第28話:8月23日(日)中学受験をするって決めました

 日曜日だけど、今日はラジオ体操がありました。


 月曜日からお仕事がある大人の人がいるので、そういう人が最後のスタンプをもらうために例外的にやっているんだそうです。


 水上神社に行くと、子どもたちがかなり集まっていました。


 私が何となくみんなの話を立ち聞きしていると、どうやら昨日のキモ試しで神隠しが出なかったらしいのです。


 例年と何がちがったのかと子どもたちは話し合っていて、だれかが「雨が降ったからじゃないか」と言いました。


 やって来た絵理ちゃんに聞いてみると、確かにキモ試しの日は毎年晴れていて雨が降った記おくはなかったそうです。


 でも、そんなことで神隠しがなくなったりするのでしょうか。


 私はむしろ、毎年神隠しなんかなかったのではないかと疑っています。


 初めの方で一回あった子どもの行方不明と発見が、それ以降キモ試しのこわさを増すためのウワサとして広がっているんじゃないでしょうか。


 だって、やっぱり毎年神隠しなんてあったら大人がキモ試しなんて行事を開いてくれなくなるから。


「人数はどうだったんだろ?」


 神隠しの話を聞いた巴ちゃんは他の子たちに聞いて回りました。


 さっちゃんがそれを見て「どうでもいいのに」と言いました。


「キモ試しが楽しかったんだから、その後のことなんてもう興味ないんだよね」


 さっちゃんみたいな子も一定数いて、巴ちゃんはいくつかのグループからはムシされていました。


 それでもめげずに大人にもたずねて回って、最後はかたを落として帰ってきました。


「だれも知らないってさ……はぁ……」


「もういいじゃない。それよりみんな無事だったことを喜びましょう」


 絵理ちゃんはそう言って場をまとめたけど、巴ちゃんはあきらめていないようでした。


 ラジオ体操の後、絵理ちゃんと午後に遊ぶ約束をしてうちに帰りました。



 今週のプリキュアはぐう然だけどキモ試しをする回でした。


 会場のお墓に夕方、怪人がやって来ました。


 このまま始まったら何も知らない参加者たちがおそわれてしまいます。


 プリキュアの三人は怪人と戦うけど、怪人は分身して色んなところにかくれてしまいます。


 怪人の本体が見つからずもうダメかと思った時、キュア・シンフォニーのおばあちゃんのユーレイが現れました。


 キュア・シンフォニーが普段からお墓の掃除をしていたおかげで、他のオバケたちも味方をしてくれました。


 怪人の本体はオバケに見つかって、事件は解決しました。


 キュア・シンフォニーはオバケが大の苦手だったので、その後のキモ試しではさっきまでかっこよかったのにキャーキャーさけんでいました。


 でも、おばあちゃんのユーレイと話せてうれしそうでした。


 ご飯を食べたらピアノをひいたり、ゲームをしていました。


 お姉ちゃんは朝から遊びに行ってしまい、お父さんは昼まで寝ていました。


 お母さんが買い物に出かけるのでついていって、スーパーでたくさん買い込みました。


 野菜の値段がすごく高くなっていて、季節が変わっていくのを感じました。


 お昼はお中元のソーメンをついに終わらせることに成功しました。


 薬味のみょうががすごくおいしかったです。



 午後になって、私は水上神社に行きました。


 水色ヒモの麦わらボウシ、青い水筒、水色のワンピース、青いサンダルという涼しさ全開コーデ(お姉ちゃん命名)です。


 絵理ちゃんは私より少し早く来ていて、私を見つけて「なっちゃん!」と手を振りました。


 絵理ちゃんはそでのフリルがカワイイロリータ系のワンピースを着ていて、厚底のサンダルをはいていました。


「その服すごくカワイイね。それにちょっとお姉さんな感じする!」


 そう言うと、絵理ちゃんは顔を赤くして「なっちゃんもカワイイよ。元気で、さわやかな感じ!」と言いました。


「今日は何するの?」


「私のうち来てよ。おいしいアイスがあるんだ」


「行く行く! 初めてだね、絵理ちゃんち」


 水上神社から十五分くらいのところに絵理ちゃんちはありました。


 そこは小高い丘になっていて、高級な一軒家がたくさんありました。


 絵理ちゃんちは白い長方形の箱をいくつも重ねた、角消しゴムみたいな形をしていました。


「おじゃましま~す!」


「あら、いらっしゃい」


 出てきたのは上品でキレイなお母さんでした。


 絵理ちゃんと似ているけど、もっとツンッとした感じがしました。


「私のお部屋いこ!」


 絵理ちゃんのお部屋は広い家の二階にありました。


 私とお姉ちゃんの部屋を足したくらい広くて、グランドピアノが部屋の中に置いてあるのに、全然せまく感じません。


「すごいお部屋だね……本もたくさんある」


「なっちゃんは本が好きだったよね。どれでも貸してあげる」


「いいの? じゃあ……」


 本棚に並んでいるのは小説と図鑑がほとんどで、マンガは手塚治虫とか藤子・F・不二雄とかの昔のやつしかありませんでした。


 私は宝石の図鑑と世界旅行の本を取り出しました。


 絵理ちゃんはイスに座って、私は大きくてふかふかのベッドに座りました。


 お母さんがハーブティーとクッキー、柑橘系のチップが入ったシャーベットを持ってきてくれました。


 ぜんぶすごくおいしくて、本のことをすっかり忘れて食べました。


 絵理ちゃんは「この前なっちゃんが作ってくれたお菓子の方が私は好き」と言いました。


「どうして? これ、すごくおいしいのに……」


「だってぜんぶお店のだもん。私、お母さんといっしょにお料理したことないの」


「いっしょにしようって言ってみたら?」


「ダメ。キッチンは危ないからって近寄らせてもらえないの」


 絵理ちゃんは私の横に座って小声で言いました。


「それに、ママはお料理あんまり上手くないのよ。お手伝いさんにほとんどお任せなの」


「へぇ……」


 お手伝いさんがいるなんてすごいって思ったけど、絵理ちゃんには絵理ちゃんのなやみがあるみたいなのでそれ以上は何も言わないことにしました。


「いいなぁ、なっちゃんは。私もお料理してみたい」


「だから絵理ちゃん、家庭科の時間、いつもあんなに楽しそうだったんだね」


「そう。私ね、中学に入ったら絶対料理研究部に入るつもりなの」


「なかったら?」


「作る!」


 絵理ちゃんはこわがりだけど、やると決めたら真っ直ぐですごいなって思います。


 お菓子を食べ終えたら、二人でピアノをひくことにしました。


 絵理ちゃんはコンクールで何個も賞を取るくらいピアノが上手いです。


「お母さんがピアノの先生だからね」


 クラシックの楽ふがたくさんある棚から適当なものを持ってきて二人でひきました。


 私は初見の曲が多くて何回も詰まっちゃったけど、絵理ちゃんが上手くフォローしてくれるので楽しくひけてよかったです。


 何度かまちがえて絵理ちゃんの指をひいちゃって、「それは私の指よ」と注意されちゃいました。


 ピアノの後は、ソファに並んで座って『となりのトトロ』を見ることにしました。


 絵理ちゃんの部屋にはテレビもあるのです。


「いいなぁ」


「でもゲームは買ってもらえないからなっちゃんがうらやましいよ」


「スマホがあるじゃない」


「うちにいる時はスマホさわっちゃいけないの。目が悪くなるからって」


「あっ、それスイッチやってても言われる!」


 どこの家も大変だねぇって二人でため息をつきました。


 今まで絵理ちゃんのことはいまいちよく分かっていませんでした。


 さっちゃんみたいに他人に無とん着ではないし、巴ちゃんみたいにあっさりした性格でもない絵理ちゃん。


 責任感があって、こわがりで、だけど決めたことには真っ直ぐな絵理ちゃん。


 色々な決まりがある家に育ったおじょう様な絵理ちゃん。


 初めて二人で遊んでみて、私は絵理ちゃんってもしかしたらすごくさびしいんじゃないかって思いました。


 さっちゃんも、巴ちゃんも、自分一人でも楽しく遊べるし、他のお友達とも仲良くしています。


 さっちゃんは陸上をやってるし、巴ちゃんはミニバスをやっています。


 私も文乃ちゃんとかひまりちゃんと遊ぶし、他にもお友達がいます。


 だけど、絵理ちゃんはこの半年見てきた限り、私たちしかお友達がいないような感じがしました。


 ピアノだって教室じゃなくてお母さんから習っているみたいだし、受験のための塾も聞いた話ではみんなライバルって雰囲気らしいです。


 広くてキレイなお部屋に、絵理ちゃんがポツンと座っているのを思い浮かべたら悲しくなりました。


「絵理ちゃんにだけ、言うね?」


 私は映画のと中で絵理ちゃんの方を向きました。


「なにかしら?」


 近くで見ると絵理ちゃんはすごく美人さんだなって思います。


 まつげが長いし、二重だってぱっちりです。


「私、お姉ちゃんみたいに英語話せるようになりたいなって思ってるの」


 絵理ちゃんは「私もフランス語が話せたらなって思うわ」と言いました。


「それで……」


 この先は、お姉ちゃんにだってまだ話したことがありません。


 だけど、何となく絵理ちゃんになら話せるかなって思いました。


「私ね……国際女子大付属中学校を受験したいなって思ってるの」


 絵理ちゃんは目を丸くしました。


「今から受験勉強っておそいじゃない? でも、あそこなら一般受験っていう筆記だけのもあるから……」


「……本気なのね?」


 絵理ちゃんは私を真っ直ぐ見ました。


 すごく真剣な表情だったので、私も目をそらしませんでした。


「うん。本気」


 すると、絵理ちゃんは一回映画を止めて立ち上がり、本棚から三冊の本を出してきました。


「これ、あげるわ」


「えっ……これ、いいの?」


 それは「国際女子大付属中学」の過去問と、中学受験用の参考書でした。


「いいもなにも、私はもう解き終えたもの」


「えっ……?」


 見上げると、絵理ちゃんはすごくうれしそうに笑っていました。


「私も国際女子付属なの。第一志望」


「ホントに!?」


「ホントよ。筆記と面接とピアノ実技があるから……なっちゃんとはクラスがちかうけどね」


「でもすごいよ! いっしょに通えたらいいね!」


 私は立ち上がって絵理ちゃんの手を取りました。


「ええ、そうね。私は多分、寮に入るわ」


「そっか。うん、いいと思う! うわあ、楽しみだなあ!」


「気が早いわよ、なっちゃん。合格しないとだもの」


「そうだけど、でもうれしいの!」


 私はつないだ手をブンブン振りました。


 絵理ちゃんは「……そんなによろこんでくれるなんて」と言ってから、同じように手を振りました。


 すると勢いが二倍になって、私たちはバランスをくずしてソファにたおれこみました。


「うわぁ!」


 重なってむぎゅってなると、絵理ちゃんがけっこう細いんだなって分かりました。


 私より背は高いのに、手とかかたとか背中とか、うすくてたよりない感じがしました。


「大丈夫? なっちゃん」


「うん。絵理ちゃんこそ、どっかぶつけてない?」


「私は平気。なっちゃんが下じきになってくれたから」


 起き上がってソファに座ると二人して笑ってしまいました。


「絵理ちゃんはどうして八蛇小に通っているの?」


 私は、絵理ちゃんなら幼稚園から一貫に入れそうだと思っていました。


「おじいさまのゆい言よ。小学生までは地元の子たちといっしょに通えっていう。パパも賛成してたから」


「そうなんだ」


 絵理ちゃんのおじいちゃんは現場の一社員から社長にまでのぼりつめたすごい人だったらしいです。


 だから、言い方はあれだけどお金持ちじゃない子とか、普通の子とか、絵理ちゃんちみたいな子とか、色々な子がいる学校に通わせたかったみたいです。


「ママはちがう考えだったから、中学を受験するってことで落ち着いたの。みんな私の意見は関係なしよ」


 絵理ちゃんはため息をつきました。


「ちょっと気持ち分かるかも。私も小学校転校したから」


 私は去年まで少し遠くの市のアパートに住んでいました。


 お姉ちゃんは中学時代からずっとこの辺りにある一貫校に電車で通っていました。


 お父さんとお母さんのお仕事的にも、お姉ちゃんの通学的にも八蛇町はいい場所にあって、そこに家を買いました。


 だから、私以外にとってはいい引っ越しだったけど、私にとっては前の学校のお友達と会えなくなるから悲しい引っ越しだったのです。


「大人って勝手だよね」


 絵理ちゃんが私の話を聞いてそう言いました。


「そうだね。でも、こっちに来てからも私は楽しいよ」


 それは本心でした。


 確かに初めは転校が悲しかったけど、今はもうその悲しさはありません。


 こっちでもお友達がたくさんできて、毎日学校に行くのが楽しみだからです。


「なっちゃんは明るいもの。みんな仲良くしたくなるわ」


「そうなのかな?」


「ええ。私が言うんだからまちがいないわ」


 絵理ちゃんはそう言って私の手を取ると、「これからも私とお友達でいてね」と言いました。


「もちろんだよ!」


 私たちはそれから国際女子大付属中学のパンフレットを読んで、学校生活のイメージを話し合いました。


「できるだけ早くお母さんたちに話した方がいいよ」


 絵理ちゃんは私にそうアドバイスをくれました。


 夕方、私は絵理ちゃんちを後にしました。



 水上神社まで来ると、かわずちゃんがいました。


「かわずちゃん!」


 私が声をかけると、かわずちゃんは「なっちゃん。ねえ、聞こえる?」と言いました。


「なにが?」


「鈴虫の声」


 かわずちゃんが口に指をあててシーっとやったので、私は草のかげに耳をすましました。


 リー、リー、リー。


「聞こえた! もう出て来たんだね」


「最近雨が多いのよ。夜になると降るの。だからもう、夏はおしまいみたいね」


 かわずちゃんは少しだけさびしそうな顔をしていました。


「明日、ここに来るよ」


 私がそう言うと、かわずちゃんは「鈴を返しに?」と聞きました。


「それもあるけど、私はかわずちゃんと遊びたいなって思うの。まだ一回も遊んでないでしょ?」


 そう言うとかわずちゃんはかすれた声でゲコゲコ笑いました。


「うふふっ、一回も遊んでない……そうね、そのとおりね」


 何がおかしいのか分からなかったけど、かわずちゃんは楽しそうでした。 


「夕方になったらいらっしゃい。たっぷりと水の入った水筒を持ってきてね」


「わかった! 約束ね!」


「ええ、約束よ」


 私たちはそこでお別れしました。



 うちに帰って参考書を机に置いたら、ご飯まで『Nate The Great』を読んでいました。


 少年探偵のネイトはパンケーキが大好きです。


 彼は気になっている女の子のアニーから電話を受けて探偵の仕事を始めます。


 アニーが描いた彼女の犬の絵が消えてしまったので、それを探してほしいというのです。


 そこまで読んで、ご飯になりました。


 今夜はキムチ鍋でした。


 それはお母さんの大好物でした。


 夏なのに熱い料理でごめんねってお母さんは言ってたけど、全然ごめんなんて思ってない顔をしていました。


 お姉ちゃんはお友達とご飯を食べて来るからって帰ってきませんでした。


 英語のことを聞きたかったけど、仕方ないのです。


 食後はお母さんと登校の準備をしました。


 前日に準備するとあわてるから前々日にあるていどやっておくというのがうちの中では常識なのです。


 それが終わったらお父さんと社会の教科書を読みました。


 お父さんは社会が得意だからいつも楽しく教科書の内容を教えてくれます。


 マンガとか小説を読んでいるみたいに楽しかったです。


 八時になって、私は自分のお部屋に帰りました。


 イスに座って、いつ受験のことを家族に話そうかと考えました。


 絵理ちゃんのアドバイスはもっともです。


 お金を出してくれるのも、許可を出してくれるのもお父さんとお母さんだから。


 でも、私は受験に受かるのでしょうか。


 塾にも通っていないし、心配です。


 だからまずはお姉ちゃんに話すことにしました。


 お姉ちゃんが帰ってくるのを待って、帰ってきたらいっしょにお風呂に入りました。


「ねえ、お姉ちゃん」


「どうしたの、なっちゃん?」


 かみの毛を洗っているお姉ちゃんに、私は湯船の中から話しかけました。


「私ね……あのね……」


 なかなか言い出せないでいると、お姉ちゃんが手を止めました。


 シャワーを出して手を洗って、目の周りも流すと、お姉ちゃんは私に手を差し出しました。


 私はその手をにぎりました。


 私の方が熱くて、お姉ちゃんの方が温かいなって思いました。


「言ってごらん。聞いてるから」 


 私はごくんとツバを飲み込んでから言いました。


「私ね、国際女子大付属中学を受験したいって思うの」


 それを聞いたお姉ちゃんはスッと目を細めて「国女か。うん。いいと思うよ」と言いました。


「ホントに?」


「ホント。あそこは校風も自由でなっちゃんに合ってると思う」


「お父さんたち、何て言うかな?」


「それを気にしてたんだね。大丈夫、きっと賛成してくれるよ。もし反対されても私が味方になってあげるから」


 お姉ちゃんはニカッて歯を見せて笑いました。


「ありがとう、お姉ちゃん」


「こらこら、こんなことで泣くなって」


「泣いてないもん。これは汗だもん」


 本当にお風呂はすごく熱かったのでした。


 その後、お姉ちゃんも湯船に入って来て二人で受験のことを話しました。


 お姉ちゃんから見て、私の国語力はかなり高いらしいです。


「社会はお父さんとやってるから大丈夫。算数もなっちゃんは一番成績がよかったもんね。あとは理科かな」


「英語は?」


「『Nate The Great』は順調? 難しくない?」


「うん。読みやすいよ」


「じゃあそのまま勉強してれば受かるよ。私も手伝うから安心して」


 お姉ちゃんが手伝ってくれれば百人力です。


 私はうれしくなってお姉ちゃんに抱きつきました。


「ちょっ、くすぐったいって!」


「え~い! こしょこしょ~!」


「やったな~! お返しだ~!」


 二人ではしゃいでお風呂の水がけっこう減っちゃいました。


「明日の夜にお父さんたちに話すよ」


 かみの毛を乾かしながら決めました。


「うん。私も応援する」


 私たちはこぶしをこつっと合わせました。


 夏休みは明日で終わります。


 とびきり楽しい一日になるといいな。 


 おやすみなさい。

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