第20話 教会の仕事
「ハルトムート様、お越しいただきありがとうございます」
大司教様他、聖職者の皆さんがずらっと勢揃いして、胸の前で指を組んで頭を軽く下げている。まるで「面をあげよ」と言われるまで顔をあげてはいけない王城の謁見室のようだ。まさか僕が「面をあげよ」なんて言わないと彼らは顔をあげてくれないってわけじゃないよね? 仰々しいのどうにかしてほしいんだけど……
今日は付き添いとして近衛騎士の他にマルセルくんも付いてきている。
「マルセルくん、お休みの日にまで付き合わせてごめんね」
「謝ることはありません。休みの日はハルトさんに会えないのかと思うと心が引き裂かれる思いでした。こうして休みの日も一緒にいられて嬉しいです。好きです」
「あ、うん、ありがとう」
僕はまだマルセルくんにちゃんと返事をしていない。今でも少し疑いがある。ただ僕を揶揄っているだけなのではないかと。本当になぜこんなことになったんだろう。
今日は定期的に女神様の像に祈りを捧げる日で、月に一度は祈りを捧げてほしいと言われているからこうしてやってきた。なんでも僕が祈りを捧げることで、この国が繁栄するらしい。自然災害が減るとか、実り豊かになると言われたけど、真実は分からないし全く実感もない。
初めてここにきた日のように大司教様に祭壇まで先導されて向かい、祭壇の女神様の像の前で膝をついて祈りを捧げる。
今日もまた僕が祈りを捧げていると、聖職者の皆さんから感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
それに反応したら負けだ。どうやら僕が祈りを捧げると毎回女神様の像が白く発光するらしい。しばらく祈り続けて終わりなんだけど、お礼にと言って大司教様と他数名が僕に聖魔法を教えてくれるんだ。
「ハルトムート様、先日の件調べましたら前例がございました」
「そうですか」
大司教様が直々に調べてくれた内容は、僕の去年の秋から年明けにかけての体調不良についてだ。今ではあの頃が嘘のように元気なんだけど、その話を雑談の中でしていた時に大司教様が調べると言ってくれたんだ。
「十一歳を過ぎて魔法属性が新たに発現する場合、体調を崩す者がいるようです」
やっぱりそうなのか。大抵は十歳までに魔法属性が発現するから、十歳の時に鑑定士を呼んだり教会で確認してもらう。十一歳を過ぎて魔法属性が発現すること自体が稀で、そのせいで体調不良になったようだ。
発現した属性の魔法を使うことで不調はなくなるという点でも納得がいった。僕の体調不良がなくなったのも、ちょうどエルヴィン殿下を助けたとされる辺りだ。
原因が分かってよかった。未知の病なら、ずっと不安を抱えて生きていくことになるところだった。
なぜ僕に聖魔法が発現したのかは分からないけど、誰かの役に立つのなら無いよりはいいと思うことにしている。
わざわざ調べてくれたのだし、何かお礼をしたいと大司教様に申し出ると、可能なら各地の教会に顔を出してもらいたいと言われた。教会には大抵治癒を使える者が一人はいて、街の人に治癒をかけているんだけど、聖人が訪れると治癒の効果が増すらしい。
そんなことがあるんだろうか? それって僕を巡礼の旅に出させるための嘘ってことないよね?
僕はまだ聖魔法が発現して間もないから治癒や浄化などを上手く使うことができない。水魔法は今まで通り使えるんだけど、水魔法とは出力の方法が異なっていて、なぜか一気にごっそりと魔力が持っていかれるんだ。
エルヴィン殿下を治癒した時に魔力切れで倒れたのもそのせいだった。
各地の教会を訪れるというのは学生の間は無理だ。王都やその周辺なら休みの日に行けるけど、遠方には行けない。だからといって卒業してからも僕は騎士になりたいのだから遠征に行く時についでに寄ることはできるけど、聖職者になるつもりがないんだから巡礼の旅なんてできない。
そんな僕の考えを見抜かれてしまったのか、大司教様は笑顔で言った。
「大丈夫ですよ。ハルトムート様が心配することはございません。大神殿の女神様の像に祈りを捧げていただくだけでも各地には十分恩恵がありますから」
「そうですか」
僕の意思を尊重してくれるのはありがたいけど、正直何を考えているのか読めないところが怖い。必死に取り込もうとしてくるのであればはっきり断ることもできるけど、そうではなく、やんわりと聖職者になってほしいと匂わせてくる感じが不気味なんだ。
大司教様はたまに涙を流しながら僕のことを見てくるし、それも意味が分からずちょっと怖い。こういう時は本当に近衛騎士やマルセルくんがいてよかったと思う。
僕一人だったらと思うととても不安な気持ちになる。
僕たちが話をしながら、聖魔法について教えてもらっていると、バタンと大聖堂の入り口が開いて、入り口から差す眩い光の中を赤い髪の人が歩いてきた。
「ハル! ここにいたんだな」
エルヴィン殿下だった。後ろにはコンラート先輩もいる。二人は大神殿に祈りを捧げにきたんだろうか?
「マルセルくん、あの二人も来たことだしそろそろ帰ろうか」
「はぁ、この後はハルトさんと二人で優雅にカフェでデートでもしたかったのに……」
デート……マルセルくんはそんなことを考えていたのか。
大司教様に帰ることを伝えると、残念そうにしていたけど聖職者の皆さんを急いで呼んで、入り口まで送ってくれた。また彼らは胸の前で指を組んで一斉に頭を下げている。
みなさん忙しいのにわざわざ見送ってくれなくてもいいんですよ。
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