第5話 世代交代

 県大会一回戦を見事に勝利した俺たちは、三十分間の休憩に入っていた。個人戦も並行して行われていたが、どうやら強い相手と当たったらしく、良い結果にはならなかった。しかし、それは仕方がない。どの学校も、三年生最後の大会で必死に勝ち上がりたい気持ちが強いのだろう。


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 しばらくして、二回戦目の招集がかかった。俺たち団体戦のメンバーは指定された席に座る。ここからは一回戦を勝ち上がった学校との対局だ。もちろん一筋縄ではいかない相手だろう。俺が再び振り駒をし、先手と後手を決めた。もしこの試合に勝てば、四位入賞という大記録が待っている。


 対局開始の合図が鳴り、俺たちは一礼して駒を動かし始めた。序盤は互いに守りを固めつつ、攻めの機会を伺う展開となった。相手はやはり隙を見せず、これは長期戦になると感じた。


 数分が経ち、俺はかなりの持ち時間を使っていた。新しいタイプのチェスクロックだったが、毎回押すたびに時計がちゃんと止まっているか確認するのは忘れなかった。しかし、俺が先に秒読みに入ってしまう。だが、秒読みには慣れている。三十秒以内に一手を指せば良いだけのことだ。終盤になると、攻め筋が少しずつ見えてくる。あとは、自分の判断を信じて指すのみだ。


 終盤に差し掛かり、互いにもうすぐ王手の場面に入った。俺は一瞬、隣の対局状況を横目で確認したが、既に二人とも試合を終えていた。しかし、結果は後でいい。今は目の前に集中することが最優先だ。


 相手に先に王手をかけられた。

「十秒・・・二十秒・・・一、二、三・・・」

時間をかけて考え、辛うじて相手の攻めをかわした。そして、俺が逆に王手をかける。緊迫した展開だ。しかし、相手も上手く逃げ、再び王手をかけられる。金で合駒をしたが、これが悪手となってしまった。その一手が敗因で、俺は負けてしまった。自分の実力不足だと痛感した。


 その後、先に試合を終えた二人に結果を尋ねると、どちらも完敗だった。俺が勝っても負けても、二回戦敗退は既に決まっていたのだ。


 だが、思いがけないことが起きた。この後、俺たちは表彰されることになった。五位決定戦を行わず、二回戦敗退した学校すべてが五位入賞となったのだ。訳のわからない結果だったが、俺は素直に喜んだ。


 これで全員の対局が終わり、同時に俺の引退も決まった。最後に俺に一言を求められたが、特に言うことはなかったので、適当にそれっぽいことを言った。

「困った時は思い出してください。困難は分割せよ。」

なぜこれを言ったのかは覚えていない。おそらく全員、数分後には忘れてしまうだろう。それでも、五人で問題を分担すれば何とかなる、と俺は信じている。


 解散後、大会会場の銅像の台座に、たくさんの一円玉が積まれていた。俺は記念に一円玉をそこに納めた。もうここに来ることはないだろうと思いながら、会場を後にした。


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 引退後、将棋部には数回だけ顔を出した。そのうちの一回は、アルバム用の集合写真撮影のためだ。団体戦入賞の賞状を両手に持ち、全員で記念写真を撮った。


 卒業前日には、三送会で部活動ごとの感謝メッセージが放映された。渋谷が映った動画を見て、俺はしっかりそれを受け止め、翌日卒業式を迎えた。卒業式の帰り際、学校の垂れ幕に気づいた。それは、俺の引退後、渋谷が個人戦で入賞し、さらに二年生の女子が全国大会に進出したという報告だった。俺が言ったことが的中し、とんでもない逸材をスカウトしてしまったと感じた。だが、部長として後輩に何一つ教えていないことを思うと、彼らには元々才能があったのだろう。


 今振り返ると、この将棋部に入って本当に良かったと思う。もし入っていなかったら、今頃廃部になっていたかもしれないし、後輩たちの功績も無かったかもしれない。何より、この部を選んでくれた後輩たちには感謝しかない。


 俺は、恵まれた高校生活を送れたと感じている。これから新しく部活に入る人もいれば、入らない人もいるだろうが、どの部活に入るのも自由だと思うし、特別な理由や目標なんて必要ない。ただ一つ言いたいことがある。もし部活に入るなら、自分が本当に入りたいと思う部活について、十分に調べてから入ることを強く勧める。

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