妹の悪役令嬢シナリオ回避とやらに付き合ってたら攻略対象が僕を狙ってきたんだけど

たけ てん

一章

第1話 妹の目覚め


「ハルトお兄様! 大変なの!」

「どうしたんだ? というか、体は大丈夫なのか?」

 ノックも無しに僕の部屋に駆け込んできたのは僕ハルトムートの妹ローゼマリーだった。妹は二日前に階段から落ちて、意識を失ったまま全然目を覚まさないから心配していたんだ。

 でも、そんなに大きな声が出せて、そして元気に駆け寄ってきた姿を見て安心した。見たところ足を痛めたりもしていないようだ。


「私、私……殺されてしまうわ……」

 ローゼは涙をいっぱい溜めてそんなことを言った。

「は? なぜだ? 暗殺者でも出たか? もしや階段から落ちたのも誰かに押されたのか?」

 暗殺者ならすぐにでも攻め込んでくるかもしれない。僕は辺りを見渡し立てかけてあった剣を手に取った。

 もしも階段から突き落とされたのだとしたら、犯人はこの屋敷に入り込んでいる者だろう。

 一体誰だ?

 ローゼを一人で守り切れるのか正直不安がある。それに一番仲がいいとはいえ、なぜローゼは父上や兄上のところではなく僕のところに来たのか……

 騎士を目指しているとはいえ、僕は十一歳。敵が大人であれば敵うわけがない。緊張で手のひらに汗が滲むのを感じた。


「違うの。暗殺じゃないわ。断罪よ!」

「ん? ダンザイ? そんな殺し方はあっただろうか?」

 ローゼの顔を見ると、ふざけているようには見えない。今にも涙は溢れてしまいそうで、唇を振るわせながら不安そうに僕を見つめていた。

 とりあえず暗殺者が出たわけではないことは分かった。ローゼをソファに座らせて魔道具のポットでお湯を沸かして紅茶を淹れる。

 これはローゼの好きな薔薇の花びらが入った紅茶だ。なぜそんなものが僕の部屋にあるのかというと、僕とローゼはとても仲良しだからだ。歳も一つしか違わないし、ローゼは小さい頃から僕の後ろをいつもついて回って、僕の部屋でお茶を飲むことも多いからだ。


「ダンザイとはなんだ?」

 僕はローゼの隣に腰を下ろし、ティーカップに紅茶を注ぎながら問いかけた。

「えっと……お話しする前に、私の話を引かずに聞いていただけますか?」

 不安そうに見上げるローゼは今日もとても可愛い。

 我が家の特徴でもある銀色の髪はサラサラと輝くように長く、強い意志を持った少し吊り目の大きな瞳はアメジストを思わせる美しい紫。僕も髪や目の色彩は同じだけど、銀色の髪はくるくると巻いており、肩まで伸ばして今は後ろで一つに結んでいる。

 うちはハンデンベルク王国で侯爵位を賜っており、僕とローゼはクリスラー侯爵家に生まれた。

 僕たちの上には長男で後継者のヘルマン、次兄で現在騎士学校に在籍しているカミルという二人の兄がいる。僕は三男のため騎士を目指しているんだ。


「ああ、分かった。話を聞こう」

 ローゼを安心させるように、なるべく優しい声で答えた。


 しかしローゼの話には少し頭痛を覚えた。

 その内容というのが、ローゼは転生者で前世に別の世界で暮らしていた記憶があり、この世界は乙女ゲームの世界なのだとか。

 今ローゼは十歳だけど、十二歳の時に第二王子エルヴィンと婚約し、十三歳で王立学園に入ると、準男爵家の令嬢であるヒロインとやらに婚約者の座を奪われるそうだ。

 更に婚約者であるエルヴィンを唆したヒロインに嫉妬して虐めを行い、学園の卒業パーティーで断罪と婚約破棄を言い渡され、虐めの内容が酷かったため処刑されることになると……


 可哀想に。ローゼは階段から落ちた時に頭を強く打ったんだろう。そして悪い夢をずっと見ていたに違いない。

 僕はそんなあり得ない未来に震えるローゼが可哀想でならなかった。

 うちは侯爵家ではあるが、ローゼはエルヴィン殿下の婚約者候補として名前は上がっていない。なぜなら僕たちの祖父の妹、大叔母が王家に嫁ぎ王妃になった過去があるからだ。

 第一王子ローラント様には婚約者がいるが、まだ王太子は選定されていない。王妃になるかもしれない地位に、我が家からまた嫁ぐとは思えない。権力が偏ってしまうと貴族社会が色々とややこしいことになるからだ。

 父上もローゼをエルヴィン殿下に嫁がせようなどは考えていないと思う。


 そしてそのヒロインとやらも、準男爵は一代限りの爵位であり平民と大差ない。そんな平民と変わらない身分の女に婚約者の座を奪われると言っていたけれど、王族が平民を嫁にするわけがない。

 それにエルヴィン殿下はプライドが高く少し尊大だと噂があり、平民を相手にするとは思えないんだ。

 そして何より、心優しいローゼが処刑になるほどの酷い虐めを誰かにするわけがない。


 悪い夢を見たローゼは心を病んでしまった。僕はローゼの憂いが晴れて笑顔になってくれるまで寄り添うことを決めた。


「ハルトお兄様、私死にたくありません。だから悪役令嬢にならないように、例え悪役令嬢になってしまったとしても断罪は回避したいのです」

「うん、そうだね。僕もローゼに死んでほしくない。ローゼには幸せになってほしいよ」

 これは僕の本心だ。可愛いローゼには大切にしてくれる人と結婚して幸せになってほしい。こんな酷い夢からは早く解放され、健やかに過ごしてほしい。そう願わずにはいられなかった。


「ありがとうございます。ハルトお兄様には私が断罪回避できるよう協力していただきたいのです」

「うん、分かった。それで僕は何をすればいいの?」

 ローゼは僕が了承の返事をするまで、ずっと不安そうに瞳を揺らしていたが、了承したことでやっと何か決心したような強い光を瞳に灯したんだ。


 その後、ローゼからどのようにストーリーが進んでいくのかを聞いた。


 十三歳で王立学園に入学した時からストーリーはスタートする。

 ヒロインは珍しい聖魔法の適性があり治癒と浄化を得意としている。のちに聖女として崇められることになるそうだ。

 聖女か、それはありえない話ではない。どういった基準で決めているのかは分からないが、教会が聖女と認定すれば聖女となることはできる。準男爵家の令嬢であっても王子と結婚できる理由はそれなのだと思った。


 断罪というものは、ローゼが十五歳の学園の卒業パーティーで行われるらしい。それを回避するために、これから色々と動いていきたいとのことだった。

 年単位に渡る計画だとは思わなかったが、ローゼの気が済むまで付き合ってやろう。


 この国では国民全員が新年に一歳年を取る。十六歳で成人を迎え、貴族は社交界デビューを果たす。王立学園は新年から年末までを一年とし、十三歳から十五歳までの三年間通うことになる。十五歳の卒業パーティーで断罪とやらが行われるということは、ローゼが成人する前に手を打つということだろう。


 まだローゼは十歳にもかかわらず、このような詳細なシナリオを考えてしまうのだから、いっそ小説家を目指したりすればいいのではないかと思った。

 僕はこの時はまだ、ローゼの話が現実になるなんて思ってもみなかったんだ。


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