第32話 理不尽な要求
「大丈夫だエリーゼ。俺がついてる!」
「う、うん!」
俺はエリーゼの肩を掴んで抱き寄せる。
すると彼女の震えは少しおさまった。
「我の問いかけに答えよ! 誰の許可を得てここを通っていると聞いている!」
「うるせえデカブツ! 俺たちがここを通るのに誰の許可もいらねえよ!」
「ちょっ、グレイス……」
エリーゼは青い顔をして俺を止めようとする。
竜は一瞬呆気にとられた様子を見せたが、すぐに憤怒の怒りを爆発させる。
「矮小なる人間が我に今、なんと言ったぁ!!」
「下がってろエリーゼ!」
エリーゼが後方に下がると同時に竜はその手を振り下ろす。
俺は素早くその攻撃を交わすが、竜の爪によって地面は大きく抉れる。
「謝るなら今のうちだぞ人間!」
「誰が謝るかよ! てめえが謝りやがれ!!」
俺は
「ははは、人間如きの攻撃で我の身体に傷が……んなぁ!?」
竜の身体から血しぶきが上がる。
「ば、馬鹿な人間如きの攻撃で我の肉体に傷を?」
「竜の鱗も噂半分で大したことないな!」
「何ぃ! まぐれ当たりが調子に乗るな!!」
竜が怒りに満ちた瞳で睨みつけると、次の瞬間、またその大きな爪を振り下ろしてきた。
しかし、俺は素早く横へ飛び、爪の攻撃をかわす。
「そんな動きじゃ遅すぎるんだよ!」
俺は一気に竜の懐に飛び込み、
刃はまた竜の鱗を切り裂き、血しぶきが弧を描く。
「馬鹿な……人間の刃がまた我の鱗を……!」
竜は目を見開き、苦痛と驚きでその巨体を揺らしている。
「おい、このままお前を討伐して竜のステーキにしてやってもいいけど、俺も鬼じゃない。素直に謝れば許してやらんでもないぞ?」
「なにおう人間如きがぁ! ぐぬぬぬぬ」
竜は屈辱に震える。
普段、神のように崇められて信仰されている為、人間を舐めきっていたのだろう。
竜の身体の傷は瞬く間に癒え、血が止まり傷口も塞がる。
この驚異的な回復力も竜が畏怖される理由であった。
「よろしい人間よ、我は貢物を欲しておる。我が望むものをお前が与えられれば、お前のことを認めてやらんでもないぞ?」
「なんでそんな上から目線なんだよ。立場分かってるのか全く……」
そうは言うが俺はイリスが力を温存していて、まだ強力な能力を保持していることを知っている。
できればこの辺りで落とし所を探りたかった。
「じゃあ、お前が望むものを与えたら俺をお前の竜使いとして認めるか?」
「竜使いだと! 貴様、その意味を分かって言っておるのか!?」
当然、その意味はわかって言っている。
その為もあってラグナ郷に来たんだ。
竜使いになれば、その能力とスキル融合の能力を掛け合わせることで一騎当千の力を得ることができるのだ。
「もちろん分かってる。で、どうなんだ?」
「かつて遥かなる昔に竜使いとなったものは神人とまで呼ばれた。貴様が悠久の時を生きる、このイリスの使い人に相応しいのか!?」
「力は示した! 後はお前が望むものを用意できるかどうかだ!」
俺は
「……よかろう。だが貴様如き矮小なる存在が、我が望むものを用意できるはずがないがなぁ!!」
「グレイス、相手は竜よ! 処女の生贄とかそれとも莫大な金銀財宝とか、理不尽な要求されるに決まってるわ! 今の私たちにはそんなものを用意するの無理よ!!」
エリーゼは悲痛な表情を浮かべて訴える。
彼女の心配も無理もない。
竜は傲慢不遜な絶対者としてオルデア王国に伝わっているはずだからだ。
「大丈夫だからエリーゼ。安心して」
優しくそう言って彼女とアイコンタクトを交わすと、彼女はしぶしぶながら黙って頷いた。
俺は懐からあるものを取り出す。
それを見た時、イリスの目の色が変わる。
「そ、それは!?」
するとイリスの大きな口から突如、滝のような水が溢れ出す。
その水は凄まじい勢いで、ままたくまにこちらに押し寄せる。
俺は後方のいるエリーゼに駆け寄り彼女を抱きかかえると、上空に大きく飛び上がってなんとかその攻撃を交わした。
なんだ、酸か何かの攻撃か?
「おい、不意をついていきなり攻撃してくんな! 話が違うだろうが!」
「す、すまん……。今のは攻撃ではない、我のよだれじゃ! その手に持っているものをすぐに我によこすのだ!」
「よ、よだれ!?」
イリスは大真面目な様子で嘘をついているようには見えない。
それにこんな嘘をつく必要もないしな。
呆れながらも俺はイリスに
「はあーーん。なんという美しき輝き……」
イリスはうっとりとした目で
「食べないのか?」
「食べたらすぐになくなるだろうが、愚か者が!」
「後、30個近くあるんだけど」
「なぁにぃ!!」
イリスはその巨体をワナワナと震わせる。
「も、もしかしてそれを全部私に……?」
「ああ、こんなものでいいならな。これで俺をお前の使いとして認めるか?」
「認めりゅーーー! 認めるから、その白い宝玉を我によこすのだ!」
イリスは狂喜しながら言う。
奴に先程まであった威厳と迫力はすっかり、嘘のように消え失せていた。
「ほれ!」
俺は袋ごとイリスに投げてやった。
「ほ、本当に大量の
イリスはいつの間にか喋り口調も変わっている。
たぶんこれがこいつの本性なんだろう。
先程まで畏怖の表情でイリスを眺めていたエリーゼも呆れ顔になっていた。
「おい、使いの証をくれ」
「ん? そうだったのだ…………これなのだ。これはイリスの呼び笛と言うのだ。どんなに遠くから吹かれても私だけにはその呼び笛の音は届くのだ」
俺はイリスの呼び笛を受け取った。
「では、これで私は失礼するのだ。うひょーーー! 楽しみすぎて死にそうなのだーー!!」
イリスは巨大な翼によってあっという間に大空の彼方へと消えていった。
「…………なんだったの、あの竜」
エリーゼは呆然としてイリスを見送っている。
実はこの近辺の竜は甘いものに目がないのだ。
信仰しているラグナ郷の人々も長い間、竜たちに甘味を提供してきたらしい。
まあイリスはその竜の中でもかなりの異端児だとは思うが。
少し突飛なイベントではあったが、勇者ルートの予定通りのイベントが発動して安心した。
後はこのままラグナ郷で歓迎、歓待を受けて、ワイバーンを借りてカルディア王国に向かうだけだ。
ちょっと変わり者だけど、強力な戦力であるイリスも仲間にできたしな。
歓待ではどんな料理が振る舞われるんだろう。
ご馳走の数々が脳裏に浮かぶ。
そんなことを想像しながら目的地の頂上の総本山へ向かって、残りの登山道をまた二人で登りはじめた。
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