第9話 君を助けたい

それはいつも通りの日常、でも今日は少し様子がおかしくて。

「昨日大型トラックが校舎内を走り回ったんだって」

「だからこんなに荒れてんのか」

校舎は二年のクラスがほぼすべて壊滅しており、その壁は綺麗にトンネルを形成している。


「でもよぉ、こんなに綺麗にトラックが貫通するもんかね」

「さぁな、運転手が優秀だったんじゃねぇの?」

「優秀な運転手は学校を走らないだろ」

「それもそっか」

生徒達はその異常にあまり関心もなく立ち入り禁止となった二年生のクラスがある階を通り過ぎる。


「兄さん、何かこの事故当時の記憶があやふやなのです」

「俺もだ美音」

その異常を見て小鳥遊兄弟はほんの少しの違和感を感じていた。


この学校の破壊、それに立ち会っていた気がしてならないのだ。


「………何か大事なことを忘れているような」

小鳥遊累は当時の記憶が抜け落ちていることが日に日に不安になっていた。

「それに神宮寺先輩が休み続きなことも少し心配です」

小鳥遊美音は眉を下げて言う。


「美音も神宮寺のこと心配するようになったんだ」

「ちがっ私はただ単純にいち生徒としての心配をしていただけでっ」

だがその「いち生徒としての心配」がやけにうれしかったのか累も顔が柔らかくなる。


彼もまた神宮寺郎に絆された人間の一人だ。前までとは違って本気で神宮寺のことを心配している。


「でも本当に大丈夫なのだろうか、もう一回お見舞いにでもいこうか?」

「そうですね、神宮寺先輩のお母さまにお願いしてみましょう」

「あぁそうだな」

そういって二人は臨時に作られた教室に各々別に入っていく。


それは残酷な話だった。


あれだけの死闘、あれだけの血を流してもその記憶は彼らの頭の中には残らない。ほんの少しの違和感と引き換えにその時の記憶は消されてしまうのだ。


とてもくだらない「魔法は神秘であるべき」という思想のもと、魔法を見た一般人の記憶は消される。


「なんかいやだ」

それでも元主人公である彼だけはその違和感に向き合い続けようとしていた。



そして時は流れ放課後に移る。

「おー小鳥遊、神宮寺がなんで休んでるか知ってるか?」

小鳥遊累が部活を終え、急ぎ早に帰りの支度を整え始めていたところにテニス部の部長がラケットをタンクトップの隙間に挟みながらそう尋ねてきた。


「それが俺もわからないんです、今日神宮寺の家に行ってみようと思います」

「そうか頼んだぞ、………うむ、悪いことになっていないことを祈るばかりだな」

「そうですね、俺もそれを祈ってます」

「ちなみに俺のテニスラケットが見当たらないんだがどこにあるか知ってるか?」

「………タンクトップの隙間に挟まってますよ」

「あぁ!ここか、はっはっついつい忘れていたよ!」

「このくだり多分今日だけで3回はしてますよ」

「む?そうだったか?まぁよくあることだからな!タンクトップに刺したまま忘れるのは」

「よくは、ないですね」


小鳥遊累は少しため息を吐いてから「それじゃお疲れ様です」とだけ残してその場をそそくさと去った。もう一刻でも早く離れたかったのだ。


「ごめんおまたせ美音、行こうか」

「いえ、それほど待ってはいません」

少し小走りで校門前にたどり着いた小鳥遊累は通学カバンを両手で持つ美音の姿を見た。


そのまま二人は学校を後にして神宮寺の家に向かった。


神宮寺の家は三角屋根に白で塗られた壁、そして二階建てと、シンプルなものであった。

そんなシンプルな家のシンプルな呼び出しベルを鳴らす。


すると出てきたのは柄の悪い女の人であり、煙草を口にくわえふかしながら腹を搔いている。ところどころはだけており髪も四方八方に飛び跳ねている。

「あ、神宮寺のお母さん」

「ん?あぁ小鳥遊君かい、どうしたんだい?神宮寺なら前も言ったけどまだいないよ」

「その、神宮寺はどこにいるんでしょうか、前聞いたときはそれを聞きそびれたので」

「あー、それは言えない」

「どうして………」

「そういうもんだからさ、あんたらは知らない方がいいし知れない」

「どういうことですか?」

美音が若干の怒気を含んだ声色で問う。


「ちょっ美音落ち着け」

「なんで私達が知らない方がいいんですか?神宮寺先輩は私達テニス部に色々な贈り物をしてくれた恩人です、どこにいるかくらい聞く権利くらいはあると思いますけど」

いつもはおとなしく、誰かに怒ることなどほとんどない彼女が見せたその威圧感はそこら辺のヤンキーがキレたときより怖かったと後に小鳥遊累は語っている。


「あー?だからそういう心情の問題じゃないんだよ、そういうルールなんだ、大人になりなお嬢ちゃん」

「では警察に言いますがいいですね?」

「はぁー、わかってない、全然わかってないぞお嬢ちゃん、これはそんな現実的な話じゃないんだよ」

たばこをふかした神宮寺のお母さんはその煙を美音に当てる。


「警察なんぞに行ったところで意味がないぞ」

「やってみなくちゃわからない………」

「じゃあそうすることだな、私はもうひと眠りしてくる、ふわぁぁぁ」

そういって大きなあくびをしてから神宮寺のお母さんは家の奥に消えていった。


「じゃあ兄さん警察に行きましょう」

「………美音、あれは流石に敵対しすぎだよ」

「別にいいのです、実の息子を大事にしない人なんてどうとでもなっちまえ!です」

「………怒ってるなぁ」

未だに冷めやらぬ怒りをあらわにしながら美音は歩き出す。その肩は上下していてどう見てもいきり立っていた。


そして彼らは警察署へと向かったのだが………。


「んー神宮寺郎?そんな人がいなくなったという情報はないよ、今も家にいるんじゃないのかい?」

「そんなはずはないです!先輩は家にはいませんでした」

「もうーそういう冷やかしはやめてくれ、私達も暇じゃないんだ」

「ふざけないで!ちゃんと調べてください!」

「帰ろう美音」

今にも警察官に突っかかろうとする美音の腕を小鳥遊累が止める。


「でも兄さん!今このまま話続けてもだめだ、一旦帰らないと」

「くっ!………はい」

下唇を噛んだ美音は眉を顰める、そのまま累にされるがまま連れていかれた。


その後人気の少ない路地に入った二人の空気はとても重い。


「どうしましょう………」

「………何か変な力が働いてるのかな?」

「変な力ってなんですか兄さん」

「いやそれはぁそのぉ」

小鳥遊累の中にはなにかしら確信めいたものを感じていたが、それがどんなものか具体的に説明することができなかった。


「ほら魔法とか、さぁ」

「………ふざけないでください」

「ごめん」

「いやぁ中々に鋭いなクソガキ」

「だれ!?」

そんな二人の会話に割って入って来たのは小鳥遊にとってなぜか聞き覚えがある、だけどわからない、吐き気がするほど嫌いなはずなのに、なぜだか嫌いな理由がわからなかった。


「大正解だ」

一気に噴き出た冷や汗と共に振り返るとそこにはニヒルな笑みを浮かべた緑髪の女が片手に一人の女性を抱えてそこに立っていた。



竜胆雅の場合

「私が助けるためには何が必要だ?魔力?魔法の技術?それとも魔法統一会内部の構造だろうか、違う、全部だ、全部必要なんだ、あいつを助けるために、もっと死ぬ気で頑張らないと」

竜胆雅はその美しかった黒髪をぼさぼさにして、瞳から光を失わせている。


「ねぇ最近の竜胆さんなんかこわくない?」

「うん、前までのただ怖い人ってより、何かにとりつかれたみたいな………」

「「近づきたくないな」」

彼女はもう誰からも近づかれないような存在となってしまったのだ。


腫物とでもいうべきなのだろうか、彼女は好奇の視線を以前よりも多く浴びてしまっていた。


「救うんだ、今度は私が」

それだけをまるで呪いのように吐き続ける。


「私だけが、あいつを救える」

その不気味な笑みは周りの人間をさらに遠ざけた。


そして時は流れ放課後。


いつもはバスケ部に直行するのだが最近はそんな大好きな部活をも休み魔法の研究に明け暮れている。


「………今日は守りの魔法を」

「久しぶりだな」

「………なんの用?今忙しいんだけど」

竜胆雅の前に現れたのはおなじみ緑髪の女、如月。


相も変わらず気味の悪い笑みを張り付けている彼女はその笑顔をより一層深くして口をひらく。


「神宮寺郎を助けたいか?」

「………えぇ当たり前でしょ、でもあんたには関係ない」

「そう邪険にするな私もあいつを助けてやりたいんだ」

「嘘、あんたの言う事なんか絶対に信じないんだから」

「………まったく弱いくせに軽口をたたくやつだ」

ひとつため息を吐いてから如月は髪をくしゃっとかいた。


「お前、強くなりたいんじゃないのか?」

「………なりたい、なりたいけどあんたの言う通りにだけはなりたくない」

「めんどくさいやつだ、その醜い欲望を抱えながらまだそんなプライドを抱えるか」

「うるさい、私には私のやり方が………っ!」

「たくっ、この程度のスピードで背後をとられてるようで、魔法統一会と戦えるはずがないだろうに」

一瞬で姿を消した如月に背後をとられた竜胆雅は首に強い衝撃を喰らい意識が飛んだ。


そのまま体を如月に担がれ、力なくうなだれる。


「はっんじゃあ”神宮寺郎奪還作戦”を実行するとしようか」






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