第6話 竜胆雅
自分で言うのも変だけど私の家は貧乏だ。
父さんが急にいなくなったせいで母さんが必死になって働いている。けどそれもパートだから決して収入がいいとはいえない。
けれど別に不満があるわけじゃなかった。私もバイトとかして大変だけどそんなの母さんと仲良く暮らすためなら些末な問題だと思う。
そのせいで魔法の勉強はおざなりになっちゃったけど、まぁ私はあんまり魔法に関わる気はないから大丈夫。
だけど学校での生活は全然大丈夫じゃなかった。
「ちょっあんた!学校でゲームしちゃだめでしょ!」
「はいはいー今日も見回りご苦労さんです」
「ちがっ私はただ注意しただけで見回りなんて」
「はっ、言ってろ堅物」
学校の規律は守る方が悪かった。
守らせようと声を張り上げれば上げるほど周りの視線は冷たくなっていく。
それでも私は自分がやっていることは正しいと信じ続けた。私は何も悪いことは言っていない、これは正しいことだと信じていた。
いつか私のことを認めてくれる人が現れるはず、私はきっと報われるはず、とそれだけを願って生きてきた。
けどいつの間にか私の周りには誰もいなくなっていた。
まぁ別にいい、私はバイトをして母さんと仲良く暮らせるだけで別にいいのだ。
別に、気になんて、しない。
そうやって日々を過ごす中で私はある男と出会った。
校則どころか国の法律すら守らない男”神宮寺郎”、そいつはどうやら中学生のとき数々の女性を泣かせ、さらには万引き、喧嘩、先生を殴るなど、素行が悪いにもほどがあった。
でもそれらの証拠は一切残っていない、とのことだった。
そして私は彼を見た瞬間直感した、「あぁこいつは魔法使いだ」と、だからその素行を改めさせるために一度本気で叱ったのだがやつは「あぁ?てめぇざけんなよ?口出しすんなカスがっ、お前にわかんねぇかもしんねぇけどなぁこれが俺の生き方なんだよ、こうやって生きなきゃ俺が俺でいられなくなるんだよっ邪魔すんな!」
と、言い放った。なんて自分勝手で傲慢な考えなのだろうか。
でも私は彼に少しだけ共感できた、多分彼も必死なのだ。
彼は学校でもうとまれている。でもその生き方を変えようとしない。………きっと怖いのだ、今の自分を壊すことが。
私もそうだった。学校の規則を破ることを容認した私は本当に私なのだろうか?
私だって友達を作って一緒にショッピングに行きたいし、昼休みも誰かと過ごしてみたかった。
でも私自身を崩すくらいならその生活を手放せた。
そう思うと彼の今の現状は私に似ていた。まぁやっていることは最悪だけど。少なくともほんの少しばかりの親近感を覚えてしまったのだ。
こんなクソ男に親近感を覚えたのは少しばかり屈辱だけどね。
けどこの日から少しだけ神宮寺郎に対する注意が増えていった気がする。
そんなある日、神宮寺郎に違和感が起こった。
「このままじゃ授業に遅れる、じゃあな竜胆」
「え、あ、うんじゃあね」
あの神宮寺が授業に参加する!?
いやおかしい、おかしすぎる、口を開けば「授業なんかせずに女とやりてー」「誰か喧嘩しようぜ」と周りに叫んでいた人物とは思えない。
「………ま、そんな日もあるか」
その日はそう思って私も学校の授業に集中することにした。
だけど次の日その違和感は確かなものとなった。
「今日は決戦の日」
そう今日は購買で無料のカレーパンを配布する日なのだ。
いつも昼休みは皆のお弁当のにおいをかぐだけで終わっていたけど、カレーパンさえ食べれれば久々の昼食となる。これは私にとっての
配る時間は4時限目の授業が終わってすぐだ。
なので私は授業終わりに少し腰を浮かせ少しでも早くスタートダッシュを決められる準備をしている。
「さぁ、今日の授業は終わり各自予習をするように」
先生のその言葉を皮切りに私も含め多くの生徒が立ち上がり廊下にでた。
「ちょっ、あんたたち」
でも私以外の他の生徒達は廊下を走っていた。私の静止など聞かずに一目散に購買に向かっている。
「止まりなさい!廊下は走っちゃダメでしょ!」
「はっうるせぇ!お前の言う事なんか聞くかよ!」
「っ!」
一人の男子生徒がそう私に暴言を吐いた。
「廊下は走っちゃっ」
「はぁ?じゃあお前は歩けばいいじゃん、俺は走るけど」
「ちょっ、まっ」
また違う男子生徒が私の横を走り去っていく。
「廊下を走らないで………」
声が弱弱しくなっていっているのがわかった。
「はっやっぱ竜胆さんってバカだよねぇ」
「そんな、こと」
「皆が走ってんだから、べつにいいんだよ」
「でもっ皆が走ってるからって校則を破って理由にはならないでしょ?」
「はっだから友達もいねぇんだよ堅物が」
ある女子生徒が侮蔑した視線を向けてそう毒を吐く。
………これではカレーパンは買えないだろう。まただ、また、この流れで。
すると私に見つからないように小走りをしている神宮寺郎を見つけた。
「「あ」」
お互い完全に目が合ってしまい動きが止まる。
「ろう………」
いやあいつに言っても無駄だ。あいつのことだ、私のことなど無視してカレーパンを買いに………
「なっ、なんで戻って来たのよ」
と、俯いていたら神宮寺は私の前にしかめっ面で立っていた。
「なんでお前俺にだけ注意しなかったのか、それが聞きたくてな」
「………あんたに言ったってどうせ無意味だと思ったからよ」
「以外と止まったかもよ?」
「そんなわけないっ、あんたより普通の感性をもってるあいつらですら聞き入れてもらえなかったのに」
「けど俺は今止まってお前の話を聞いてるぜ?」
確かにこいつは私の前に立って話を聞いている、………まったく癪なことに。
なんかこいつの様子がおかしい。絶対におかしい、気まぐれとは思えないほど人が変わってる気がする。
「あんた、なんかむかつくようになったわね」
「はっ、くそ真面目竜胆様は相変わらずだけどな」
「いいのよ私はこれで、真面目に生きてればいつかは報われるはずだもの」
そうだ、きっと私は報われるはずなんだ。
「お前が何を信じてるのか知らんけど、そいつはそうやって真面目に生きてるお前に今までなんの報酬も与えてこなかったんだぞ、それでもそれを通すのか?」
やめて、そんなことを言わないで、今の私を否定しようとしないで、私は信じてるんだ、報われることを。
奥底の「変わるのが怖い」という気持ちを突かれた気がした。
「………あんたに、なんでそんなこと言われなくちゃ」
より弱い声で反抗する。
「ほらっ今走れば間に合うかもだぜ?」
「嫌よ、私は絶対に走らない」
そんなことをすれば私は私を捨てることになる。
「あきらめるのか?」
「ええ、校則破るような猿になるくらいなら無料のカレーパンぐらい諦めるわ」
嘘だ、いつも昼飯を食わないで学校の水道水を飲んでいるのだ、カレーパンなど喉から手が出るほどほしい逸品だ。
けど、それほどまでに私は自分を壊すのが怖かった。
「だよな、お前はそういうやつだ、んじゃあいっしょに購買まで行くぞ」
「はぁ?なんで私がそんなこと」
「いいから行くぞ」
なにやら無理やりに私は購買まで連行されることになった。
「ついたな」
「ええ。けどやっぱりカレーパンは売ってないわね」
購買の外にあった無料のカレーパンが置かれていたはずの場所はがらんとしていて何も置かれていなかった。
「そうだな、無料のカレーパンはないな」
そういった神宮寺は私を手招きする。習うように私も購買の中に入る。
そこに並べられているのはおいしそうに盛り付けされた弁当や、総菜やパンたちだ。もちろんその中にはカレーパンもあった。
「え、何?」
「ほしいのはあるか?」
「え、どういうこと?」
「だからぁ、お前が食いたいのはなんだって言ってんだよ」
「え、は、え?」
何を言ってるのこの男、それって私におごるってことよね?
「まだわかんねぇのか?俺がおごってやるって言ってんだよ」
「は?なんでっ、あんたがそんなことする必要ないじゃない」
「これが俺にとって必要なことなんだ、ボケが」
「え、ほんとにいいの?」
「いいって言ってんだろうが」
なんでキレてるのかわからないがどうやら彼は私におごりたいらしい、なんて物好きな男なのだろう。
だがおごってくれるというのならそれに乗る他ない。
「じゃ、じゃあカレーパンで」
「了解、それだけでいいのか?」
「え、だってそれ以上頼むと卑しい女みたいじゃない」
ほんとは弁当とかも食べて見たかったけどね。
そしてその二個のパンをもって私と神宮寺は購買を後にする。
「ほら、お前のカレーパン」
「あ、ありがとう」
「はっせいぜい感謝してって、ここで開けるのか」
「我慢できなかったからね、ありがたくいただきます」
う、うまい!なんだこれはかりっとした衣の中に入っているカレーが絶妙な味付けされているおかげで下に気持ちよくしみこんでいく。
「あぁ、おいしいなぁ」
思わず声が漏れ出た。
「はっくそが」
「はむっ、はむっ、はむっ」
「は、早いな」
もう私はカレーパンを食べるスピードを全く落とさずにすべてを食べきった。我ながら少し反省している。もう少し上品に食べるべきだった。
「ごちそうさまです、すごいおいしかったわ、ほんとうにありがとう神宮寺」
「はっこんなちいせぇことで感謝されてもなぁ!」
「小さいことではないんだがな………」
ほんとうに小さいことではない、カレーパンなんて高級食材を食べれただけで感謝しかない。
私がやってきたことが報われた気がした。
もしかして神宮寺は私のことを気遣ってくれたのかな?
………いやそれはないな、あの神宮寺のことだ多分裏に何か変なことでも考えているのだろう。
それでも………
「ねぇ、神宮寺」
「あ?なんだくそが」
「………報われたわ、あんたのおかげで」
これだけは言うべきだと思った。
・
私はその日をさかいによく神宮寺に話しかけるようになっていった。彼はいつも嫌な顔をしながらも普通に受け答えをしてくれるから私としても話しかけやすかった。
いつの間にか私は彼を友達として認識するようになり、そして、そして………次第に、少し、ほんの少しだけ、目をよく向けてしまう人になっていた。
そんなとき、私はあの女に出会った。
「お前は邪魔になるからな、この先には行かせん」
放課後神宮寺に会おうと廊下を出たとき突然現れたその女は私のことを一瞬で吹き飛ばし、魔法を使ってもまるで歯が立たなかった。
「はっ、はっ、はっ」
私の魔法はことごとくかき消され顔をなぶられ、腹を殴られ、私の魔力が枯渇するまで私はいいように遊ばれた。
魔力が尽き、完全に一般人に成り下がった私にその女は「センスはあるくせにこうも弱いとは、なんとも救いようのない」と、言い放った。
うるさい、私は魔法なんかどうでもいいんだ。魔法があったって別に日常生活で少し役に立つくらいで校則を破る人が破らなくなるわけじゃない。
そんな魔法なんて………。
「さて、お前に今日起こることを教えよう」
それを聞いて私は今まで魔法の訓練をしてこなかったことを激しく後悔することになる。
この女がしようとしているのは神宮寺郎を絶望に貶めようとすることだった。
そして神宮寺郎が苦戦してることをいいことに女は壁を破り、私や他のクラスメイト達が人質にとられているということを彼に伝えた。
「ごめん、ごめん、ごめん」
あまりにも情けない。涙が出てきてしまう。今のボロボロの彼を私は見ることができない。
でも彼は………
「俺はまだ負けてないぞ」
弱くて弱くて、弱くて、なんの役にも立たない私に彼はそう言った。
それは救いであると同時に心をきつく締めた。
「あ、あ、あ、」
戦いが過激になっていくと同時に神宮寺の体はどんどん傷付いていく。腹は引き裂かれ腕の炎症はさらにひどいものになっている。
それでも彼は立つ、何を原動力にしているのかわからない、なんでそんなになってまでそんな目ができるのかがわからない。
あぁでもなぜだろう、そんな頼りのない木に寄りかかりたいと思ってしまった。
「神宮寺………」
だが漏れ出た声はあまりにか細く、弱く、いつもの強気の私はどこへやらと言った感じだ。
だが私は彼が勝つとは思えなかった、多分死ぬまでの拠り所が欲しかっただけなんだ。
「はっはっはっ」
彼は立った。何度でも何度でも、どれだけ打ちのめされようとも瞳の炎を決して消すことなく立ち上がったのだ。
「っ!」
私はそれを見ていることしかできなかった。
「ゆるさないっ!ゆるさない!お前をゆるさない!」
その声での抵抗だけが私ができる精一杯だった。
その後も彼は必死になって戦い続けた。
それは鮮烈に瞳に焼き付き、心臓の音が跳ね上がっていくのを実感した。
そしてその後も戦いは魔獣の優勢で続いていった。
そして魔獣の口がかぱっと開き、その口の中に光が溜まっていっていた。
直感であれはやばいと感じていたけれど私の足は動かない。あれをなんとかしないときっと彼は死んでしまう、それがわかっていたのに私の顔をふんづけている女の足を振り払えなかった。
「むっーーーー!!」
いやだ、いやだ、いやだ!彼が死ぬなんて嫌だ。あんなに頑張っている彼が死ぬなんて、そんなの、あまりにも報われない。
「うわぁぁぁぁ!!」
その窮地を救ったのはたった一人の青年、確か名前が小鳥遊累、だったはず。
その青年が神宮寺の命を救ってくれたのだ。
………私の心がより強く締め付けられる。
私も、私だって神宮寺の役に………。
「安心しろ、勝つのは俺だ」
えぇ、信じているわ、信じているから。今この瞬間だけ目をそむかせてほしい。あんたと一緒に戦えない私を許してほしい。
そして彼は勝った。無茶なやり方で、右腕と左目を失って………。
「いまっ今治療をっ」
あぁ、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい私の、私のせいで、こんなに傷ついてしまって。
もう2度と役立たずにはならないから、………ごめんなさい。
「ありがとう竜胆、だけど今はいい」
「えっでも」
そんなことを言わないで、私が役に立てなくなる。せめて治療だけでも………。
とんっと優しく肩を叩かれる。
それが”いらない”という神宮寺からの意思表示だと理解した。
私を見捨てないで、ずっと一緒にいるからあんたになんでも尽くすから、だからお願い、私を見限らないでっ。
それをさかいに私の意識は途切れてしまった。
そして目覚めた私は魔法統一会のベッドの上にいた。
近くにいた理亜という女性から今魔法統一会は神宮寺郎が処刑されるか否かの会議を行っているということらしい。
意見の一つにと私を魔法統一会直轄の病院に送ったらしい。
「会議は1か月にわたって行われる、その間あなたには意見を出してほしい」
「………彼が何をやったっていうの」
「それは機密事項よ教えられない」
「あんなにいい人が、処刑させられるようなことをするはずがないっ」
「………後日また伺うわ、今はまともに話もできない状況だから」
理亜といった女はそれだけを言い残し部屋を後にした。
「神宮寺大丈夫よ、私が助けるから、私が救うから、今度は私が………」
そのときの私の笑顔はひどく歪んでいたと思う。
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