第一章 英国屋⑤
テーラーをでたあと、陛下は商店街にある玩具屋の前で足をとめた。
「なにがいいだろうな」
「幼稚園の依頼ですか」
クリスマス会でサンタの役をやってほしいと、幼稚園の園長から依頼があったのだ。
「せっかくならプレゼントも配って、キッズたちを喜ばせてやるのもわるくはない」
そういってショーウィンドウをのぞきこむ陛下。それをみて俺は思う。
こんな陛下が、わるい不死者なはずがない。
「プレゼントで釣っておけば、将来、従順な私の国民になるだろうからな」
「それ、マフィアが地元の子供たちにお菓子あげるのと同じ理屈ですよ」
やっぱりわるい不死者かもしれない。
「プレゼント選びは後日でいいか。まだ時間もあるしな」
「じゃあ、新宿いきますか! シェイプシフターの阿部をやっつけに!」
俺がいうと陛下はうむ、とうなずいた。
「華のクロマリちゃんのキーホルダーを取り返さないといけないしな」
「そっちですか~?」
「阿部はクロマリちゃんを持っている」
都庁の監視カメラの映像では、偽の俺がクロマリちゃんを持って踊っていた。
俺としては、阿部をつかまえて、濡れ衣を晴らして、この指名手配の状況をなんとかしたいところだ。今だってパーカーのフードをかぶって、メガネをかけてこそこそしている。でも、陛下の目的はあくまでクロマリちゃんだった。
「依頼はパーフェクトに。それが英国屋だ」
陛下は胸を張っていう。
「助手が指名手配されてるんですよ~」
「なんだ、知らないのか」
そこで陛下は得意げな顔をしていう。
「自国にいる限り外国の刑法は適用されないんだぞ」
「いや、日本政府は陛下の国独立を認めてませんから。俺、しっかり日本の法で処されちゃうんで」
なんてやりとりをしつつ、陛下はシェイプシフターの阿部をつかまえる計画を立てる。
「まず新宿のゲームセンターにいくだろ」
「はい」
「みつけ次第、お前がその男の足を撃つ」
「なるほど」
「そこを私がしばきあげてクロマリちゃんのキーホルダーを取り返す」
「完璧な作戦じゃないですかぁ。陛下は天才ですね」
そんなことをいいながら駅に向かう。でも――。
「もし阿部ってやつが、シェイプシフターの能力を使って姿を変えて隠れてたり、逃げてたらどうします?」
おとなしく本来の姿でゲームセンターにいれば、ラビからもらった聖印の弾丸を撃ち込めばいいんだろうけど、誰か別の人間に擬態して遠くに逃げられていたら、そもそも阿部をみつけられない。
「たしかにその可能性はあるな」
「確認しときましょうかね」
俺はラビからきいたそのゲームセンターに電話して、阿部さんにつないでください、友だちです、っていってみる。そして店員さんのこたえは、阿部は数日前から無断欠勤しているとのことだった。
「なんか、逃げたっぽいです」
「腹の立つやつだな」
陛下はいう。
「私の天才的な作戦を台無しにするとは」
「擬態を見抜く方法はないんですかね?」
「シェイプシフターの擬態は完璧らしいからな。相手がよほどのミスをしない限り、難しいんじゃないのか」
「あ〜あ、偶然天文町に逃げてきて、その辺でなんかすごいミスしてくんないかな〜」
「そんなやつがいたら、それは大層なお間抜けちゃんだろう。それよりアイス食べよう。私は冬のアイスが大好きだ」
なんてやりとりをしているときだった。
「あ~!!」
俺は声をあげる。
「どうした」
「大層なお間抜けちゃん、みつけちゃったかもです」
通りを歩く女子高生たちが、こそこそとスマホをカフェに向けている。彼女たちの視線の先には、端正な顔の男がいて、テラス席でコーヒーを飲んでいた。
「あの男、テレビでみたことあるぞ」
陛下がいう。
「しかし、それがどうかしたのか?」
「あっちもみてください、あっちも」
電器店のショーウィンドウに、テレビがならべられている。画面には今日のプロ野球の試合が生中継されていた。ちょうど始球式のタイミングで、俳優が振りかぶってボールを投げている。その顔は、テラス席でコーヒーを飲んでいる男と同じだった。
「よりにもよって、姿を変える先にイケメン俳優を選んだわけか」
とどめといわんばかりに、テラス席に座っていたイケメン俳優と同じした顔の男は、俺をみつけると椅子から転げ落ちた。
テロの濡れ衣を着せた男が目の前にあらわれたから驚いたのだろう。
そいつは、立ちあがると、逃げるように走りだす。
「なるほど、これはお間抜けちゃんだ」
陛下はそういいながら、俺をみる。
もちろん、追いかけるのは俺の役目だ。
◇
商店街の通りを走り抜ける。
イケメン俳優の姿に化けた阿部を追いかけていた。
カフェで俺たちにみつかったあと、シェイプシフターの阿部はすぐに逃げだした。悪魔だから人間より運動能力が高いらしく、とても速かった。
「陛下、いつものやつ、やっちゃってください!」
ここは陛下の命令の力をかりるところだと思い、俺はその場でいった。すると――。
「もうやってるぞ」
「え?」
「『女王陛下の名の下に』というのは、ただのポーズだ。私が、ぐっ、と力を入れればお前は私のいうことをきくし、私の力の一部を使うことができる」
「陛下、ただのかっこつけだったんですね――」
「かっこつけるのは……大事だろ」
はやくつかまえてこい、と陛下はいう。
「上品にやれよ」
というやりとりがあり、俺は阿部を追いかけている。
阿部はイケメン俳優の姿のまま、人のあいだを縫うようにして走る。俺は阿部を視界にとらえながら、人を避けて進まなければいけない。せまりくる金髪の若者、カートを押したおばあちゃん、女子高生、小走りの配達員、まるで反射神経のゲームだ。左、右、左、右、右、右。
阿部が突然、直角に曲がって、雑居ビルのなかに入っていく。俺もその後を追う。非常階段を登っていく阿部。俺もビルの外付の階段をぐるぐる回って登る。テナントの看板、英会話、インドカレー、カラオケ、四階まできたところで、阿部が通りにむかって飛び降りる。
顔をだして通りをみれば、阿部はもう駆けだしていて、当然、俺も飛び降りる。着地とともに転がって、衝撃を逃がしながら起きあがって走りだす。
阿部が振り返って驚いた顔をする。
「なんなんだよ、お前。誰だよ、お前」
「てめえのせいで指名手配された高校生に決まってんだろ~!」
「渡さないからな。絶対、渡さないからな!」
「はぁぁ~? なにいってんだ~?」
そこで俺は考える。渡さないっていったら、やっぱクロマリちゃんのぬいぐるみキーホルダーしかない。そしてクロマリちゃんは、テンションのアップダウンが激しい女の子に人気のキャラクターだ。つまり、この悪魔は――。
「てめえ~! さてはメンヘラだな!」
「お前バカ!?」
阿部は細い路地に入っていく。俺も入っていって、驚く。同じ顔をした女の人がふたりいたからだ。髪をゆるく巻いた、いかにも社会人っぽいお姉さん。
「え? なんで? なんで私?」
「ドッペルゲンガー!?」
ふたりとも、自分と同じ顔の人間が目の前にいることに驚いたリアクションをしている。
「え、声までマネれんの!?」
俺はいう。これじゃあどっちがシェイプシフターなのかわからない。
なんてことはなくて、俺は左にいた女の顔面をパンチする。
「なんでわかったのよ!?」
「服が変わってねえんだよ! あとバレてんのに女言葉やめろ!」
「ちくしょう!」
阿部は俺に背を向ける。そのときにはもう、またあのイケメン俳優に戻っていて、大通りを渡ろうと走りだしている。
青信号が点滅している。
おばあちゃんが手押し車を押しながら横断歩道を渡っていて、阿部はその手押し車にぶつかってバランスを崩す。
「おばあちゃんにはやさしくしろ~!!」
俺はついに阿部に追いついて、後ろから襟をつかむ。阿部がその手をつかんでひねりあげて、さらに背負い投げしてくる。俺はいったん投げられるんだけど、地面に背中を打ちつけながら、そのまま相手を巴投げする。
横断歩道の真ん中でもつれあいながら、格闘する。
おばあちゃんが渡り切ったところで、ちょうど信号が赤になる。動きだす車。それに気をとられた隙をつかれ、俺は阿部の頭突きをくらってしまう。
「いって~!!」
駆けだす阿部。でも次の瞬間、歩道に到達する前に阿部がすごい勢いで車に轢かれる。
「え、えぇ~!?」
ごろごろと道路を転がる阿部。戸惑う俺。
でも数秒もしないうちに阿部はむくりと起き上がり、駅ビルに向かって駆けだしていた。
どうやら体も頑丈っぽい。
「さっすが悪魔じゃん! 手加減する必要なかったみたいだな~!!」
俺はちょっと遠慮してたんだけど、そういう相手ならと、ラビから受け取った拳銃を取りだす。でもその瞬間、銃声と共に、手に衝撃。
阿部も銃を持っていて、発砲してきたのだ。しかもその銃弾は俺がだした銃に当たって、俺の銃ははじきとばされ、車がゆきかう車道の真ん中に滑っていってしまう。
銃を拾いにいくか、背を向けて逃げる阿部を追いかけるか。
選択が必要な一瞬で、俺の体が勝手に選んだのは――。
「ですよね~!!」
追いかけることだった。
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