第21話:8月16日(日)ハッピーな気持ちになりました

 すごく幸せな夢を見たけれど、起きたらお誕生日のことで頭がいっぱいになって思い出せませんでした。


 階段をかけ下りて一階に行くと、お母さんが「ラジオ体操は明日からよ」とキッチンで笑いました。


「分かってるよ! 今日は日曜日だもん!」


 答えつつお母さんのとなりに立ってお誕生日をアピールしましたが、お母さんはよく分からない顔をして「プリキュアが終わったらご飯だから、もうひとねむりしてもいいわよ」と言いました。


 私は「そうじゃない!」って思ったけど、自分から「お誕生日だからおめでとうって言って!」なんて言うのははずかしかったので「お散歩行ってくる」と家を出ました。


 日曜日の朝は町全体が寝ているみたいに静かで好きです。


 ランニングをする人と、犬の散歩をする人以外にはほとんどすれちがいません。


 水上神社の境内にはうっすらときりが出ていて、のぼったばかりの朝日に照らされた緑の葉っぱがキラキラとかがやいていました。


「おはよう、なっちゃん」


「あっ、かわずちゃん! おはよう!」


 参拝したら、かわずちゃんが声をかけてきました。


「何となく会えるかなって思ってたんだ。お盆に私のおばあちゃんちにいたでしょ?」


 二人で境内を散歩します。 


「さあ。どうだったかしら」


 かわずちゃんはぼんやりとした笑顔で言いました。


「かわずちゃんもあの村に親せきがいるの?」


「親せきといえば親せきかしら」


「そうなんだ! すごいぐう然だね!」


 神社の裏まで来ると、地面に湿っているところがありました。


 もしかしたら夜に少しだけ雨が降っていたのかもしれません。


「今日ね、私のお誕生日なの! すごいでしょ!」


「あら、そう。いくつになったの?」


 かわずちゃんは立ち止まって無表情でたずねました。


「十二才! 干支が一周したんだよ!」


「そうなのね。おめでとう」


「うん、ありがとう! さっきお母さん、おめでとうって言ってくれなかったからうれしい!」


 十二才になって初めてのおめでとうがうれしくて、私はかわずちゃんの手を取ってぶんぶん振りました。


「わすれられていたの?」


「うぅん、多分私をおどろかそうとしてるんじゃないかなって思う。小学生になった時もね、ランドセル背負ってるのに「あれ、どこへ行くの?」なんてとぼけてたから」


 その時はお父さんも「幼稚園におくれるぞ」と言っておどろかそうとしたから、私は本当に不安になって泣いてしまいました。


 お姉ちゃんがそれを見て「泣かないでなっちゃん! 大丈夫、お姉ちゃんといっしょに今日から学校だよ」と抱きしめてくれました。


 お父さんとお母さんはそれ以来反省したのかとぼけることはなくなったけど、私も十二才だから今年はあるかもしれません。


「家族の仲がいいのね」


「とっても!」


 そう答えると、かわずちゃんはまぶしい時にやるみたいに目を細めて、これまでで一番優しい声の調子で言いました。


「生まれたことを祝ってもらえるのは善いことよ。あなたは幸せね、なっちゃん」


 チリンと鈴が鳴りました。


「うん、そうだね! だからかわずちゃんにもおすそ分け! おめでとうって言ってくれてありがとう!」


 私はたしかに幸せだと思います。


 だけど、それはみんなのおかげです。


 大好きなお父さんとお母さん、お姉ちゃん、その他いっぱいの人たちがいるから私は幸せになれているのです。


 かわずちゃんもその一人なんだよって伝えようと、私はぎゅっと抱きしめました。


「えっ……なっちゃん……ちょっと……」


 かわずちゃんはおどろいたようで、固まってしまいました。


 私は「かわずちゃんにもいいことがありますように!」と言ってたくさんぎゅ~ってして離れました。


 かわずちゃんはいつも白いほっぺたを赤くして「……ありがとう」と言いました。



 鳥居のところでかわずちゃんとお別れして、プリキュアに間に合うように帰りました。


 少し早かったのでスイッチを起動すると、ひまりちゃんと文乃ちゃんと美里ちゃんからお誕生日おめでとうのメッセージが入っていました。


 美里ちゃんのメッセージには、あの夜に八蛇巡りをした他の六年生の言葉も書かれていました。


 絵理ちゃんと巴ちゃんとさっちゃんは旅行中だから、おめでとうって言ってくれるならラジオ体操の時かなって思います。


「おはよう、なっちゃん」


「お父さん! おはよう!」


 プリキュアが始まったくらいでお父さんが起きてきました。


 今週のプリキュアは学校でのお話がメインでした。


 私は小学生だから想像しかできないけれど、中学になると生徒会がすごく力を持っていて文化祭をがんばって運営するみたいです。


 人がいっぱい集まる文化祭をねらってくる怪人と裏で戦いながら、表で生徒会長の仕事をこなすキュア・ノクターン。


 キュア・アリアとキュア・シンフォニーだけがノクターンの苦労を知っています。


 つかれてたおれそうになったノクターンに「何のための仲間よ」「あたしたちをちゃんとたよってくれよ」と告げたシーンはすごくかっこよかったです。


 色々大変だったけど来週はいよいよ文化祭が始まるのでどうなるのか楽しみです。



「なっちゃん!」


 プリキュアが終わってキッチンに行こうとしたら、お姉ちゃんがすごい勢いでやって来て「つかまえた~!」と私の目を後ろからふさぎました。


「うわっ、お姉ちゃん! 何するの~!」


「暴れない、暴れない。おとなしく歩いて~」


 お姉ちゃんに背中を押されるままに歩いてキッチンへ行きました。


「なっちゃん」


 お母さんに名前を呼ばれました。


「お誕生日ぃ~」


 お父さんの言葉に合わせてお姉ちゃんの手がパッと私の目から外れました。


「「「おめでとう!」」」


 三人の声が重なって、ぱんっとクラッカーの音が鳴りました。


 目を開けた私の頭にカラフルな紙ヒモが降り注ぎました。


「えっ、あ、ありがとう!」


 キッチンは色紙とレースでキレイに飾り付けられていて、テーブルにはたくさんの料理が並んでいました。


「ほらほら~、ケーキだよぉ~!」


 お姉ちゃんが冷蔵庫からケーキを出してきて、テーブルの真ん中に置きました。


「十二本もあるからな~、一口で消せるかな~?」


 お父さんがそう言いながらロウソクに火を点けていきます。


「おどろいた? 朝はごめんね」


 私をイスに座らせて頭に紙の王冠をかぶせながらお母さんがそう言いました。


「うん! すごくおどろいた! ありがとう、お母さん!」


 みんなが座ったところで、私は息を吸いました。


「すごくうれしいです! みんなありがとう! 大好き!」


 すると、私の家族は手拍子をしてハッピーバースデーを歌い始めました。


「はっぴばーすで~でぃあなっちゃん~! はっぴばーすで~とぅ~ゆぅ~!」


 歌が終わると同時に私は思い切り息を吐いて、ロウソクの火を消しました。


 十二本の火は見事に一回でぜんぶ消えました。


「すごいぞなっちゃん! おめでとう!」


 消した私よりもお父さんの方が喜んでいました。


「朝からすごい食事で胃もたれしそうね」


 お姉ちゃんはそう言いながらからあげをパクパク食べました。


「ケーキは一切れでいいわよね。あとは夜に食べましょう」


 お母さんはケーキ以外も食べきれなさそうなものをぜんぶ冷蔵庫にしまってしまいます。


 私は急いで食べたいものをお皿に盛らなくちゃいけませんでした。


 ごちそうはぜんぶおいしかったけど、あんまり味を覚えていません。


 家族みんなで食べたら、何を食べてもおいしいって感じたと思います。


 そういう心境になっていました。


 ご飯が終わったら、宿題を三十分くらいやってピアノの練習をしました。


 お母さんは「今日くらいいいじゃない」って言ったけど、やらないと気持ち悪いのでやりました。


 おばあちゃんちでは課題曲の練習はできなかったし、お誕生日だからこそ上手くひける気がしたんです。


「なっちゃんは真面目だね~」とお姉ちゃんがほめてくれてうれしかったけど、お姉ちゃんの方が真面目だと思います。


 成績もすごくいいし、隙間を見つけては英語のお勉強をしているのを知っています。


 私もお姉ちゃんみたいになりたいです。



 ピアノが終わったらおしゃれしてみんなでお出かけしました。


 まずはデパートに行って、お母さんに誕生日プレゼントのお洋服を買ってもらいました。


 かわいいワンピース、少し大人っぽいタンクトップ、秋まではける長めのスカートなどです。


 来年は中学生になるので、お姉ちゃんみたいにかっこいい服装を目指します。


 お姉ちゃんからは一万円分の本を買ってもらいました。


 私のおこづかいは月に千円なので、本はほとんど図書館で借りています。


「鬼めつの刃」とかは自分で買ってるけど、あんまり本にお金を使えないのですごくうれしかったです。


 お姉ちゃんはその一万円以外に「これ、私が初めて読んだ英語の本なんだ。なっちゃんも読んでみてほしいな」と易しい英語の小説を一冊買ってくれました。


 タイトルは『Nate the Great』、九歳の少年探偵ネイトが身の回りの小さな事件を解決するシリーズものらしいです。


 お姉ちゃんが今まですすめてくれた本に外れはなかったし、探偵ものは好きなので楽しみです。


 お昼はちょっと高級なレストランでお子様ランチを食べました。


 子どもっぽいから普段はたのまないけれど、私はお子様ランチが大好きです。


 ハンバーグとかスパゲッティとかピラフとか、大好きな食べ物がぜんぶ食べられます。


 お誕生日だから"ハメ"を外してもいいのです。


 お腹いっぱいになった午後はまず映画を見に行きました。


 夏休みでたくさんやっていたけど、私が見たいのは特別上映の『風の谷のナウシカ』でした。


 学校の図書館にマンガがあって、文乃ちゃんと二人でぜんぶ読みました。


 内容は難しかったけど、グイグイ読めて、巨神兵が死んじゃうところではナミダが止まりませんでした。


 お父さんとお母さんは何回か見たことがあるようで、お姉ちゃんはテレビで見ただけって言ってました。


 私はジブリの作品は『となりのトトロ』と『天空の城ラピュタ』しか見たことがなかったので楽しみでした。


 映画が始まるとすぐにナウシカの世界に引き込まれました。


 ナウシカはすごく強くてかっこいい女の人です。


 みんなのために自分をぎせいにできるのはすごいことだし、すごく優しい心を持っています。


 そんなナウシカだけど、人をころしちゃったりするシーンもあって、弱いところもあります。


 だけど、弱さがあるから人に優しくなれるのだと思います。


 プリキュアでも同じことをキュア・アリアが言っていました。 


 残こくな世界でがんばって生きる人たちの姿や、巨神兵やオウムのすごさ、ユパ様のかっこよさも印象に残りました。


 映画が終わるとすごく長い物語を読み終えたみたいな気持ちになりました。


 きっ茶店に入って、お姉ちゃんと二人で感想を言い合いました。


 お姉ちゃんもすごく興奮していて、二時間も話しこんじゃいました。


 いい時間になったので、高速道路に乗って前から行きたかったガマ温泉に行きました。


 ここは八蛇町から四十分くらいのところにあって、茶色ににごったお湯が有名な温泉でした。


 ここにつれて行ってくれる、というのがお父さんからの誕生日プレゼントでした。


「お父さんたちは別にいいけど、プレゼントで温泉に行きたいなんてめずらしいね」とお父さんに言われたけど、私の好きなYouTuberの「泥溜まりドボン」がここに来る動画を見て、絶対行きたいと思ってたんです。


 お父さん以外の三人は岩盤浴と美肌マッサージ付きのコースを予約してありました。


 お父さんは整体マッサージを受けて来るって言ってました。


 岩盤浴はすごく気持ちよくてねむってしまい、お姉ちゃんに顔にお湯をかけて起こされました。


 マッサージはココナッツの油を肌にぬってもらうんだけど、ずっと甘い匂いがしていて少しお腹が減っちゃいました。


 それから、カエルの口から出ているお湯が金色に見える露天風呂は動画の通りで感動しました。


 お母さんがゆっくりとカマ風呂に入っていたから、私を見ててくれたのはお姉ちゃんでした。


 こういうところではお母さんを休ませてあげようってお姉ちゃんと二人で約束していたんです。


 お風呂でもナウシカの話は続きました。


 温泉にたっぷりといやされた後は、天ぷらとお刺身のごうかな夕食でした。


 泥溜まりドボンもやってたように、離れを三時間借りて他人の目を気にせず楽しめるプランだったけど、お父さんとお母さんにすごく好評でした。



「このままとまっていきたいよ」とお父さんは言っていたけど、明日から仕事なので泣く泣く帰ることになりました。


 お父さんがつかれているのを見抜いて、帰りの車はお母さんが運転しました。


 おうちに帰ってきたらみんなすぐに寝室に行っちゃいました。 


 私は買ってもらったお洋服を一枚一枚大切にたたんだり、ハンガーにかけたりしました。


 それからお姉ちゃんに買ってもらった本を本棚に並べて、『Nate the Great』を机の右側に置きました。 


 日記を書いていて、私はたくさんの人に大事にされているんだなって思いました。


 みんなのおかげですごくハッピーな気持ちになれた誕生日でした。


 これからは、私もみんなにハッピーをお返しできたらステキだと思います。


 みんな、本当にありがとう!


 大好き!


 おやすみなさい。

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