『新薬』

やましん(テンパー)

『新薬』上 (上下2話)

 『これは、フィクションです。』



      💊💊💊




 15年ばかり、深夜までの残業が続いた。


 なぜだか、他のひとは、みな、先に帰ってしまう。


 なんでそうなるのかは、じつはずっとわからなかったし、誰も不思議には思わないらしいが、しかし、ぼくの担当は、『だれもやりたくない業務』の第1番目だった。ぼくがやってる限りは、他の人には回らないのである。


 しかしだ、やたら、耳鳴りがしだして、自分だけ感じる地震が起こったりしたし、また、苦情処理も多数に及んだ。火をつけてやるから住みかを教えろ、とか、帰り道に気を付けろ、なんてのもわりにあったりした。


 で、昼間は接客と、電話対応、苦情対応で精一杯で、デスクワークは、終業時間がきてから、みんなが帰宅しはじめてから、深夜まですることになる。それってなんだろうとも思ったが仕方がない。『期待してるよ。』とかも言われるし。しかも、残業代はちょっとしか出ない。


 まあ、文句言っていたら、3年やって、いつしか、そこからは外されたが、つぎは、昇進はしたが、さらに残業だらけのところに回されてしまい、自分が悪いのだろうが、うつ気味になってしまった。(みんな、やってもいないのに、本人が弱いからだという。)


 とにかく、こりゃあ、もう、だめだと思って、マーズ病院に行った。


 すると、ドクターが言った。


 『気にやむことはないですよ。よくある話だから。あなたのせいじゃないんだ。上役が無理解なんだから。さて、このたび、画期的な新薬が出ましたから、それ、やってみますか?』


 『楽になるなら、なんでも。』


 『よろしい。』


 で、『キヤ・スーメ』という新薬を頂いたのである。


 しかし、ドクターは、言うのだ。


 『この薬は、仕事を終えて帰宅する直前に飲んでください。』


 『は?』


 『いいですね? 帰宅直前服用です。また、午後7時までには飲んでください。1日一回で効きますから。楽でしょう?』


 『はあ。まあ。なんで、7時まで?』

 

 『これは、人体時間定期周期理論と呼ばれます。人体には一定のリズムがあり、それを破るとかならず悪いことが起こります。あなたは、典型的です。薬もそこに合わせる必要があるのです。研究の結果、この、薬は、深夜に近付くほど効かなくなります。また、夕方より前でも効かなくなる。』


 『ほんまかい。』


 『ほんとうなのですなあ。これが。まあ、騙されたと思ってやりましょう。なんせ、健康労働省から、新しい法律も出来ています。事業主は、服薬に関する約束ごとを守る必要があります。無断で破ると、逮捕される。』


 『はあ……….そりゃ、すごいな。わかりました。』


 『職場の人事担当の人にも、そのむね、ちゃんと話してください。この解説書も渡してください。いいですか? つまり……』


 

 そこで、ぼくは、そうしたのである。


 

 それで、数日後、人事部長から呼ばれたのだ。


 『きみ、なんだ、この薬は。冗談じゃないよ。仕事にならないだろ。』


 『まあね。今日、組合からも言われました。迷惑だ、と。』


 つまり、『労組と経営者の利害』は、わりに一致しているらしい。


 『だろうな。要するに、飲めばいいんだろ。7時までに。』


 『はい。ただ、法律があるとか。』


 『そう、書いてるが。まあ、法律なんてものは、目安だ目安。多少は、違ってもいい。政治家さんもそうやってるだろ。飲みゃ、いいんだ。』


 『でも、違反すると、勤労基準法違反になるようですが。犯罪とか。逮捕されるとか。』


 『ばかな。ふん。ま。しらべるが………な、な、な。……ううん。………も、早く帰れ。も、いらん。帰れ。ただ、給料だけもらってすむとは思うな。いいな。』


 しかし、降格されてお給料は、結局、半分くらいになり、まあ、やはり、残業しないと、居ずらくもなって、退職したが、いまから思えば、あのまま、なんといわれようが、頑張った方が良かったかな、とも思うし、逆に、そのままだと、生きられなくなったかもしれない。


 どっちにしても、古の文豪が言う通り、世の中がやたら難しいことだけは間違いないのである。


 結果論ではあるが、病気をしても、誰も自分を守ってはくれない。職場も知人も、薬も社会も、法律もだ。自分は自分が積極的に、守るしかない。というのが、やはり、結論なのである。


 それが、社会なのだ。


 で、ぼくは、火星の団地を引き払って、25年ぶりに地球に帰った。


 ところが、地球には、もはや、ぼくができるような、仕事が、まるでなかったのである。


 これには、びっくりだった。


 どうなってるの?


 仕方ないから、久しぶりに『地球立スローワーク』に行った。


 優しそうなお姉さまが言った。


 『あなたは、火星にいらしたのですね。』


 『はい。』


 『なぜ、帰ってきたのでしょうか? きょうび、地球は干からびていて、仕事は少ないのです。火星の方がはるかに求人倍率も高くて、1.82倍です。地球は、0.56倍ですから。』


 『はあ。まあ、いろいろありまして。……』


 『それは、そうでしょう。あなたは、火星商事にいらしたのですか。』


 『はい。』


 『大企業です。』


 『たしかに。』


 『しかし、先ほどのニュースで、火星商事は、勤労基本法違反で立件されました。ご存じでしたか?』


 『いえ、まだ。』


 『そうですか。まあ、たくさん、問題はあったみたいですから、おつらいことがあったかもしれません。』


 『まあ、そうですね。社長の、信念は、365日休まないこと。正月1日だけは仕方ないから別だが。『朝6時から深夜12時まで仕事をするのだぞ。ただし、勉強時間も含めてだ。』でしたから。ただし、人事部長は、違反になるから、そこまでは、やるな、休日は休め、と、言ってはいましたよ。はははは。型だけですが。』


 『それは、どうも。なかなか、厳しいですね。』


 『まあ、信念ですから。でも。こんどは、パートとか、アルバイトで、構いませんから、どちらかというと、給料より、休み休みができるほうが、いいのです。ちょっと体調もくるったので。』


 『なるほど。では。こちらは、いかが? 冷凍凍結保存している人体の管理です。1日5時間。機械の監視が中心で、ただし、1日一回、見回りがあります。勤務は、15時から20時。夜勤なし。残業なし。週に、4日勤務。時給1500ドリムです。地球は暑いですよ。この時間なら、建物内ですし、帰る頃は多少涼しくなります。』


 『面接行ってみたいです。』



     💊💊💊



 キヤ・スーメは、マーズ病院の地球診療所に通いながら、引き続き飲んでいるが、なんでも、改良型がでたので、23時まではダイジョブだと言われた。あやしいが、それでも、かなり、楽になったのである。


 で、面接は、なんだかすんなりうまく行った。


 冷凍凍結保存されている人体と言うのは、いまでは当たり前で、多少の金持ちなら、死にそうになったらみんなそうしている。


 ただし、下っぱサラリマンには、まだ、なかなか現金払いでは手がだせないが、25年先払いローンとかがある。ぼくは、やっていなかったが。なんせ、生き返る見込みは、かなり、怪しいと見たからである。ただし、法律はすでに改正されていて、以前は死者と見なされたが、現在は、『凍結保存体』とされて、死亡には含まれなくなった。生き返る事例が、多くなったからだ。


 このおかげで、近年は死亡率が下がってきているらしい。


 めでたいのかどうかは、ぼくは、良く分からないが。


 

 しかし、問題は、勤務2日目から発生した。


 だいたい、初日は、無理がゆかないようにするものである。


 ここも、そうだった。


 その、2日目の、夕方6時過ぎだった。


 たしかに、地球は猛烈に暑くなっていた。


 暑いなんてものではない。


 昼間は、そとに30分もいたら、重度の火傷になる。


 だから、どうしても、真昼に外を歩くときは、宇宙服の簡易型バージョンを着なければならない。


 地球にいて、宇宙服なんだから、これまた、本末転倒もいいとこである。火星の居住区は、そんな必要なしである。まあ、温暖化の終末期らしかったが、誰も責任は取らない。20年の間に、ずいぶんたくさんの陸地が沈んだようである。火星政府は、そうした情報は、あんまり出さなかったようだ。ふるさと地球を汚したくなかったらしい。


 ぼくは、出勤時には、まだまだ焼け付く以上に暑いから、地球版宇宙服を着用していた。


 最初の3時間は、機械の監視だけである。


 面倒なことが起こる可能性は低く、もしあまりに面倒なことになったら、専門家を呼ぶのだ。


 で、6時から見回りに出た。


 昨日、工場長さんについて回ってもらったから、だいたい様子はわかっていたのだが、そんなに、難しいことはない。


 黄色のアラームが、出てないか見回るだけであり、もし出ていたら、自分ではいじくらずに報告する。


 万が一、赤色のアラームだったら、報告して、その場からは、すぐに、逃げる。


 それだけである。


 そうしたポイントが、30箇所くらいある。


 しかし、そのときに起こったのは、どちらでもなかった。


 いきなり、まるで、聴いていないことだったのだ。



    😱😱😱😪😱😱


 凍結された人体は、25箇所くらいに分割して保存されている。ただし、ぼくが、見回れない特別区画があるらしいとも、聴いた。それは、元首相とか、そういう、クラスの人たちであるとか。そこは、工場長の直接管理であるらしい。


 まあ、そういうのは別として、万一の事故があっても、区画ごとに保護がなされることになっている。


 船みたいなものだ。


 高額な保険もかけられている。


 事故があって、いちばん気の毒なのは、本人に違いない気はするけれども、何が起こっても、分からないと言えば分からないだろうな。


 独り身の人は、その点は、気が楽だろう。


 で、何があったかを、言おう。


 それは、こんな感じだった。


 保存室の照明は、人体に害がない特別の照明であり、つまり薄暗いのだ。


 小さな窓から、なかの人の顔だけが透けて見えている。ただし、プライバシー保護の観点から、個人の特定はできないようになっている。もっとも、ぼくは、そうしたあたりの点検はしない。いざ、おかしいとなったら、黄色のアラームが、点灯し、警報が出る。


 こいつは、長期宇宙旅行の人工冬眠と共通したテクである。


 だから、珍しいわけではない。


 ただし、宇宙旅行は、まだまだ、数年単位の短期間であり、こちらは、かなり長い場合があり、つまり、不治の病、とかは、治療法が出きるまでなので、期間が分からないのだ。


 また、一万年後を見たい、とかいう物好きな金持ちも居るわけである。


 さて、で、第21区画に来たときであった。


 突然に、遮断壁が、降りたのである。警報はまったくなかった。


 『なんだ?』


 と、訝ってる間も無く、灯りが血の色に変わったのだ。


 『あんりまあ!』


 と、あっけにとられていたら、冷凍ポッドのカバーがゆっくりと開いてゆくではありませんか!


 ぼくは、慌てて警報ボタンをおしたのである。


 押したのであるが、なんと、反応しなかった。


 で、最終手段というわけで、火災報知機を鳴らした。


 でも、こちらも鳴らなかったのだ。



      下につづく

 

 





      


 


 


 

 


 


 

 

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