第一章:風使いのゼファ
陽光が降り注ぐ風の国。青空はどこまでも澄み渡り、白い雲がゆったりと流れていく。広大な草原には風車が点在し、その羽根は穏やかな風を受けてゆっくりと回っていた。風が吹き抜けるたびに、草花はささやき合い、自然の音楽を奏でている。
丘の上で、一人の少年が風を感じて立っていた。ゼファ――明るい栗色の髪が風になびき、その瞳は空の青さを映している。彼は目を閉じ、心地よい風の流れを肌で感じていた。
「やっぱり、ここが一番落ち着くなぁ」
ゼファは深呼吸をし、両手を広げた。彼の周りを小さな旋風が巻き起こり、草花の香りが漂ってくる。風を操る才能を持つ彼にとって、この瞬間が何よりも幸せだった。
しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。遠くから賑やかな声が聞こえてきたのだ。
「ゼファ!また授業をサボってるのか!」
振り返ると、友人のリクが丘を駆け上がってくるのが見えた。リクはエンジニア見習いで、いつも油まみれの作業着を着ている。手には大きな六角レンチを持ち、その姿はまさに職人そのものだ。
ゼファは笑って手を振った。「リク!堅苦しい授業より、ここで風と遊ぶ方がずっと楽しいよ!」
リクは息を切らしながらゼファの隣に立ち、額の汗を拭った。「全く、君ってやつは。魔術師見習いなんだから、ちゃんと勉強しないと」
ゼファは肩をすくめた。「ちょっと風を操れるくらいで十分さ。将来はなんとかなるって!」
リクは呆れたようにため息をついた。「その楽天的なところ、少しは見習いたいものだよ。でも、風の国の将来を担うのは君なんだぜ?」
ゼファは笑顔を崩さず、遠くを見つめた。「そうかな。でも、僕はただ風と一緒にいられればそれでいいんだ」
そのとき、小さな鳥が空から舞い降りてきた。鮮やかな虹色の羽を持つ小鳥――ピッピだ。ピッピはゼファの肩にとまり、楽しげにさえずった。
「ピピッ!」
ゼファは優しくピッピの頭を撫でた。「やあ、ピッピ。今日も元気そうだね」
ピッピは首をかしげ、ゼファの頬をつついた。リクはその様子を見て微笑んだ。
「相変わらず仲がいいな。ところでゼファ、村の風車が調子悪いんだ。手伝ってくれないか?」
ゼファは目を輝かせて頷いた。「もちろん!風車の修理なら任せてよ」
二人は丘を下り、村へと向かった。道中、ゼファは風を操り、リクの持つ工具箱を宙に浮かせていた。
「便利な力だなあ」とリクが感心する。
「これくらいお安い御用さ」とゼファは得意げに笑った。
村に着くと、風車の羽根が一枚、破損しているのが見えた。リクは早速作業に取りかかり、ゼファも風の力で部品を持ち上げてサポートした。
「ゼファ、そこをもう少し上げてくれ!」
「了解!」
二人の息はぴったりで、修理は順調に進んでいった。周囲の村人たちも彼らの働きを見て感謝の声をかける。
「いつもありがとうね、ゼファ、リク」
「いえいえ、僕たちにできることですから」
その平和な時間が過ぎていく中、突然空模様が変わり始めた。遠くの空に黒い雲が立ち込め、風が不穏にざわめき始める。
ゼファは顔を上げ、眉をひそめた。「おかしいな。この季節にあんな雲が出るなんて…」
ピッピが羽ばたき、警戒するように鳴いた。「ピピッ、ピィィ!」
リクも不安そうに呟いた。「嫌な予感がする。村長に知らせた方がいいかもしれない」
そのとき、村の中心から緊急を知らせる鐘の音が響き渡った。人々が慌ただしく動き始め、子どもたちの泣き声が聞こえてくる。
ゼファはリクと目を合わせた。「何か起きてる!」
二人は風車から飛び降り、村の広場へと急いだ。そこには村長が集まった人々に緊迫した声で呼びかけていた。
「皆の者、落ち着いて聞いてくれ!闇の民がこちらに向かっているとの報せがあった!」
ざわめきが一斉に広がり、人々の顔には恐怖が浮かんでいた。
「闇の民って、あの魔物たちのことか?」ゼファは息を呑んだ。
リクは拳を握りしめ、「どうしてここまで…」と呟いた。
村長が続ける。「皆は安全な場所に避難するんだ!若者たちは武器を持って防衛にあたってくれ!」
ゼファは一歩前に出た。「僕も戦います!」
村長はゼファを見つめ、「ゼファ、お前は風を操ることができるんだったな。頼りにしているぞ」と言った。
リクも隣に立ち、「僕も一緒です。エンジニアとして何か役に立てるはずです!」
ゼファは頷き、リクと共に準備を始めた。
ゼファは深呼吸をし、自分の鼓動を落ち着かせた。「行こう、リク!」
二人は村の東側に向かい、見張り台に登った。遠くの森から黒い影が動いているのが見える。魔物たちがこちらに向かっているようだった。
ゼファは風の流れを感じ取り、集中した。「僕が防壁を作る。その間に皆を避難させて!」
リクは頷き、「分かった。気をつけてくれよ!」と言い残し、村人たちの元へ走っていった。
ゼファは両手を広げ、風の力を解き放った。突風が巻き起こり、魔物たちの進行を遅らせる。しかし、数が多く、じわじわと迫ってくる。
「くそっ、これじゃ時間稼ぎにしかならない…」
そのとき、ピッピがゼファの肩に舞い降り、真剣な表情で言った。「ゼファどの、私も手を貸そう」
ゼファは驚いてピッピを見つめた。「ピッピ、どうして喋れるんだ!?」
ピッピは微笑んで答えた。「詳しい話は後です。今は力を合わせましょう!」
ピッピは魔法陣を描き、光の矢を放った。魔物たちが次々と倒れていく。
ゼファも再び風の力を強め、竜巻を発生させた。魔物たちは混乱し、後退を始める。
「やった!」ゼファは喜びの声を上げたが、まだ気を抜けない。
リクが戻ってきて叫ぶ。「村人たちは全員避難した!ゼファ、もう少し頑張ってくれ!」
「分かった!」
三人は力を合わせ、ついに魔物たちを退けることに成功した。疲労が押し寄せ、ゼファは地面に座り込んだ。
「はあ、はあ…なんとかなった…」
ピッピはゼファの隣に座り、優しく言った。「見事でした、ゼファどの」
リクも肩で息をしながら、「本当に助かったよ。ありがとう」と感謝の言葉を述べた。
ゼファは笑顔を見せ、「皆がいたからだよ」と答えた。
しかし、彼の心には疑問が残っていた。「どうして闇の民がここまで来たんだろう?」
ピッピは深刻な表情で答えた。「それは、風の国全体に迫る危機の始まりかもしれません」
ゼファはピッピを見つめ、「一体、何が起きているんだ?」
ピッピは決意を込めて言った。「風神ゼフュロスに会いに行きましょう。彼なら真実を知っているはずです」
リクも頷いた。「僕も行くよ。放っておけないからね」
ゼファは立ち上がり、拳を握った。「分かった。風の国を救うために、僕たちでできることをしよう!」
三人は夕暮れの空を見上げた。オレンジ色に染まる空には、まだ希望が残っているように思えた。
「行こう、ゼファ、リク。新たな冒険の始まりだ」
ピッピの言葉に、二人は力強く頷いた。彼らの旅路は、今まさに幕を開けたばかりだった。
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