第35話 訓練と妹の異変


 ファビアン様は社交辞令というわけではなく、本当に訓練に付き合ってくれた。毎朝の日課になった広い庭の走り込みも続けているし、カミル兄さんの時間がある時には兄さんに稽古をつけてもらうこともある。


 今日はファビアン様との訓練の日で、約束通りローゼとアメリー嬢を見学に連れてきている。

「剣や槍の訓練なんて貴族のご令嬢が見て楽しいものではないと思うんだけどね」

 妹たちの見学を快く了承してくれたんだけど、ファビアン様も本当に来るとは思っていなかったようだ。

「僕もそう思います。でも、ファビアン様の槍を繰り出す動きは、戦いを知らない者たちが見てもとても美しいです」

「そんな風に褒められると照れてしまうな」

 ファビアン様は綺麗なグリーンの目を彷徨わせて、本当に恥ずかしそうに頬を掻いた。


 剣術は少し齧っていたけど、槍ってやっぱり格好いいな。まずは持ち方も構え方も分かる剣から教えてもらうことにした。

 少し見ただけで、踏み込む足の爪先の角度や剣筋のズレを指摘されて、木剣で練習するのはいいけど錘をつけて実際の剣と同じ重さにして素振りを行うよう言われた。


「剣の角度はこうだ」

「はい!」

 手取り足取りという感じで、細かい剣の角度までしっかりと教えてくれる。何度も注意されながら、見本を見せてもらったり自分で実際にやったりして体に教え込んでいく。


 ローゼとアメリー嬢は、もっと騒いだりするのかと思っていたし、途中で飽きて帰るかと思っていたけど、ずっと大人しく見学していた。たまに声には出さず。手を取り合ってはしゃいでいる姿が視界に入ってくる。思ったより楽しんでいるようだ。


「ファビアン様、ありがとうございました」

「ハルトくんは真面目にやってくれるから教え甲斐があるよ」


 訓練が終わるとクールダウンも兼ねて少し話をしてから帰る。話といっても、ファビアン様が倒した魔物の話や、騎士になる前の訓練の話など戦いに関するものだ。それ以外のプライベートなことは聞いていいのか分からないから聞いていない。

 せっかくファビアン様に教えてもらっているんだから、必ず騎士学校に合格しなければならない。僕は気合を入れ直した。


「お兄様、尊いの嵐をありがとうございます」

「尊いの嵐? なんのこと?」

 ローゼが謎の言葉を発した。アメリー嬢もうんうんと頷いているけど、なんのことか分からなかった。


 それからも、僕とファビアン様の予定が合う時に教えてもらうことがあったんだけど、お互い結構忙しくて、月に一度あればいいかなって感じだった。


 エルヴィン殿下に王妃教育は僕にはもう必要ないから止めることはできないかと相談したんだけど、「途中で投げ出すな」と怒られた。そうは言っても僕は王妃になんてならないんだし、目的のない勉強はなかなか疲れるんだ。

 王妃教育に使う時間があれば訓練をしたいというのが本音だけど、それは言えなかった。


 夏を過ぎると、ローゼは本当に婚約解消を狙っているようで、僕の前で婚約解消したいという発言を何度かした。それをしっかりと嗜めなかった僕も悪かった。

 とうとうローゼはエルヴィン殿下に直接「私たちの婚約解消はいつ頃になりますか?」なんて尋ねてしまったんだ。

 まさか本人にそんなことを言うなんて思っていなかった。失礼すぎて僕は慌てて殿下に謝罪し、深く頭を下げてローゼを回収したんだけど、嫌な汗が背中を伝った。


「ローゼ、もしかして他に好きな人ができたの?」

「今のところそのような方はいませんわね。自分の恋なんて考えたことありませんでしたわ」

「そっか。じゃあなぜあんな失礼なことを殿下に言ったの?」

「失礼? お互い結婚する意思がないのですから婚約解消の具体的な時期を聞くのはおかしいことではありませんわ」

 エルヴィン殿下は王子で、ローゼは王子の婚約者だ。お互いに想い合っていなくても結婚は決定事項だ。陛下が認めているのだから解消するなんて現実的ではない。本人だけの問題ではないんだ。ずっと侯爵家で育ってきて、王妃教育も受けているというのに、なぜローゼがそれを理解できないのか僕には分からない。

 これではヒロインを虐めたという理由ではなく、王族に不敬を働いたということで処刑という道に進んでしまうのではないかと恐ろしくなった。


「お願いだローゼ、王家に不敬を働くような言動はやめてくれ。僕はそんなことでローゼを失いたくはない」

「断罪は回避されたのだから大丈夫よ」

「大丈夫じゃない! 陛下の決定に逆らうような言動は不敬や叛逆とみなされて極刑となる可能性がある。どこで誰が聞いているか分からないんだ。今だってローゼを引き摺り下ろして殿下の妻の座を狙う者はいる。クリスラー家の転覆を狙う者もいる。なぜ自分や家族の首を絞めることをするんだ。僕には理解できない!」

 今回の言動をローゼが全く悪いと思っていないことが問題だった。それで僕は思わず声を荒げてしまった。


「大声を出してごめん。今回の発言は父上やヘルマン兄上にも報告する。じゃあ僕はもう部屋に戻るから」

 僕がもっと早くローゼに言い聞かせておけばよかった。今回だってもっと冷静に話せばよかったと後悔もある。

 エルヴィン殿下の隣に立てるローゼに嫉妬しただけだとしたら、僕は本当に情けない……

 僕は領地にいる父上と兄上に今回のことを手紙に書いてすぐに送った。


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