第26話 約束(転生者の勇者視点)
抜け殻のように呆然としていたらいつの間にか広場には誰も人の姿はなくなっていた。
西の空は赤く染まり、いつしか日も暮れようとしている。
「ぐぅううううぞおおおおおおおおおおお!!!」
誰もいない広場にアルフレッドの
前世から特に大きな挫折をすることはなかった。
幼少から優秀な成績を残し、エリート街道を順調に邁進してきた。
人を見下すことはあっても見下されることはなかった。
勝つことはあっても負けることはなかった。
日本の最高学府を卒業し、誰よりも優れた頭脳をもった最優秀な人間のはずだった。
それなのに――。
泣き、悲鳴を上げ、命乞いをし、無様な姿を世間にさらした。
臓腑が燃えるような悔しさが全身を駆け巡る。
「ごろす…………グレイス…………殺す……殺す、殺す…………殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ーーーーーーーず!!!!!!」
涙を流しながら呪粗を喚き散らかす。
正面からのゲーム知識での勝負なら最高の頭脳を持つ俺が負けるはずがない。
このままではすませられない。
なんとしてもグレイスを蹴落とす必要がある。
しかし、グレイスはすでに序盤では規格外といえる強さを誇っていた。
「一体この先どうしたら……」
アルフレッドは誰もいない広場で一人呟く。
「先のことより、約束を
すると突如、背後で声がする。
おそるおそる振り返ると、そこには魔族の姿があった。
背筋が寒くなる。
確かに俺はこの魔族とある約束をしていた。
魔族はこのゲームでは中盤以降に登場する強敵だ。
今のボロボロの状態では、勝つのは難しいだろう。
「グレイスとの戦闘に勝利後、俺がグレイスの仲間として勇者アルフレッドに襲いかかる。勇者はその俺も討伐することによって観戦に来ていた王女の信頼を勝ち取り、王族とのコネクションを獲得する。そういう予定だったよな? なんだ、この無様な結果は!」
「そ、それは……」
なんとか言い訳を述べようとするが思いつかなかった。
「お前が将来国王になった暁には魔族の人間狩りを公的なスポーツとして認めるんだよな? それ以外も色々と俺たち魔族に便宜を図り、それがお前からの報酬だと。どの面をを下げてそんな放言を述べたんだ?」
「ぐっ…………」
謝罪の言葉が喉から出そうになるが、プライドがそれを許さなかった。
俺にとって魔王の討伐はどうでもいいことだった。
重要なのは国王エンドだ。
その為なら、魔族を手を組むことになってもなんら良心の呵責は感じない。
「聞いてんのか、こらぁ!」
「できなかったんだから、しょうがねえだろうがぁ! ガタガタ言うんじゃねえ!!」
いずれにしてもこの魔族が、利用価値がなくなった俺を生かしておくことはないだろう。
なら、死ねばもろともで戦ってやる!
「面白え、やる気か? 人間如きが魔族に敵うと思ってるとはおめでたいなあ!!」
「うるせぇ! 相手してやるからかかってこぉい!!」
この世界での魔族は圧倒的強者であった。
魔王どころか階位の高い魔族に敵う人間すら近年では王国には誰もおらず、後に暗黒期と呼ばれる月日をオルデア王国の人々は過ごしている。
オルデア王国以外にも人族の国家はあり、それらが連合を組むことでようやく魔族へ対抗できた。
その魔族優位のこの世界を俺が率いる勇者パーティーが打破するのだが、それはまだ随分と先のことだ。
魔族は好戦的な笑みを浮かべる。
と同時に俺の右隣に一瞬で移動した。
反応できるギリギリのスピードだ。
くそっ、疾い!
「おらぁ!」
魔族は大鎌を横に払い、凄まじい衝撃波が併せて後方に放たれたが、それはギリギリで躱せた。
間髪入れずに斜めに袈裟斬りにされ、地面にも大きな亀裂が入る
その攻撃は避けきれず、鮮血が宙を舞う。
グレイス以外だと、俺がこのゲーム世界で対峙したどの敵よりも強い。
これが魔族か……。
「はっ、遅え! 伝説かなんか知らんが勇者ってことで楽しみしてたけど、これじゃ拍子抜けだぞぉ!」
傷は負った。
だが、不幸中の幸い、俺には勇者だけのユニークスキルがある。
『英雄の覚醒!』
爆発的に力が湧き出る。
「何ぃ!?」
魔族は急変した俺に驚く。
出し惜しみをするつもりはなかった。
一気に決めてやる。
『
龍王より授かった力をすべて魔族にぶつける。
爪状の剣撃波が直撃して、凄まじいエネルギーが周囲に拡散する。
衝撃が広場全体を包み込み、地面が激しく揺れた。
土埃が舞い上がり、空気が焼け焦げたような匂いが漂う。
空には爪裂破の残響がこだまし、まるで雷鳴が遠くで鳴り響いているかのようだった。
「ぐぅううう…………でめぇ、よぐもやりやがったなあ……」
魔族はまだ息があった。
だがふらふらと瀕死の致命傷を負い、紫色の血液を垂れ流している。
「見たかぁ! これが勇者の力だぁ!」
その時、突然パチパチと拍手の音と声とが後方から聞こえた。
「素晴らしいですね。流石は勇者です」
そちらを振り返ると三人の魔族の姿があった。
彼らはなぜかそれぞれ赤子を抱きかかえていた。
その三人の魔族の姿を確認して戦慄が走る。
三人の顔すべてにゲーム内で見覚えがあったからだ。
高位の魔族で、今の自分ではとてもじゃないが敵わない。
いや、先に進めたとしてもパーティー戦でなく、1vs1では敵わないだろう。
「流石は勇者…………それに比べてお前は魔族の癖に人間相手に苦戦するとか、正気か?」
現れた魔族は同族へ標的を向けた。
「お許しください、ローランド様! 何卒ご慈悲を、ご慈悲をお願いいたします!」
先程まで高圧的だった魔族は借りてきた猫のように変貌していた。
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