第8話 

かつ、かつ、かつ、とヒールのかかとが甲高く廊下に響く。


その廊下の雰囲気はどこか暗く電球すら前時代的な白熱球が使われている。


だが回線の調子が悪いのか点滅を繰り返している。


「………あまりにも時代錯誤、電球ぐらいLEDに変えるべきだと思うわ」

このあまりにも古すぎる廊下を歩く彼女はショートボブの髪を左右に揺らす。


穴だらけの絨毯を踏みしめところどころで張っている蜘蛛の巣を炎魔法で焼きながら直進し続ける。


黒ずくめの姿に身を包んだ彼女は長いロングスカートを地面ぎりぎりまで伸ばしている。これが彼女なりのこだわりらしい。


次第に見えてきたのは暗い廊下にあってほのかに光る一つの部屋だ。


扉は開いており、来るもの拒まず出るもの追わずといった状態だ。


彼女はその扉に足を踏み入れた。


「来栖理亜ただいま戻りました」

中は案外小綺麗にしているらしく、大きめの丸テーブルに大人が大勢囲っていて、彼らが座る椅子は木製の、それもどうやらやけに湾曲しているやけに高そうなものだ。


この部屋を照らしているのは四隅にあるランタンと部屋の中心にある淡い光を放つ巨大な電球だ。


明るくも暗い雰囲気が立ち込める部屋の中でいてその暗さですら呑み込めないほどの威圧感を放つ長いひげを垂らした初老の男が口を開く。

「おぉ戻ったか、で奴の容態はどうだった?」

「元気でしたよ、気味の悪いほどに」

「………間近で見たおぬしもやつは人間ではないと判断するかね?」

「………そうですね、彼は人間ではないでしょう」

「そうか、ならばやはり殺すしかあるまい」

ため息を吐いた初老の男は自前の髭をさする。


言葉とは裏腹にその顔には特にためらいを感じなかった。


「はっそもそもそいつは禁忌である魔獣喰らいをしたんだろ?ならもう処刑確定じゃねぇか」

初老の男の隣にいる若めの赤毛の男が犬歯をあらわにしながら小うるさい声で話す。


「あなたは相変わらずうるさい、まぁその意見には同意ですし、そもそも処刑は決まっていたことです、今日集まったのは誰が彼に禁忌を伝えたのかということでしょう?会長」

赤毛の言葉に返すように口を開いた丸眼鏡をかけた男が初老の男を睨む。煽られた赤毛の男は眉をぴくっと動かすが特に反論する様子はなかった。


「うむ、魔獣喰らいは本来外部に出るはずがない、ここにいる5人のみしか知らない知識だったはず、だが神宮寺郎はその魔獣喰らいを行った、ともすればこの中に裏切者がいるということになる、今回は本当に裏切者がいるかどうかを確認するために集まってもらった」

「「………」」

初老の男の言葉によって場は一気に静まった。


「一つ、意見をあげてもいいですか?」

そこで来栖理亜がその硬く閉じていた口を開く。

「なんだ?」

「もしかして彼はただ単に魔獣を食うのが好きなのでは?」

「と、思って奴を捕らえている部屋に大量の魔獣の死体を放り込んでいたのだがそれに手を付けていたか?」

「………いえ、おそらく彼は一口も手をつけていないでしょう」

「ならやつは魔獣喰らいが禁忌であることを知っているということになる、ここにいる貴殿らも魔法統一会の監視下で魔獣を喰らおうとする気が起こるはずもあるまい?」

「あぁそうだなぁじいさん、俺だったらぜぇぇったいにやらんなぁ」

「そういうことだ、やつは魔獣喰らいが禁忌であることを知っているのだ」

「………そうですね」


来栖理亜はそう反論され下を向く。


彼女自体、魔法統一会の幹部たちの側近という権力しかないためそうそう意見が通ることはない。


まぁそもそもの意見に整合性が欠けていたというのもあるが。


「うむぅ考えれば考えるほどここに裏切者がいるとしか思えん」

「なぁ俺はもう一つの案を提示するぜ」

「ん?なんだ言ってみろりゅう

「禁忌を知ったのは如月の入れ知恵なんじゃねぇか?確かそいつと如月に関係があるってのは確定してんだろ?」

「………ふむ確かに如月は200年以上前から存在しているといわれる魔獣だ、禁忌について知っているとしてもおかしくはないだろうな」

「だろぉ?確かにここに裏切りもんがいたとしてもそれを確定しようとすんのは時期尚早なんじゃねぇのか?」

男は粗雑な第一印象とは裏腹にかなり冷静に今の状況を捕らえているようだった。


「そうかもしれん、だがここで裏切者がいるかどうかをはっきりさせんと第二第三の神宮寺郎が生まれるかもしれん」

「ではどうやって判別するのです?証拠もなしに裏切り者をあぶりだすのは難しいのでは?」

「そうだな、だから真実の魔法を使う」

「なるほどなぁ、それなら早いわさっさとやろうぜ」

劉という男は立ち上がりやる気満々に伸びをした。


それに習うように他の4人も立ち上がって前に出現した球体にそれぞれ触れ始める。


「では始めるぞ」

初老の男がそれだけを言って、真実の魔法による裏切者探しが始まった。


真実の魔法、それは問われた問いに嘘偽りなく答えることを強要するというものである。もし嘘をつけば即座に心臓の鼓動は止まり絶命する。




「と、まぁ結果としてここに裏切者はいなかった、ということでいいですね会長」

「むぅ、そうだな、では本当に如月が入れ知恵をしたということになるのか」

「ってことじゃねぇかぁ?てかそれ以外で考えらんねぇよ」

どうやら如月の入れ知恵のせいで魔獣喰らいを行ったということで話が終わろうとしたとき来栖理亜が口を開く。


「その、本当に処刑を行うつもりですか?」

「「………あ?」」

その言葉を皮切りに一斉に殺意が来栖理亜に向けられる。


「今回一条高等学校に呼び寄せられた魔獣は危険度Bのものでした、もし神宮寺郎が対処しなければあのまま数十名の生徒の命がなくなっていました、それに彼も命がけで戦ったんです情状酌量の措置があってもいいのでは?」

「ならん、危険の芽はなるべく摘んでおかねば」

「………如月と関係を持っていたとしてもそれが友好的なものかどうかはまだ断定できていません、それを精査してからでもよいのでは?」

「はっだが魔獣喰らいの件がなくなるわけじゃない、それだけで処刑に値するって昨日話し合っただろ」

劉が半笑いになりながら口をはさんだ。

「………それはそうですね、余計なことを言ってしまいすいません」

来栖理亜は一歩下がり深々と礼をする。


「では一か月後予定通り処刑を実行する、構わないな?」

「じゃあそれまでは私が好きに扱っていいのよね?」

「あぁレンダ、好きにしてもらって構わない」

そしてようやくその口を開いたのは白衣を着た女性だ。口の端にたばこをくわえながらその長い髪をかきあげる。


「もし死んでもいいのかしら?」

「あぁどうせ殺すのだ、死んでしまってもよい」

「そんなっ!!」

あまりにも非情なその言葉に来栖理亜はまた口をはさんだ。


「よいこの私が許可する」

「じゃあ、殺すぞお前のことを」

ひたっと初老の男の首筋に指が当てられる。


「「っ!?」」

瞬間その場の全員が飛びのいて臨戦態勢をとる。


冷たい空気が流れ始める。息もできないほどの重圧が全員に襲い掛かる。


(如月………)

来栖理亜はこめかみから一筋の汗を垂らす。


初老の男のそばにいて指をあてているのは妖艶な笑みを浮かべている緑髪の女、口は半月を描いているのにまったく感情を感じさせないその瞳は底知れない恐ろしさを感じる。


「何をしに来た如月」

震えた声で劉が問う。

「何忠告だ、神宮寺郎は私の所有物だ、もし勝手に殺すようなことがあれば私がお前たちを皆殺しにする」

「できるものか、このあくっ!?」

「おいうるさいぞくそじじい、お前は今の状況がわかってないみたいだな」

如月の指がより深く初老の首に入る。


「死ね」

瞬間劉が手の平から一本の槍を取り出しそれを投げる。だがその槍は如月に当たる前に蒸発し消えてなくなる。

「だからぁ、本当にお前らは状況を呑み込むのが下手みたいだな」

如月は大きくため息をつくと初老の男から手を離し姿を消す。


「一人くらい死んでもいいだろ」

「っ!?」

目にも止まらぬスピードで劉に近づいた如月は首に向かって腕を振るった。


それを眉一つ動かさず来栖理亜が止める。


「!、はっでくの坊ばかりではないか」

自らの攻撃を止めて見せた来栖理亜を見てほくそ笑んだ如月は一度距離を取り、この場にいる全員に睨みをきかせる。


「これは命令だ、もし破ればお前ら全員死ぬと思え」

「くっ、この悪魔が」

「誉め言葉をどうも」

「ちっくそ野郎が」

如月は煽るようにぺこっと礼をする。劉は舌打ちをするが自分で勝てるわけがないことを理解したためか睨みを返すことしかできない。


「では私はお前らが聡明なことに期待している、あぁ別に一か月後に殺すのを止める気はない、だからお前らは一か月神宮寺郎に手出しをしなければいいのさ」

「本当だな?」

「あぁどっかの神に誓うさ、じゃあなくそども」

それだけを言って如月は嵐のように消え去っていった。


「………厄介なやつめ」

会長のため息だけがその部屋にこだました。



「え、俺今日出番なし?」

そんな最中放り出された主人公は魔獣の死体をベッドにごろごろしていた。



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