第一章 英国屋②

 東京都庁爆破事件。

 火の玉ストレートなネーミング。

 そうなのだ。

 昨日の夜、俺が飛び降りて、ミサイルが撃ち込まれたのは東京都庁だったのだ。あのあと、都庁ビルは背骨を失ったようにきれいに崩壊した。俺と陛下はハンバーガーを食べながらそれをボケッと眺めていた。まるでナンセンスな映画のエンディングみたいだった。

 今は瓦礫の山となって、辺り一帯が封鎖されている。


「あれ、マジでヤバかったですよね。なんか普通じゃないっていうか」


 俺は、香港映画みたいなカンフーアクションで薄気味悪い連中と徒手空拳で戦った。まるで夢のなかの出来事のように感じる。でもこうやってニュースで都庁崩壊の様子が報道されているのをみると、あれはやっぱり現実のことだったのだ。


「しかもニュースだと死者がゼロなんですよ。俺がビルから飛び降りたとき、職員っぽい人たち、いっぱい残ってたんですよね。これってやっぱ陰謀じゃないですか? 情報統制ってやつじゃないですか~?」


 なんていいながら、俺は世間の人たちとはちがう可能性を考える。


「でも、ホントに誰も死ななかったのかもしれませんよね」


 俺はそういって、陛下をみる。


「死なない人、実際いますし」


 ずっと陛下にきいてみたかったこと。


「陛下以外にも、死なない人っていっぱいいるんじゃないですか?」


 俺は陛下と一緒にいるのが楽しいから知らなくても別にいいっちゃいいし、本人がいいたくないんだったらそれでもいいんだけど、でも、やっぱりちょっと興味はあるから、ふわっとしたテンションできいてみる。


「陛下って一体なにものなんですか?」


 それに対する陛下のこたえは――。


「斑目、行儀がわるいぞ」


 というものだった。


「あ、すいません」


 俺はそういって、いじっていたスマホをポケットにしまう。でも、そっちじゃない、というように陛下は首を横にふった。

 たしかに陛下は食事中のスマホにはなにもいわない。陛下自身、食べながら行儀のわるいことをやりがちだからだ。英国屋で大好きなヤクザ映画を観みながら食事をしているときは、夢中になりすぎて、だいたい口からスープをこぼしている。俺は横からそれを拭く。

 つまり、陛下は尊大だけど、自分ができないことは“あまり”他人には押しつけないフェアな陛下なのだ。

 じゃあ今、陛下がなにに対して行儀がわるいといっているかというと――。


「食べ残しはよくないぞ」


 俺の定食の皿には大量の唐辛子が残っていた。でも――。


「陛下、この唐辛子は肉に風味をつけるためのものですから食べなくてもいいんです」

「だされたものは残さず食べるのがマナーだろう」

「え? なにもきこえてない?」


 陛下の耳は自分がききたくないものはきこえない便利な耳だった。


「ていうか四川料理のお作法教えてくれたの陛下じゃないですか!」

「食べろ」

「ヤです」


 わちゃわちゃと小競り合いになる。


「料理をつくってくれた人に敬意を払え、敬意を」


 足を踏んでくる陛下。


「陛下が食べたっていいんですよ~!」


 俺は箸の先に唐辛子を装着して陛下の口の前に持っていく。


「私はもうお腹がいっぱいだ。お前が食べてお腹いたくなれ」

「あ、今いった! お腹痛くなれっていった!」


 俺は陛下の白いほっぺに唐辛子を押しつける


「さては朝のこと怒ってますね!? 俺がポッキーでほっぺをベタベタにしたから! その仕返しに唐辛子を食べさせようとしてるんでしょう! 器が小さい! 器ミニ陛下!」

「私は器の大きさも陛下級だ。あの程度で怒ったりしない」


 といいつつ、陛下も箸の先に唐辛子を装着して俺の口元に持ってくる。

そうやって互いに唐辛子を押しつけあうギリギリの戦いをしていると、ついに陛下が片眉を吊りあげていう。


「食べろ! 女王陛下の名の下に!」

「え、ちょ、えぇ~!」


 俺の体はぴたりととまり、唐辛子満載の皿に正対する。


「それ、ずるくないですか? っていうか、そんなカジュアルに使います!? もっとこう、必殺技的に、使いどころってもんがあるでしょう~!!」


 抗議の声をあげるが、俺の体は箸を使って唐辛子をせっせと口に運び、大好物みたいな勢いで食べはじめる。


「あっ、からっ――からぁっっっ! ち、ちくしょ~!!」


 陛下の能力には逆らえず、俺はしっかり唐辛子を完食したのだった。

 中華テーブルに頭をのせてぐったりとする俺。くちびるはしっかり腫れている。

 陛下はしれっとした顔をしている。

 でも――。


「今の、ごまかすためにやりましたよね。俺が陛下の正体をきいたから」


 陛下はなにもいわない。


「俺、陛下と一緒にいるようになって、なんかみえるようになってきたんです。陛下みたいな不思議存在、実はいっぱいいますよね?」


 俺は厨房のほうに目をやる。

 チャイナ服を着たあの店員のお姉さんが、こちらをみてほほ笑んだ。その瞳は本物の猫のように怪しく輝いていた。表情も、チュシャ猫みたいだった。


「黒い目の人間も、初めてみたわけじゃありません」


 街中をなにげなく歩いていると、遭遇するのだ。決まって彼らは、背筋が寒くなるような存在感を放っている。

 交差点の向かい側、立っている人の中に、よくみるとひとりだけ目が真っ黒な人がいたりするのだ。そして俺の視線に気づくと、口の前に人差し指を立てたりする。

 陛下と一緒に英国屋で働くようになって、そういう存在に気づくようになった。きっと、俺が知らなかっただけで、そういうやつらは世の中にずっといたのだ。

 そして、陛下もそういう類の存在にちがいない。


「教えてくれたっていいじゃないですか。陛下ってなにものなんですか?」


 陛下は俺を横目でみたあと、いう。


「私は女王陛下だ」

「そういいますよね~」

「そろそろ領土を拡大したいところだ。新宿も、もう私の領土になったしな」

「ただよく遊びにいくだけで併合されてしまう新宿……」

「次は代々木か新大久保か」

「ただの山手線ユーザーじゃないですか」

「代々木からいくか」

「この人、渋谷とりにいく気だ」


 なんてやっているときだった。


「あ、やっぱりここにいた!」


 そういって、ひとりの女子高生が俺たちしか客のいない中華料理店に入ってくる。


「ごきげんようミス・ハナ


 陛下が挨拶する。


「こんにちは、エリさん」

「エリではない。陛下と呼べ、陛下と」


 店に入ってきた女の子は俺が通う高校の後輩、はなちゃんだった。



 天見華あまみはな

 高校一年生、十五歳。

 幼さの残る顔つき、性格はかなり真面目。というか、融通がきかない。でも、おちゃらけた男子からも声をかけられるタイプ。つまりはストレートにかわいい女の子。

 華ちゃん、平日の昼間に学校いってなくていいのかな、なんて自分のことを棚にあげて考えていると――。


「そんな落ち着いてる場合じゃないですよ! 特に斑目先輩!」


 中華料理屋に入ってくるなり、華ちゃんはそういってスマホを突きだしてくる。

 画面には、ニュース速報の動画が流れていた。


「都庁爆破事件じゃん」


 瓦礫の山になった都庁が映しだされている。


「このあとですよ、このあと」


 華ちゃんの肩までの細い髪がゆれる。制服をぴしっと着こなして、礼儀正しくもあるから、陛下は華ちゃんのことを気に入っている。

 その華ちゃんがみろというので、ニュースのつづきをみる。

 ニュースキャスターが深刻そうな顔でなにかいっていた。

 華ちゃんがスマホの音量をあげてくれる。

 どうやら今まさに、都庁爆破事件の犯人が判明して、指名手配されたらしい。

 犯人? と思う。だって、犯人って表現だとなんか一人っぽい雰囲気だ。あれだけのことなんだから犯行グループとか、組織犯罪とかじゃないの? って思う。

 その疑問にこたえるように、ニュースキャスターが、犯人は高校生で、外国のテロ組織の支援を受けて実行したとか、そんな説明をする。

 ん?


「今、高校生っていった?」


 そんな疑問を感じた次の瞬間、指名手配された犯人の顔写真と名前が表示され、ニュースキャスターがそれを読みあげた。


「警察は斑目真一(16)を都庁爆破の容疑で全国に指名手配――」

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