第33話 裏ルート出現


 学園の勉強と生徒会の仕事、王妃教育、『聖人』として教会への訪問、そして騎士学校の合格を目指しての鍛錬。

 僕の毎日は目まぐるしく過ぎていった。今でも僕は王妃教育を受けているんだけど、一体いつまで首席を取ったことに対しての意趣返しは続くんだろう?


 少し疲れると、孤児院の子どもに癒されたくなる。

 子どもたちはいつも元気で、無邪気な笑顔を僕に向けてくれる。それが嬉しいんだ。


「カミル兄さん、明日はサントールの街の教会に行きます」

「分かった。すまないが明日は俺は一緒に行けないんだ。王妃殿下の視察に付き合わなければならない。明日はうちから私兵を出すことになる」

 近衛騎士は本来は王族や王城を守るのが仕事だ。僕についているってことの方が異例なんだ。

「分かりました。その方が僕としては気楽です」


 こうしてカミル兄さんは王妃様の護衛に向かって、僕は私兵と騎士団からも二名の護衛が来てくれた。

 馬車に乗って王都から二時間ほどのところにあるサントールの街には、教会が三箇所あって、そのうちの一つに孤児院が併設されている。孤児院が併設された教会は最後にして先に他の教会へ向かい、女神様の像の前で祈りを捧げる。


「ハルトムート様、いつもありがとうございます。おかげで街の皆が健やかに過ごせます」

 そんな大袈裟な。以前大司教様が言っていた、教会を訪れるとそこにいる聖魔法の使い手の治癒の効果が上がるってのは本当なんだろうか? 僕にはよく分からない。そんなことを考えながら、最後に孤児院が併設された教会へ向かった。


「みんな〜、今日は天気もいいから庭でお風呂に入ろうか」

 そう言うと、シスターが数名で大きな桶を運んできてくれて、僕はそこに水魔法で少し温かい水を注ぐ。僕は火魔法が使えないから熱湯は出せないんだけど、ぬるま湯くらいなら出せる。桶は二つあって、一応女の子と男の子に分かれてシーツで仕切りも作ってある。


「ハルトありがと」「ありがと」「もう入っていい?」

 孤児院のみんなが僕にお礼を言いながら続々と桶に入っていく。大きいと言っても池みたいに大きいわけじゃないから、子どもが五人入れるかどうかってところ。大人なら二人くらいしか入れないと思う。

 僕は男の子の方に行って、子どもの体を洗ってあげたり、髪を洗ってあげたり、上がる子をタオルで拭くのを手伝ったりした。


 僕の服も濡れてしまい、タオルで拭いていると、見たことある人が尋ねてきた。

 あの綺麗な水色の髪、まさかのファビアン様だ。ファビアン様は妹が言っていた通り、昨年の終わりに第三騎士団団長になった。

 僕は妹の『推し』ということで一方的にファビアン様を知っているけど、ファビアン様は僕のことなんて知らないんだろう。


「キミは確か『聖人』のハルトムート様ですね」

 ファビアン様は僕のことを知っていた。僕の憧れのファビアン様が僕を知っているなんて。初めて『聖人』という肩書きに感謝した。

「はい。様なんてやめてください。僕はまだ学生で未成年ですし、ハルトでいいです。ファビアン様、遅くなりましたが第三騎士団団長就任おめでとうございます」

「え? ハルトくんは私のことを知っているのですか?」

 ファビアン様の綺麗なグリーンの瞳が大きく見開かれた。流れるように美しい水色の髪も、今日は下ろしているせいでサラサラと風に靡いてすごく綺麗だ。


「ええ、僕の兄が騎士学校に入る時に訓練を見学させてもらったことがあったんです。銀色に輝く槍を振り回す姿は僕の憧れです。僕はファビアン様のような騎士になりたいのです」

「見られていたなんて恥ずかしいな。それにしてもそうか、てっきり聖職者になるのかと思っていたが、騎士に……」

 ファビアン様は腕を組んで少し考えている。やっぱりおかしいんだろうか? 『聖人』と呼ばれる僕が騎士を目指すことは。

 望んで『聖人』になったわけじゃないのに。


「ハルト、あそぼ〜」「おれも遊びたい」「わたしも〜」

 ファビアン様と話をしていたら、いつの間にかお風呂から出た子どもたちに囲まれていた。

「うん、遊ぼうか。何する〜?」

 その後はなぜかファビアン様も混ざって、砂で山を作ったり追いかけっこやかくれんぼをしたりして、子どもたちが疲れてうとうとするまで遊び倒した。


「ハルトくん、ありがとう」

 突然ファビアン様にお礼を言われた。

「え? 僕はお礼を言われるようなことは何もしていませんよ」

「私はここで育った。そこにいる水色の髪の女の子エリーは私の妹だ。実際に血は繋がっていないが……」

 そうなんだ、全然知らなかった。気品溢れるファビアン様は貴族の生まれだと思っていたし、完全実力主義の第三騎士団にいるから高位遺族ではないのかもしれないとは思っていたけど、騎士の家系か身近に強い人がいて小さい頃から稽古してきたんだと思ってた。


 それならどうやって稽古をしてきたのか気になった。孤児院を出て騎士になる人がいるのは不思議ではない。素行に問題がなく実力があれば騎士になることは可能だ。最年少で第三騎士団の団長に就任するってことが凄いんだ。

「ファビアン様はどうやってそれほどまでに強くなったのですか? もし嫌でなければ聞かせていただきたいです」


 ファビアン様は十歳から冒険者として仕事をしていたそうだ。最初は小遣い稼ぎの目的だった。ファビアン様が妹と呼ぶ子が孤児院に入ってからは、稼いだお金を孤児院にも入れるようになった。強くないと稼げないと思ったファビアン様は冒険者に頼み込んで剣や槍、ナイフの使い方を教えてもらっていたんだけど、安定した収入を求めるなら騎士の方がいいと言われ、騎士学校に入って騎士になった。そして今に至るというわけだ。


 ファビアン様は言わないけど、たぶん今でも孤児院に給料をいくらか入れているんだろう。すごいと思った。僕は特に苦労することなく今まで生きてきたから、十歳から仕事をしていることも、未成年のうちから孤児院を助けていたことも格好いいと思った。やっぱり彼は僕の憧れだ。槍を振るう姿だけでなく、生き方を尊敬する。


「ファビアン様、もし可能であれば、暇で気が向いた時だけでいいので僕に戦いを教えてもらえませんか?」

 ファビアン様は騎士団長だ。暇な時なんてないと思う。あったとしても妹に会いに来るだろう。ファビアン様に教えてもらいたい人なんていくらでもいる。無理だよね。分かってる。

「いいよ」

「え?」

「いいよ。本気なんだろう? 私に教えてもらったという肩書きを欲しているわけではない。そうだろう?」

「はい! よろしくお願いします!」

 ファビアン様に教えてもらったという肩書き。そんなものを欲する人がいることに驚いた。でも想像はできる。「俺はあのファビアン団長に教えてもらったんだぞ」なんて実力もないのに偉そうにしている貴族の子どもと、「うちの子はあのファビアン団長に教えてもらっているんですよ」なんて自慢する貴族の親。

 勉強になります。僕も『聖人』なんて肩書があるせいで、そういった輩が寄ってくる可能性があるのだと気づいた。

 近衛騎士たちがいつも付き添うのは、僕の安全ってだけでなく、僕を利用しようとする人を近づけないためなのかもしれない。


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