プロローグ②
その瞬間だった。
俺は雷にうたれたみたいにバチッときて、意識と視界がクリアになって、部長っぽい顔のやつがデスクの列の横にまわりこんで、こっちに向かってくるのがはっきりとみえる。
同時に、俺の体は、俺自身の意思とは関係なく、勝手に動いていた。
すぐそこにあったキャスター付きの椅子を蹴っ飛ばす。相手にガツンとぶつかったところで、その隙に俺の体は椅子に足をかけて飛び越える。
「た、助けて~!」
俺は叫びながら、そいつに膝蹴りをかましている。
次の瞬間には、ツーブロックのイケメン若手社員みたいなやつが、握りしめたガラスの破片を振り下ろしてきて、俺は床に転がってそれをかわし、ブレイクダンスみたいに足をくるっとまわして、相手を足払いしてこかしながら立ちあがる。
そこからも次々に黒い目をしたやつらが襲ってくる。
椅子を頭の上に持ちあげ、叩きつけてくるオフィスレディ。俺は同じく襲い掛かってくる太ったサラリーマンの背後にまわりこみ、羽交い絞めにしながらそいつを前に突きだす。
オフィスレディの叩きつけた椅子が、そいつの顔面に直撃する。
相手は同士討ちの格好。
「ぎゃ~っ!!」
でも悲鳴をあげるのはその状況をつくりだした俺。
マジで意味不明。
なんだけど、俺の体は陛下の命令で勝手に動いてるだけで、意識はこわくてこわくて仕方がない。わめく俺。それでも動きつづける体。
羽交い絞めにしていたやつを突き放して、同時に襲ってきたふたりの頭と頭をぶつけて気絶させる。
警官が銃を撃ってくるけど、俺の体は恐れずに向かっていく。デスクを飛び越え、ひょいひょいと銃弾をかわしながら警官に近づき、銃つかんでひねりあげ、とりあげる。
そして、その銃をすごい速さで分解してしまう。
バラバラになったパーツが床に落ちる。
相手がびっくりした顔をする。もちろん俺もびっくりしてる。
びっくりしながら、そいつの顔にパンチをくらわせて、後ろにひっくり返らせる。
「陛下!」
『どうした』
「すげえ恐いやつらと戦ってるのに!」
『戦ってるのに?』
「なんだかコミカルです!」
『それは私のせいじゃないな』
陛下の命令の強制力はあくまで戦わせるまでで、身体能力が向上するにしても、動きのイメージは俺の想像力に依存しているらしい。つまり――。
『映画の観すぎだ』
「くそ~、香港映画ばっか観てたからか~!!」
『私は紳士的な戦いかたが好みだ』
そこからは大立ち回りだった。オフィス機器のケーブルの束で相手の首をキュッと絞めて落としたり、コピー機に相手の顔を挟んで印刷したりといった感じだ。
気づけば立っているのは俺だけになっていた。
五十人くらいいた集団はみんな床に倒れている。
オフィスのなかはめちゃくちゃだった。配線がむきだしになった蛍光灯が天井からぶら下がってるし、デスクの上のものはだいたい粉々だ。
え、これどうすんの、って思ったそのときだった。
スマホが不快な音を立てる。警報音。あれだ、ミサイルが日本の上空を通過するときにいつも鳴るやつ。ふと、窓の外に目をやる。
女王陛下の名の下に、俺の視力はよくなっている。
高層階からみえる都会の夜空、ずっと向こうがきらりと光る。
スマホの画面をみれば、着弾予想地点は都内らしい。
そんなの、絶対ここじゃん。
どこから飛んできてんの、なにが起きてんの、ってか、女子高生のキーホルダー探してるだけなんですけど! って感じだけど状況は待ってくれない。
「あわわわわわわ」
『落ち着け』
「でも、ここ四十五階だし、今から下まで降りて逃げられるか――」
『風の音がきこえる』
たしかに警官のさっきの銃撃で、ガラス張りだった窓はバッキバキに割れて外の空気が入ってきている。
そっちに近づいて、ぎりぎりのところに立ってみる。
風通しのいい職場、なんてもんじゃない。下をのぞいてみれば足がすくむ。地面が遠い。
光沢のあるビルの壁面が夜の光を映している。
『とべるだろ』
「あの、陛下、もしかして遊んでます?」
『もう時間がないぞ』
そのとおりで、なんか甲高い音が大気を震わせているし、心なしか遠くの空にみえる光が大きくなっている。
いや、たしかに命令中はなんか体ちょっと強くなるけど。でも、ビルから飛び降りるのはちがうくない? なんて思うけど――。
『とびなさい』
陛下の声。
『女王陛下の名の下に』
「それやめてくださいよ~」
俺の体はいったんフロアの奥に引っ込む。助かった、はずもなく、スピードスケートの選手がスタートしようとする感じの体勢になる。
「助走とかいらないって~」
と思うけど俺の体はがぜんやる気になって走りだす。まるで陸上短距離選手、背筋を伸ばして腕をふり、ももをあげて走って勢いつけて、ぴょーんとビルから跳躍する。
「わああぁぁぁぁぁ!」
叫びながら、横目にすごい音を立てながらミサイルがビルに突っ込んでいく。
轟音、すぐに背後から爆風。
夜空に放りだされる俺。熱波で背中が熱い。
思ったより滞空時間長いな~、なんて考えているうちに、目の前にクリスマスツリーが迫ってくる。わかりました、これにつかまって、ヤシの木みたいにびよ~んとしなって助かるんですね、なんて思うんだけど、そんなわけなくて、普通にクリスマスツリーをバッキバキに折りながら突っ込んで、そのまま俺も落ちて、ちょっとは衝撃が吸収されたんだろうけど、地面をごろごろと転がる。
そこはちょうど、陛下の待っている場所だった。
俺は陛下の足元にはいつくばりながら、その顔をみあげる。
金色の髪に青い瞳、冷たそうな白い頬。きっと世界で一番絵の上手い画家に、誰もが美人だと思う女の人を描いてくださいって依頼したら、陛下の顔ができあがるんだろう。
でも陛下はそんな自分の美しさには興味のない顔で、手に持ったハンバーガーをかじっている。
「陛下、お腹減ってたんですか?」
「ちょっとだけな」
「俺も、なんだかお腹が減りました」
「そうか」
陛下は少し考えるような顔をしたのち、かじりかけの紙に包まれたハンバーガーをしゃがんで俺に差しだしてくる。俺ははいつくばったまま、それをかじる。
「あの、コーラもほしいんですけど」
「キーホルダーはあったのか?」
「いや、それどころじゃなかったんですよ、ホントに」
なんだかどっと疲れがでてしまう。
でも、そんなことより――。
「陛下、刺さってますよ」
爆発でとんできたのだろう。大きなガラス片が陛下の首を右から左に貫いていた。
でも、陛下はこともなげに、「ああ」とうなずき、自分の胸元をみる。
「シャツが汚れてしまった」
「それ、ケチャップじゃないですよね」
流れた血が、白いドレスシャツを赤く染めている。
「お気に入りだったのに……」
陛下は少し残念そうだ。でもすぐに、いつもの感じにもどっていう。
「明日、朝一番でテーラーにいって新しいのをとってきなさい」
俺はもう十六歳で、いろんなことがわかりはじめてる。多分、自由気ままに、思うがままに生きていくことなんてできない。
誰もが、誰かのいうことをきいて、謙虚に生きていく。親や先生、大人になったら、きっと上司とか、そういう人たち。
でも、どうせいうことをきくなら、美人で、胸がでかくて、ハンバーガーをかじって、なんかすごくいい香りのする上品な女がいい。
ということで、犬みたいに殊勝な態度でいう。
「
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