第27話 誓い(転生者の勇者視点)

「……良いでしょう、慈悲を与えましょう。ミディア、苦しまないように殺して差し上げなさい」

「はいなの、ローランド様ー」


 ミディアは元気よくローランドに返事をした。


 ローランドは第3階位の大魔族だ。

 魔族の階位は1〜99まであり、階位が小さいほど位が高い。

 第1階位は当然魔王で、彼は魔族の中でNo.3の実力者になる。

 ゲームの最終局面で登場してくる程の強敵であった。


「お待ち下さ…………」


 魔族が喋り終えるより前に、少女のような見た目のミディアと呼ばれた魔族が軽く細剣を振るう。


「えい!」


 すると、大地に大きな亀裂が走った。

 と同時に魔族は綺麗に真っ二つになった後、粒子となって消え去る。

 俺が苦戦した魔族が、まるで赤子の手をひねるように瞬殺された。


「人間に敗れるような、魔族の面汚しはいらないのー」


 ミディアは第6階位の魔族だ。

 その可愛らしい見た目と喋り方とは裏腹に、残酷で拷問好きのサディストとして知られている。


 ミディアは今度、俺と向き合った。

 

「ローランド様、こいつも殺すんだったら私にもらいたいのー。久しぶりに人間で遊びたいのー」

「まあ少し待ちなさい、ミディア。勇者アルフレッド、今回はあなたは随分と失態を犯したようですが、これを挽回できるのですか?」

「挽回は……できる。今回は失敗だっただけだ!」


 自然と震える体を必死に止めながら話す。

 本能が告げていた。目の前の化け物たちには絶対に敵わないと。


「失敗だった? 失敗とは将来成功する可能性があるものが述べる言葉では? あなたは最早再起不能に見えますよ」

「そんなことはない! 頼む! もう一度チャンスをくれ、ローランド!!」


 その時、手に焼けるような痛みが生じ、俺の右手がポトリと地面に落ちた。


「うぁああああああああ!!!!」


 自身の鮮血で地面が染まる。


「ローランド様を呼び捨てにするなんて生意気なの!」

 

 プンプン怒りながらミディアは言う。

 このクソアマぁ…………よくも俺の大切な右手をぉ!


「ミディア良いんです。腐っても勇者。数百年に一度出現する人間たちの救世主です。それぐらいのリスペクトはくれてあげましょう。例え、我々どころか変態令息と呼ばれるような雑魚に倒されるような人間であってもね。泣き、命乞いし、失禁までしていましたね。そこまでの生き恥を負ってよく生きながらえていられるものです」


 ローランドは嘲りの表情を浮かべながら言い放った。

 

 それによって、グレイスから受けた屈辱の光景がまた脳裏に浮かぶ。

 ふつふつとマグマのような怒りが心の奥底から燃え上がる。

 くそぐぞぉクソ野郎ぉおおおおおおおおおお!!!!!


「ほう、その憎しみの籠もった目はいいですね。いいでしょう、まだ心は折れてはいないようだ。だが、気をつけてください。このような失敗が続いた場合、あなたには死よりも恐ろしい辛苦の道が待ち構えているということを」


 ローランドがパチンと指を鳴らすと――――俺の右手は何事もなかったかのように瞬間的に治癒された。

 まるで手品のようにも思える程の凄まじい回復魔術だった。


「ぶぇえええーーーん!!」


 その時、ローランドが抱えていた赤子が突然泣き出した。


「ああ、大きな声を出して申し訳ありません。はい、はい、泣き止んでくださいね――」


 ローランドは泣き出した赤子を必死にあやす。

 こんな場所に魔族の二人が二人とも赤子を抱えてくるのは非常に違和感に感じたが、意外と魔族は共同で子育てをするほど家族愛が強かったりするのだろうか?


「必ずやグレイスを蹴落とし、俺が王となった暁には魔族たちを優遇することを誓う!」


 騎士の誓いのポーズでそう宣言する。

 グレイスを殺せるなら悪魔にだって魂を売り渡してやる。


 するとそこで思いがけない所から声が発せられる。

 

「よろしく頼むぞ」


 と、先程まで泣いていた赤子が突如、大人びた様子で話し始めたのだった。


「…………え!? こいつら赤ん坊じゃ……」

「おい! 敬語使え!! 不敬だろうがぁあ!!!」


 先程まで寛容だったローランドが突然、目を血走らせて激怒する。

 どういうことだ?


「怒るな。こいつの不敬は許す」

「久々の人間狩りの解禁だぞ。今から楽しみだ」


 赤子たちはローランドたちの手を離れて宙に浮く。

 そして次々に大人びた言葉を口にする。


「人間牧場に同胞の肉を積極的に提供するとも言っているのだ。期待しよう」

「血や肉の不足が解消する」

「人間はすぐに絶滅しそうになるからな」

「豚が自ら管理して、餌として赴いてくれるのは助かる」


 ローランドたちは赤ん坊たちに膝をついて恭順の意を示す。

 ということは、この赤ん坊たちはローランドたちよりも更に高位の存在ということか?


「その子たちは一体……?」

「貴様などが接するのは畏れ多い存在だ」


 ローランドがそう吐き捨てる。


「期待してるぞ勇者よ!」

「いや勇者の皮を被った悪魔よ!」


 赤子たちはその顔を牛、犬、馬、獅子、虎という風に次々を変えて話す。

 一体なんなんだこいつら……。


「自らの欲望の為には手段を選ばないその姿勢や良し!」

「我らが魔族の権能も与えてやろう!」

「さすればお前に敵はいないはず!」


 ローランドより上位の魔族など2人しかいない。

 一人は魔王でもう一人はこの赤子たちではない。

 では、一体この子たちはなんなのか?

 DLC版でもこんな存在はいなかったはずだぞ。


 …………だがまあいい。

 この者たちが何者であろうと、味方になるのが魔族であろうと。

 俺の目的はグレイスの惨たらしい死と国王エンドだ。

 その為なら悪魔でも魔族でも、どんなものでも利用してやる!


「きゃはははははは!!!」


 赤子たちはその顔を元の魔族のものに戻すと、狂ったように笑い出した。


「さあ新たな千年記のはじまりだ!」

「今度の千年は人間の辛苦の千年となるぞ!」

「魔族に栄光を!」

「我らに祝祭を!」

「きゃはははははは!!!」


 いつしか夕日も完全に沈み、わずかな月明かりだけが頼りのその地に、赤子たちの狂ったような笑い声が響き渡った。

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