第31話 竜の信仰

「意外ね」

「何が?」

「グレイスがそんなに甘いもの好きなこと。砂糖パンシュガーフレークを30個も買ったんでしょ」


 俺とエリーゼはそれぞれその砂糖パンシュガーフレークを頬張りながら、ラグナ郷を歩いている。


「別に甘いものは嫌いじゃないけど、30個の砂糖パンシュガーフレークを一人で平らげるほど好きでもないよ」

「じゃあ、なんでそんなに砂糖パンシュガーフレーク買ったの?」

「ひ・み・つ」

「けち! ほら、口に砂糖の粉がついてるわよ」


 エリーゼは俺の口から粉を優しく払う。


 ラグナ郷は活気に満ちた街並みと、昔ながらの茅葺き屋根の家々が共存している。

 東洋的な古き伝統を残す家々と商業の活気が溶け合い、独特の風情と豊かさを持つ街が広がっていた。


 俺たちが向かう先に天を貫くような高山がそびえ立っており、山の頂上へ向かって一直線に綺麗に登山道が整備されていた。

 山の頂上は雲に覆われており、その頂上にあるラグナ郷の総本山である建物は雲に隠されている。

 俺たちの目的地はその総本山だ。


「ゴオォォォォォ!」


 すると地の底に響くような鳴き声が、山の向こうから聞こえてきた。


「今の……そうよね」

「ああ、竜の鳴き声だ。あの高山の向こう側には竜の巣が形成されているらしい」

 

 街の人々は皆、竜の鳴き声が聞こえた方角に向かって熱心に拝んでいた。

 聞いていた通り、ラグナ郷の人々は竜への信仰が厚いらしい。


 竜は最強魔物の一角であり、魔族であっても安易に手出しできない存在だ。

 圧倒的な武力だけでなく言語を解する知性も備えていた。

 

 そうこうしているうちに、登山道の入口に着く。


「はぁわわーー。すごいわね、これは」


 登山道の両端には竜の彫像が見渡す限り並べられていた。

 おそらく気の遠くなるような歳月と労力をかけてこのような登山道が整備されたのだろう。

 そう思うと畏敬の念すら湧いてくる。

 

「人間は竜に貢物をし、竜はその人間に圧倒的な武力を背景にした庇護を与える。そうしてラグナ郷は何百年も他国の侵攻を防いできたんだ。この彫像を見るとラグナ郷の人たちの竜への信仰の強さが垣間見えるな」

「そうね……」


 竜の彫像に圧倒されながらも登山道を進む。

 その昔、竜の逆鱗に触れた国家は滅亡寸前まで追い込まれたらしい。

 それによって竜は世界中で畏怖の対象になっていた。


 そうして登山を続けて、山の中腹を超えた所だった。

 突如開けた場所に出る。

 下界を振り返ると雲海が広がっていた。

 いつの間にか雲を超えたようだった。

 

「すごーい!!」


 生前も一度富士山を登って雲海を拝んだこともあったが、これもそれに負けぞ劣らず凄い。

 広がる雲の海を見ていると、ここがまるで別世界のような気がしてきた。


 エリーゼは膝に手をついて、肩で息をしている。

 途中何度か回復用のポーションを渡しているが、流石にしんどそうだ。

 箱入り娘がいきなり登山なんかしたらそれは疲れるよな。


「ちょっと休憩するか」

「私はまだ大丈夫よ」

「いいからいいから、この絶景をちょっと楽しんでいこうぜ。山の天気は変わりやすいから、すぐに霧に包まれて先が見えなかったりするんだからさ」

「……わかった」


 エリーゼは俺の腰掛けた隣にちょこんと座る。

 俺は竹筒から水を喉に流し込む。

 その竹筒をエリーゼに渡すと彼女は一瞬躊躇したが、同様に水を飲み込んだ。


「プハー、美味しい水! ねえ、グレイス……あのねもし、この旅がうまく行って、王国の建て直しも成功したらさ……」

「ああ」

「その……良かったらね……その……あの……」


 エリーゼはモジモジとしながらも赤い顔をして俯いている。

 そこで彼女が勢いよく顔を上げたと思ったら――


「私と……」


 エリーゼがなにか言いかけたその時、突如頭上から巨大な何かが降り落ちてきた。

 ドーーーーンっという爆弾が落ちたような凄まじい轟音と共に、音魔法の攻撃かと思うような唸り声が響く。


「グオォォォォォォォーーー!!!!」

「きゃあああああ!! 竜!!!」


 エリーゼが甲高い悲鳴を上げる。

 すると竜はわずかに口角を上げたと思ったら話しはじめた。

 

「愚かなる人間よ。一体、誰の許可を得てここを通っている!」


 地の底から吐き出されたような声が腹まで響く。

 そのあまりの迫力にエリーゼは小刻みに震えていた。

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