第一章 英国屋③

 陛下は華ちゃんを座らせると、ゴマ団子と鉄観音茶を追加でオーダーした。

 猫娘みたいなチャイナガールの店員さんがそれらを持ってきて、デザートタイムがはじまる。


「俺、マジで指名手配されちゃってるじゃん……」


 ゴマ団子を食べながらスマホでニュースサイトをみてみれば、俺の話題で持ちきりだった。十六歳のテロリスト、狂気の高校生の文字が躍っている。

俺が学校いってなかったこともあり、引きこもって爆弾つくってるイメージが完全にできあがっていた。


「斑目先輩は『外患誘致罪』で指名手配されてるみたいですね」


 華ちゃんがいう。


「外国のテロ組織と通じてクーデターを起こそうとしたってことですね。ちなみに法定刑は死刑しかないみたいです」

「こわっ!」

「国家反逆罪とか、国家転覆罪に分類されるタイプの犯罪はそんなもんらしいです」

「俺、自分のスケールのデカさにビビッてるよ……」

「あと外患誘致罪で起訴された人はこれまで一人もいないそうなので、斑目先輩が日本初ということになりますね」

「全然嬉しくない!」

「ちゃんと学校いかないからこうなるんですよ。ていうか――」


 真面目な華ちゃんは頬を赤らめながらいう。


「斑目先輩、エリさんとイチャつきすぎじゃないですか?」


 華ちゃんにいわれて、俺は「え?」と首をかしげる。


「どこが?」

「エリさんのお茶が空になったら、すぐに注いでるし……口元が餡子で汚れたらふいてあげてるし……なんか、雰囲気が……しっとりしてるっていうか……」

「いや、これはいつものクセで陛下のお世話をしてしまうというか」

「それに、なんか距離感近いし……」


 華ちゃんはなぜか目をそらしながらいう。


「も、もしかして、ふたりは付き合ってるんですか!?」

「え、ちょ、えぇ~!」


 すごい角度ですごいこといってくるな、華ちゃん!

 そんな華ちゃんに、陛下が冷静な顔でいう。


「付き合ってないぞ。私と斑目は陛下と配下の関係だ」


 それをきいて、華ちゃんは顔を真っ赤にする。


「付き合ってないのにいちゃいちゃしてるんだ……心はないけど体だけ……」

「そこだけ拾っちゃったよ」

「それって、大人の関係ってことですよね!? 先輩、ハレンチすぎます!」

「華ちゃんって優等生だけど頭のなかはピンク色!?」


 俺は華ちゃんに陛下との関係を説明する。でも、たしかに現代日本において陛下と配下の関係なんて存在しないし、執事カフェにでもいかないかぎり、お茶を注いで給仕をする男なんていない。


「斑目先輩、はたからみたらバイト先のきれいなお姉さんに惚れて、学校いかなくなってるダメ男にしかみえないですよ……」

 というのが華ちゃんの結論だった。


「やっぱ学校いったほうがいいですよ」

「いや、そうかもしれないんだけどさ。俺、指名手配犯だし」


 学校休んでバイトしてたら事件に巻き込まれて、テロリストとして全国に指名手配されてる。マジで俺の居場所がない。これからどうすんだよ~って感じだ。法定刑が死刑しかないってことはつかまったら終わりで、そうなると逃げるしかない。

 でもどうやって? 整形して顔変える? お金は? 死ぬまでずっと?


「俺は自由に生きようとしてただけなのに、どうしてこんなに大脱線してしまったんだ」


 頭を抱えていると、陛下がすごい普通のテンションでいう。


「あながちまちがっていないだろう」

「どうしてですか?」

「私と一緒に国を建てるということは、日本政府を転覆させるということだ」

「我々の活動はぁ! ローカルでぇ! かわいくてぇ! 政府が目くじらたてるもんじゃありません!」

「政府に目をつけられたとなると早めに国会議事堂を占拠したほうがいいな」


 陛下は胸ポケットから大きな紙の路線図をとりだして広げ、国会議事堂までの行き方を調べはじめる。俺はとりあえず陛下をほっておく。


「なんか、すいません」


 華ちゃんが俺に謝る。


「私がキーホルダーを取り返してほしいなんて依頼したせいで」


 そうなのだ。昨夜、俺が都庁にいたのはキーホルダーを取り返すためで、その依頼をしたのは華ちゃんなのだ。



 ここに至るまでの経緯はこうだ。

 数日前、華ちゃんが通りを歩いていると、都庁職員の身分証を首からぶらさげた男に、カバンにつけていたキーホルダーをとられた。キーホルダーを外されるところはみていなかったが、ポケットに入れるところをみたらしい。

 華ちゃんはその場で問いつめたが、男はしらばっくれたまま、小走りで逃げていった。

 とられたキーホルダーは遠くに住んでいるお父さんからプレゼントされたものだという。

 当然、華ちゃんはまず、警察にいった。

 でも警察はキーホルダー程度では動かない。それどころか、身分のある都庁職員がキーホルダーをとるなんて、そんなわけのわからないことをするだろうかと、華ちゃんの話を疑いだした。

 対応した警官はキーホルダーのキャラクターをききとったあと、さらに、華ちゃんが同じキャラクターのグッズをカバンにいっぱいつけていることに目をとめた。

 華ちゃんがつけていたキャラクターは『クロマリちゃん』と呼ばれる、黒がシンボルカラーの、かわいらしい、二頭身のマスコットキャラクターだった。

 クロマリちゃんは女子のあいだで人気爆発しているのだが、なかでも、いわゆるテンションのアップダウンの激しい女の子が極端に好む傾向があった。


「え? 私のことメンヘラだと思ってます?」


 外見も性格も折り目正しい華ちゃんは警官の視線に気づいて声を大きくした。


「私が地雷系の女の子が好んで身につけるキャラクターのグッズをいっぱい持ってるからって、私のこともメンヘラ女子高生って判断するんですか? それで、メンヘラ女がありもしない事件をでっちあげて警察に相談して、そんな、かまってちゃんムーブをかましていると思ってるんですか!? そういう目で今、私をみましたよねぇ!」


 華ちゃんはテンションをアップダウンさせながら断固抗議した。


「偏見です!! 別にいいじゃないですか!! 真面目で健全な女子高生のなかにもクロマリちゃんを好きな女の子はいるんですよ~!!」


 華ちゃんがとられたキーホルダーは、クロマリちゃんのぬいぐるみキーホルダーだった。

 警察に相手にされず、それで華ちゃんは高校の先輩が学校にこずに怪しい街の便利屋をしているという噂をきいて、わらにもすがる思いで英国屋をおとずれた。

 英国屋の執務室で、陛下と一緒に華ちゃんの話をきいたとき、俺はいった。


「え? 警官にキレたの? それって立派なメンヘ――」


 すごい目つきで睨まれたので俺はすぐ黙った。

 それはさておき、陛下は例のごとく国民になることを条件に華ちゃんの依頼を受けた。

そして陛下の国民ネットワークにより(都庁の清掃担当のおばちゃんとお茶友)、キーホルダーが男の袖机のなかにあることがわかり、俺が潜入した。

 いつもならここでキーホルダーを取り返して、国民がひとり増えたと陛下が胸を張り、いや、友だちがひとり増えただけですよ、と俺がつっこみ、また、へっぽこな日常がつづいていくところだ。

 でも今回は都庁が爆発して、俺は指名手配されている。



 場面戻って中華料理屋、大きな丸いテーブルでデザートタイムをしながら――。


「すいません、本当に」


 華ちゃんがゴマ団子を口に放りこみながら謝る。


「私のせいで斑目先輩がテロリストに……」

「華ちゃんのせいじゃないよ」


 俺は華ちゃんのお茶を注ぎながらいう。


「華ちゃんはキーホルダーを取り返したかっただけなんだから」

「ですよね」


 華ちゃんが顔をあげる。


「私のせいじゃないですよね」

「あ、うん。立ち直りはやいね」

「ていうか、どちらかというと先輩のせいですよね」

「え、俺?」

「先輩がふざけてるのがいけないんですよ。だってほら――」


 華ちゃんがスマホを向けてくる。そのニュースサイトには俺が都庁爆破事件の犯人である決定的な動画が流れていた。昨日の夜の、庁内に設置された監視カメラの映像だ。

映像のなかで俺は――。

 踊っていた。

 カメラにむかってダブルピースしながら、完全に調子ノリノリのわるふざけ高校生のテンションで創作ダンスを踊っている。

 テロップによると、都庁が爆発する直前の映像らしい。


「先輩、ずっと俺はやってないって顔で話してましたけど、ホントはやったんじゃないですか? ていうかむしろ、これ、やってますよね?」

「やってないから!」

「そういえば――」


 陛下も口をはさんでくる。


「斑目は創作ダンスが趣味だといっていた」

「家でひとりのときしか踊りません!」


 それより、と俺は陛下にむかって声をはる。


「今度はごまかさないでくださいよ! あれ、俺じゃないですよね! 陛下はきっと、なにか知ってるんですよね!」


 当然、俺は都庁で踊ってない。

 じゃあ、あの踊ってる俺はなんなのかというと、陛下は知っているはずだ。

 画像のなかの俺は、少し異様な感じがする。

 きっと、世間の人たちは違和感なくみてるだろう。

でも、俺は知っている。

 中華料理屋の猫の目をした店員のお姉さん、目が真っ黒な人間たち。そしてガラスが首に刺さっても死なず、他人に命令を強制させることのできる陛下。

 きっと、世の中には俺が知らない、不思議な存在がいっぱいいる。

 そのなかには、他人の姿をコピーするやつだっているはずだ。


「もう、とぼけないでくださいよ。今回ばかりは教えてもらいますからね」


 陛下の肩をつかんで、頭をぐらぐらゆらす。


「この映像の俺に化けてるやつ、なんなんですか? 絶対、陛下と同じで、不思議存在ですよね? 陛下みたいになんか能力使ってるんですよね?」


 俺は陛下をいっぱいゆらしたあとで手を離す。

 陛下はやれやれ、という顔をしたあとで、陛下を含めた世の中にいる不思議存在たちの総称を口にした。


不死者イモータル

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