきまでは、阿部が女の人に化けても、すぐに見抜くことができた。顔をいくら変えても、ずっと服が同じだったからだ。
でも、このフロアには服がある。しかも、男ものも女ものも、老いも若いもだ。
阿部はこの場所でなら、パーフェクトな擬態ができる。
俺は辺りをみまわす。
阿部が銃をやたらめったら撃ちまくったものだから、このフロアもひどい状況だ。棚から服が落ち、キャスターもトルソーも床に倒れている。
お客さんは逃げだした人も多いけど、腰を抜かしている人や、棚の下に隠れている人もいる。店員さんはカウンターのなかに隠れていた。
そして、その人たちのなかに、銃を持った阿部が紛れているのは間違いなかった。
でも、俺には普通の人と阿部を見分ける方法がない。
阿部に有利な状況。
直感的にわかる。どう考えてもこの場から離れるべきだ。なにも、相手の得意なフィールドで勝負する必要はない。
でも――。
小さな男の子が店の真ん中で泣いていた。
お母さんが棚の陰に隠れながらこっちにおいで、ってやってるんだけど、男の子はギャン泣きで動けない。
阿部はところかまわず銃を撃つ悪党で、こんな状況で子供がふらふらしてたら流れ弾が当たるかもしれない。危なすぎる。だから男の子のところにいこうとするんだけど――。
「あれ、阿部が擬態してる可能性もあるよな~」
さっき、阿部が女の人に擬態していたとき、声も、身長までもが変化していた。
きっと、子供に擬態することだってできる。
ここで少年に近づいていったら、「残念でした~!!」って、少年が笑って銃を撃ってくる可能性はある。いわゆる騙し討ち。それに、仮に少年が本物でも、そっちをかまっていたら、絶対、銃口を向けられる。
とりあえず少年のことは放っておくのがクレバーな選択ってやつだった。
でも――。
陛下の力が俺を動かしたのか、体が自然と動いたのか、どっちかはわからない。
気づけば俺はカウンターからでて、少年に声をかけていた。
「大丈夫、大丈夫だから」
俺は頭をなでて、少年の肩をつかんでお母さんのいる方に向けてやる。
「ほら、あっちにお母さんいるから」
そういって、おしりをポンと叩けば、少年は泣きながらもそっちに歩いていく。そしてお母さんに抱きしめられて、ああ、よかった、と俺が思ったところで、こめかみに銃口を押しつけられた。
みれば、擬態をやめて、本来の姿になった阿部が立っていた。
みためだけは真面目そうなやつ。
そんな阿部がいう。
「お前、偽善者だろ」
俺はこたえる。
「かっこつけるのは大事なんだぞ」
「死ねよ」
容赦なく引き金をひく阿部。
銃声。
だけど――。
床に倒れたのは俺ではなく、シェイプシフターの阿部だった。
そして阿部が倒れてひらけた視界、そこに立っていたのは――。
陛下だった。
その手には、俺が道路の真ん中に落とした回転式拳銃が握られている。
「陛下~遅いですよ~」
「お前はもっと上品に戦う方法を学ぶ必要がある」
陛下は、ぐちゃぐちゃになった店内をみまわしながらいう。
「しかし、わるくはない」
陛下の視線は、お母さんに抱きしめられている、あの少年に向けられていた。
「紳士の心意気はある」
◇
十字架が刻まれた弾丸を撃ち込まれると、悪魔は相当苦しいらしい。
阿部はフロアの上をのたうちまわっている。
「おい、キーホルダー返せ。クロマリちゃん」
陛下が阿部をつま先でつんつん蹴る。
「誰が渡すか、これは俺のだ。絶対に――」
銃声が響く。陛下が阿部のおしりを撃ったのだ。容赦がない。
「早く渡せ」
陛下は冷たい表情でいう。阿部はちょっと泣いている。でも胸の前で腕を組んで、絶対に渡さないぞという姿勢で、強がりをいう。
「こんなの、俺にとっちゃご褒美みたいなもんだぜ」
「そうか」
陛下がおしりに銃弾を何発も叩き込む。陛下はご褒美をいっぱいあげるタイプの陛下だ。
俺はしゃがんで阿部の顔をのぞきこむ。
「お前のせいで俺は指名手配犯になってんだからな~。都庁爆破の濡れ衣きせやがって」
そういったところで、阿部はなぜか笑いだした。
「なに笑ってんだよ」
「俺がそんなことのためにお前に化けるわけないだろ」
「じゃあ、なんで俺に化けたんだよ」
「これ持ってたら世界中から狙われるからだよ。でも、あの映像があれば、俺じゃなくてお前が狙われる。お前が持ってるって思われるからな」
「はあ?」
俺が首をかしげると、阿部は少し驚いた顔をした。
「お前ら、なにも知らずにこれを取り返そうとしてたのか?」
「いいから早くしろ」
陛下がまた銃を撃って、阿部が悲鳴をあげながらいう。
「もう怒ったぞ! 使ってやるからな! どうなっても知らないぞ!」
俺と陛下は顔をみあわせて、なにいってんだこいつ、と肩をすくめる。
「地獄から本体を呼びだしてやる。これさえあれば、全てを――」
阿部が自分の胸ポケットに手を突っ込む。でも、すぐにあせりはじめる。
「あれ、ない。ないぞ――」
そして辺りに視線を走らせる。どうやらクロマリちゃんを落としてしまったらしい。
俺も周囲をみまわす。すると――。
少し離れたところを、クロマリちゃんが歩いていた。
めちゃくちゃファンシーな光景だ。
キーチェーンがとれて、ぬいぐるみ単体になったクロマリちゃんが動いているのだ。
クロマリちゃんは二頭身の短い足で、ちょこちょことフロアを歩いていき、ちょうどやってきたエレベーターに乗り込んでいく。
そして扉が閉まる寸前、こっちに向かって小さな手をかわいらしく振った。
俺はそれをみながら、小学生のとき、クロマリちゃんのことを大好きだった女の子がいたことを思いだしていた。
その女の子はいつもクロマリちゃんのぬいぐるみを持ち歩いて、話しかけていた。
けっこうかわいい女の子だったから、男子たちがその子にかまってほしくて、「それはただのぬいぐるみだぞ」、「話しかけても意味ないぞ」とちょっかいをかけていた。
女の子は、泣きながら男子にいいかえしていた。
ぬいぐるみじゃないもん。クロマリちゃんは、クロマリちゃんは――。
「クロマリちゃん、ホントに生きてたんだ――」
俺がいったところで、陛下に頭をこつんと叩かれる。
「お間抜けちゃんめ」
「え?」
「どうやら、あのぬいぐるみにはとんでもないものが宿っていたようだ」
閉じたエレベーターの扉をみながら、陛下はいった。
「あれは聖杯だ」
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