第15話 学院での日々

「寺野……テメェ調子に乗ンなよォ……!!」


 放課後、俺は教室に呼び出された。

 既にみんな帰宅済みであり、他の生徒は皆無。そんな中、目の前の生徒は怒っていた。


 俺を呼び出したのは、虎松だ。

 彼は眉間に青筋を立てて、ブチギレている。

 そんな彼の後ろには、同じくキレている舎弟2人。


 意味が分からない。キレている理由がわからない。俺と彼らは、ほとんど接点がない。故に恨みを買った記憶など、まるでないのだ。そもそも会話をした記憶さえも、一切ないのだから。


「えっと……何のこと……?」

「トボけてんじゃねェよ!!」

「そうだ!! 腹立たしい忌み児だな!!」

「謝罪しろっス!! 土下座しろっス!!」


 謝罪も何も、何を謝ればいいんだ?

 どれだけ考えても、理由がわからない。

 謝る理由がないのに、頭は下げられないぞ。


「お前は……調子に乗りすぎたンだよ!!」

「調子に乗るって、具体的にどういう意味だ?」

「座学ではバンバン正解して、頭の良さをアピール!! 運動でも呪術の授業でも、好成績をアピール!! 他の生徒よりも優れているって自慢しているところが、鼻に付くって虎松さんは言ってるんだよ!!」

「そのくらい察しろっス!! 愚鈍!!」


 頭がいいアピール?

 運動や呪術で好成績アピール?

 ……こいつらは一体、何を言っているんだ?

 俺に才能がないことは、明白だろうに。


 俺は頭が悪い。だから、勉強をした。

 俺は運動音痴だ。だから、毎日運動をした。

 俺には呪術の才能がない。だから、鍛えた。


 アピールや自慢をしたつもりなど、毛頭ない。勉強やトレーニングを頑張ったから、難問を答えられたり、運動や呪術でいい成績を収めることができただけだ。優秀さを誇示するつもりなどまるでなく、俺はただ普通に、自分にできる最良の結果を出しただけだ。ベストを尽くしただけなのだ。


 彼らはそれに対し、捻くれた捉え方をしたらしい。それはひとえに、彼らが努力不足だからだ。才能あふれる彼らが凡人の俺よりも劣った成績なのは、彼らが努力を怠っているからだ。俺に嫉妬し、こうして呼び出すのは、彼らが頑張っていないことの証拠なのだ。


「悪いけれど、お前たちは──」

「──ゴチャゴチャぬかしてンじゃねェ!!」

 

 頬が熱くなる。

 頬が痛くなる。

 身体が地面に転がる。


 何をされたのか、それはすぐにわかった。

 殴られたんだ。虎松が殴ってきたんだ。

 痛い、どうして、痛い、何故だ、痛い。


「と、虎松さん……ま、マズいですよ……!!」

「忌み児に関わったら、厄災が襲いかかるっスよ!!」

「だ、黙れ!! 今さら怯えんなよ!!」

「そ、そもそも……こ、こうやって話している時点で、マズいんじゃないですか……?」

「そ、そうっスよ!! よ、よく考えれば……最初の時点でマズかったんスよ!!」

「ご、ゴチャゴチャ喋るな!!」


 何故か震えている、3人。

 ……意味が分からない。

 いきなり殴りかかってきたのに、どうしてお前たちの方が怯えているんだよ。


「こ、コイツを殺せば!! 厄災もクソもないだろ!!」

「そ、それは……そうですね!!」

「こ、殺そうっス!! 厄災が降りかかる前に!!」


 ……マズい気がする。

 地面に横たわる俺を見る3人の目に、殺意が宿った。……彼らの言葉は、冗談ではなさそうだ。ここは……抵抗をしないとダメだろうか。


 いや、違う。……ここでケンカはマズい。

 虎松の父親は退魔師協会の重鎮だ。

 やり返してしまえば……面倒なことになる。

 大事にされ、俺も母さんも、社会的に死ぬだろう。最悪の場合、退魔師として働けなくなるかもしれない。


「テメェを殺して、厄災を祓ってやるよ!!」

「虎松さん!! お供しますよ!!」

「一緒に殺すっス!! 死ねっス!!」


 詰んでいる。どうしよう。

 今さら謝っても、もう遅いだろう。

 彼らは既に、頭に血が上っている。

 何をしたって、許してくれないだろう。


 どうにかしなければならない。

 だが、何をどうすればいいんだ。

 こうなった時点で、ゲームオーバーだ。

 すべてにおいて、詰んでいる。人生終了だ。


 死にたくない。だが、母さんに迷惑をかけたくない。母さんはこれまで、俺のために費やしてくれた。女手1つで、俺を育ててくれたのだ。

 前世の母親以上の愛情を、俺は母さんに抱いている。だからこそ、俺は──


「……母さん、ごめん」


 不出来な息子でごめんなさい。

 バカな息子でごめんなさい。

 こんな人生の終わり方をして、ごめんなさい。先立つ不幸を、お許しください。


 母さんに迷惑をかけるワケにはいかない。

 だからこそ、俺は決意した。

 彼らに、殺される覚悟を。

 ここで人生を、終わらせる覚悟を。


「楽には終わらせないからな!!」


 虎松の右腕が発火する。

 あれは正真正銘、刻印術だ。

 試験の時と同様、火力はかなり抑えられている。これで死ぬのは……中々苦しいだろうな。


「……まだ何も成し遂げていないのにな」


 前世での決意を、何1つ成し遂げていない。

 まだ、努力を重ねきっていない。

 まだ、趣味を見つけていない。

 まだ、何者かになっていない。

 まだ──死にたくない。


 こんな中途半端なところで、終わりたくない。

 だけど、抵抗は許されない。

 でも……まだ死にたくない。

 後悔ばかりが、胸中に渦巻く。


 あぁ、神様。どうか、お願いです。

 この状況を、打破する何かをください。

 この状況を、平和に解決する術をください。

 誰か、助けて──



「待ってよ!!」


 

 教室中に響き渡る、彼女の声。

 教室の扉に目を向けると──紬麦がいた。

 肩を震わせ、頬を紅潮させ、怒る彼女の姿があった。


 ──神はいた。

 ──それは友人の形をしていた。

 ──ありがとう、神様。


「何をしているの!!」

「あ゛? ……ちッ、江崎かよ」

「何のようだよ? さっさと帰れよ!!」

「そうっスよ!! 見世物じゃないっス!!」


 紬麦の怒りにも、彼らは怯まない。

 だが──紬麦も強かった。


「イジメはダメだよ!! 絶対に!!」

「……ちッ、メンドくせェな!!」

「……江崎の父親も、退魔師協会の重鎮ですよね」

「いくら5人兄妹の末っ子とはいっても、面倒っスよ」


 虎松はしばし、難しい顔をしていた。

 そして──


「……ちッ!! 帰るぞ!!」


 怒りに満ちた表情でこちらを睥睨し、帰った。

 虎松を追うようにして、残りの2人も一緒に。

 教室に残されたのは、俺と紬麦だけだ。


「……紬麦ありがとう。助けてくれて」


 あのままだったら、殺されていたかもしれない。

 仮に逃げ出しても、いろいろと詰んでいた。

 本当に……紬麦には感謝してもしきれない。


 緊張がほぐれ、思わず涙が出てしまう。

 怖かった。何もかもが終わるのが。

 怖かった。中途半端に終わるのが。


 そんな俺を、彼女は助けれくれた。

 平和的に、俺の望む形で。

 本当に……紬麦には感謝してもしきれない。


「……朝日くんの助けになれて、光栄だよ!!」

「はは、嬉しいことを言ってくれるな」

「それにしても……また襲ってくるなんて、最低だよね!!」

「まぁ……嫉妬や妬みは恐ろしいもんだな」


 彼らは、昔の俺に似ている。

 自分の才能がないことに腐っていた、あの頃の俺に。自分の努力不足を棚に上げ、周りの努力に目を向けず。自分より出来のいい人間は、全員天才だと思っていた。誰彼構わず嫉妬を送った、嫌な頃の俺に似ている。


 だからこそ、彼らの気持ちはよくわかる。

 見下していた忌み児が、自分たちよりも優れていた。そんな状況に、焦りを抱いたのだろう。その焦りが、今回の殺意に繋がったのだろう。苛立ちこそあれど、気持ちは理解できてしまう。


 過程を見ず、結果だけで判断することは悪手だ。そのことに気付くのに、俺は35年も掛かってしまった。天才というレッテルを貼る前に、その人の努力を見る。その重要性を理解するのに、35年も掛かってしまった。


 彼らは……もっと早く気付いてくれるといいな。俺の二の舞にならず、後悔なき人生を送ってほしい。怒りと同じくらい、老婆心による心配が生まれる。……俺も歳を取り、丸くなったんだな。


「紬麦こそ、どうして帰ってきたんだ?」

「忘れ物をしちゃったんだ」

「そっか。これも……運命だな」

「え、えぇえええ!?!?」


 何を驚いているんだ。

 彼女がヒーローのように現れ、俺を助けてくれた。こんな状況、運命としか言いようがないだろう。


 彼女には感謝してもしきれない。

 俺の人生が詰んでいたかもしれない状況を、彼女は助けてくれたのだ。本当に……脚を向けて眠れないな。


「朝日くん!! 頬が赤いよ!!」

「ん、あぁ。この程度、大丈夫だ」

「本当に!? 冷やした方がいいよ!!」

「え──あ」


 紬麦は俺の頬に、手を当ててきた。

 ヒンヤリとしていて、気持ちがいい。

 熱くなった頬が、癒されるようだ。


「ありがとうな、紬麦」

「え、えへへ……」


 夕日に照らされる紬麦の表情は、とても美しかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「うーん、今回の任務は難しそうだな」

「そうだねェ……。都市伝説系の任務は、難易度がまちまちだからなァ……」

「でも、俺たちなら大丈夫でしょ」

「え、どうして?」

「俺たち、最強だから」


 クラスメイトの何人かが、スマホの画面を見ながら悩み混じりの声を上げている。ただ悩んでいるだけの生徒もいれば、謎の自信に満ち溢れた生徒も見受けられる。……その自信の源は一体どこから来るのだろうか。


 退魔師は高等部に進学すると、『任務』を受けることができるようになる。一般市民は今日も魔物災害に苦しんでおり、それを全て解決するには正式な退魔師の数はあまりにも少なすぎる。そのため、退魔師たちは高等部の生徒たちにも協力を求める。この協力が『任務』であり、退魔師たちは一人でも多くの手を借りたいほど人手不足なのだ。


「いいよな、依頼を受けられて」

「え? どういうこと?」

「俺は忌み児だから、受けられないんだよ」


 忌み児であるがゆえに、俺は任務を閲覧できるホームページへのアクセス権限を持っていない。端末を変えたり、色々試してみたが、どれも無駄だった。母さんによると、このアクセス権限は成人するまで解かれないらしい。つまり、俺は成人するまで退魔師としての活動ができないということだ。


 それでも授業や図書館、そして母さんの話から任務についての情報は得ている。魔物災害は多くの場合、世間で『都市伝説』として扱われることが多いらしい。『きさらぎ駅』や『八尺様』など、これらの都市伝説の多くが魔物災害に由来しているという。そのため、退魔師たちはネット上での噂などから情報を収集し、それを任務として受けるのだ。


「そんな!! ひどい!!」

「まぁ、仕方ないよ。そんなことより、紬麦はどんな任務を受けたんだ?」

「……普通の任務だよ」


 何故かバツの悪そうな表情の紬麦。

 ……?


「……退魔師が任務を受ける場合、最低2人以上で行うのは知っているよね?」

「あぁ、もちろん」

「そしてそのパートナーは、教師や退魔師の裏方の人たちが決めることも知ってるよね?」

「あぁ、もちろん」

「……そのパートナーが、問題なんだよね」


 はぁ、と深いため息をついた紬麦。

 そして──彼女は口を開いた。


「私が今度受ける任務のパートナー……虎松なんだよ……」

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