第一章 英国屋④
いわゆる吸血鬼や狼男といったやつらは存在するらしい。
モンスター、クリーチャー、化物、妖怪、いろいろな表現があるけど、どの存在も人より長い時間を生き、首にガラスがぶっ刺さったくらいでは死なない。
死を否定したものたち。
だから、不死者。
陛下はこの呼び方を教えてくれただけで、その内容を説明してくれたのはテーラーの女主人だった。陛下は彼女のことをラビと呼んでいる。
ラビは背が低く、銀縁のメガネをかけた、男装の麗人だった。いつも店内の布地を手にとって眺めていて、客がくると周囲をぐるぐると周り、いかにも職人といった目つきで観察したあと、客に似合うデザインのシャツやスーツを見繕う。
実際に採寸などの作業をするのは、フライデーだ。フライデーはメイドの格好をした物静かな女の子で、いつもラビに付き従っている。
ラビのテーラーは、『チャールズ&レトリバー』という看板を掲げ、高級なオーダーメイドのスーツを仕立てている。お客さんは経営者や大企業の管理職が中心で、彼らはわざわざこの天文町の商店街までやってくる。
陛下も必ずこのテーラーでシャツを仕立てている。
天文町にある、由緒ある老舗。
しかし、どうやらチャールズ&レトリバーには仕立屋の他に別の顔があったようだ。
◇
中華料理屋をでたあと、華ちゃんは学校に戻っていった。
陛下と俺はラビのテーラー『チャールズ&レトリバー』に向かった。
高級感のあるショーウィンドウと、金色の文字。
俺が黒く重い扉を開け、陛下が店内に入っていく。
陛下はラビをみるなり、開口一番、いった。
「低俗な不死者が私の配下にちょっかいをだした」
「配下っていうかバイトですけどね。僕、アルバイト」
ラビは指名手配犯になった俺の顔をみてすぐに事情を察したようだった。
「なるほど、どうやらもう一つの家業をご所望のようね」
ラビはそういいながら、壁面にある棚の扉をあける。なかにはベルトなんかの商品が置かれているが、ラビはその奥に手を入れて、なにやら操作する。
次の瞬間、重そうな棚が横にスライドして、鋼鉄の隠し扉があらわれた。
さらにラビが扉を開けると、そこには地下へとつづく階段があった。
「どうぞこちらへ」
ラビが俺たちを招き入れる。そして階段をくだっていくと――。
テーラーの地下室には壁一面に銃や剣がならべられていた。でも、それだけじゃない。
十字架や銀の杭、いわくありげな斧や槍なんかもある。
「すげ~!!」
俺が声をあげると、陛下が片眉を釣りあげる。
「なんか、あれじゃないか? 英国屋の時よりテンションあがってないか?」
「知らないんですか? 男の子はこういう秘密基地が大好きなんですよ!」
「…………」
不満そうな陛下。陛下はとにかく自分が一番じゃないと気が済まないタイプだ。
ラビはテーラーの地下室をお披露目した余韻の間をたっぷりとったあとでいう。
「不死者がいれば、
ラビは人差し指でメガネをあげながらいう。
「時代を越えるたしかな一着と、不死者狩りのための武器を提供する。それが私の店、『チャールズ&レトリバー』よ」
無口なメイド、フライデーが椅子を引いて、俺たちは椅子に座る。そしてフライデーが紅茶を淹れたところで、ラビがいった。
「斑目くん、君が相手にしている黒い目の人間は、不死者のなかでも最上級の存在よ」
「それって……」
「本体が地獄にあって、人の体を乗っとってその魂を喰らいつくす。周囲の人間や、祓いにやってきたヴァチカンの人間をも時と場合によっては破滅させる」
ラビはその不死者の名称をいう。
「悪魔」
俺はエクソシストの映画のシーンを思いだす。宙に浮いたり、首をぐるんとまわす少女。
そういえば、都庁の人たちも、動きが変だった。
「俺、あんな恐いもん相手にしてたんだ……」
「そして悪魔は様々な能力を持っている。ご存知のとおり人を操ったり、なかには姿形を自由自在に変えるものもいる。一度みた人間の姿をコピーするのよ。いわゆるシェイプシフターね」
「てことは――」
「都庁の映像の君は、十中八九、その能力を持つ悪魔でしょうね」
ラビはそういいながら、一枚の写真を机に差しだした。
メガネをかけた、真面目そうな男が映っている。
「ちょうど新宿にひとりいるわ。阿部という男で、ゲームセンターの店員をしている」
「でも、悪魔を相手になにかできるんですか? 俺、エクソシストじゃないですよ」
「悪魔といってもピンキリよ。名前持ちの悪魔が相手では、不死者狩りが束になってもかなわない。私も、想像するだけで恐ろしいわ。でもこの阿部は名前のない悪魔で、姿を変えては詐欺を働いている小悪党よ」
そこでラビが指で机をとんとんと叩く。すると、静かなるメイド、フライデーがおもむろに回転式拳銃と、数発の弾丸を机の上に置いた。
「こんなのどうかしら?」
フライデーがいう。
「うむ、もらっておこう」
陛下はそういうと、フライデーの手をとろうとする。
フライデーが陛下の手をぺちっと叩く。
「お渡しする物は私ではありません」
「ケチんぼめ」
陛下がいって、ラビが肩をすくめる。
「あなたは運転手がほしいだけでしょ」
フライデーは十代の少女にしかみえないが、リムジンを運転できるらしい。路線図をみながら、ちまちま電車で移動している陛下からすれば、喉から手がでるほどほしい人材なのだ。
「エリ様にお渡しするのはこちらです」
フライデーは陛下の軽口を気にすることなく、つづける。
陛下はしぶしぶといった様子で、机の上に置かれた弾丸を指でつまみあげた。
「聖印の弾丸か」
弾丸は金色で、十字架が刻印されていた。
「一発撃ち込むだけで、悪魔は苦しむわ。擬態の能力も使えなくなる」
ラビが説明する。
「縛りつけて悪魔祓いするよりシンプルでしょ?」
「ラビは手伝ってくれないのか」
陛下がいって、ラビは笑って首を横にふった。
「私は仕立屋よ。それに、あなたにもちゃんとかわいらしいパートナーがいるでしょ」
そういいながら、ラビは俺に銃を持つよう促してくる。
「俺、銃を撃ったことありませんよ」
「大丈夫よ。エリの能力、『命令(キングス・オーダー)』を使えば、きっと上手く扱えるわ」
都庁で戦っているとき、警官の銃を分解したときのことを思いだす。
たしかにあの感じなら、きっと銃もばんばん撃てる。
「俺、不死者警察はじめちゃうんですね……」
街で困った事件が発生する。英国屋に依頼がくる。原因は悪魔とか吸血鬼で、そういうやつらを俺がスタイリッシュにやっつけていく日々を想像する。
「あがってきた~!!」
「アホめ」
陛下がジャケットのポケットから古びたコインをとりだして投げる。ラビがそれをキャッチして、取引は成立したようだった。
そんな感じで店での用事が終わり、帰ろうとしたときのことだ。
ラビが俺のとなりにきて、話しかけてくる。
「気をつけなさいよ。最近、不死者たちの様子がおかしいから」
都内で事件が頻発して、不死者狩りが忙しくなっているらしい。
「そうなんですか」
そういって、俺は少し考えてからいう。
「でも、なんで、それを俺だけに話すんですか?」
「斑目くんは忘れがちのようだけど――」
ラビはほほ笑みのなかに、ほんの少しの冷静さをブレンドした表情でいう。
「エリも不死者だからね」
「ラビさんは陛下とお友だちじゃないんですか?」
「付き合いが長いだけよ」
不死者であることは知っているが、その正体までは知らないらしい。
悪魔なのか吸血鬼なのか、はたまた――。
ラビの視線の先では、陛下がフライデーの頭をなでながら、お前は礼儀正しくてよい、と褒めながら、私の国民になれ、と勧誘している。
「不死者は不死者だから。人とはちがう道理で生きていて、昔から人と対立してきた」
ラビは目を細め、陛下をみる。
「エリはおそらくとても古い不死者。そして、古い不死者はみなくわせものよ」
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