第4話 レベリング

「なあ、ちょっといいか?」

「は、はい! なんでございましょう?」


 自室で声をかけたメイドのマリアは驚くような早さで振り返るのと同時に右手はお尻、左手は胸をガードしている。

 グレイスが日常的にメイドたちに痴漢行為をしていたことがよくわかる反応だった。

 マリアからは汚いものでも見るような、冷たい視線を向けられる。


「神隠しの森の最近の様子はどう?」

「神隠しの森ということは、霧の様子でございますか?」

「うん、最近の霧の様子を知りたい」


 神隠しの森は定期的深い霧に覆われる。

 そして霧に覆われた直後は急にレベル帯が変わり、強力な魔物が出現するのだ。

 通常の神隠しの森ならば問題はないが、霧に覆われた直後だと今のレベルでは即死ものだった。

 

「最近霧に覆われたという話は聞いておりません」

「そうか、ならよかった」


 カイマン公爵家は神隠しの森を管轄においている。

 家に商人が出入りして森の様子を聞かれることもある。

 その為、メイドたちも森の守り人を通して霧の情報は適宜共有されているはずだった。


「神隠しの森に何かご用がおありなのでしょうか?」


 マリアは訝しげな表情をして尋ねてくる。

 こいつ何をやらかそうとしてるんだと訝しんでいる顔だ。

 自堕落な印象が定着している俺が、レベリングの為に森を訪れるという発想自体がないのだろう。

 

「レベル上げだよ」

「レベル上げ……でございますか?」

「ああ、俺ももう大人の仲間入りするんだから鍛えないといけないだろ」

「……何か別のことをお考えでは?」

「何だよ別のことって、全く」


 余程信用されていないらしい。

 そこで俺はマリアに渡すものがあったことを思い出す。


「あっ、そうだ忘れてた。マリアに渡したいものがあったんだよ」

「私に……渡したいものでございますか?」

「はいこれ!」


 小包された手のひらサイズの小箱をマリアに手渡す。

 中には前にマリアと街に行った時に欲しそうにしていたネックレスが入っている。


「これは一体……?」


 マリアは恐る恐る小箱を受け取る。

 

「マリア今日誕生日だろ? いつもお世話になってるからそのお礼だよ! いつもありがとうな! 昔から親身になって世話をしてくれて感謝してる!」

「感謝の言葉に、誕生日プレゼント……? グレイス様が私に……?」


 マリアは俺が小さい頃から面倒見てくれており、何かと気遣ってくれてきた有り難い存在だ。

 流石に最近の俺の行状から、彼女からの信頼は失われていたみたいだけど、グレイスの記憶からもマリアに対する温かい感情を感じることができる。


「ちょっ、マリア?」


 突然マリアはポロポロと大粒の涙を流しだす。


「どうしたの? どこか悪いの?」


 マリアは黙って首を振る。


「グレイス様におづがいしで……はや十年……今まで一度も感謝の言葉を述べてくださったことがながっだのに、感謝の言葉を述べていただいただけじゃなく、だんじょうびブレゼントまで……」


 まあ、どこか悪かったり、気分を害したのでないのでよかった。

 俺はマリアをなだめ、また感謝の言葉をかけながらも掃除をしてくれた彼女を自室から出した。


「やれやれ、いきなり泣き出してビビったけど、嬉しいのだったらよかった。それじゃ、レベリングとスキルコピーに向かいますか!」


 俺は剣を手に取り、早速森へと向かおうとした時のことだった。

 屋敷のエントランス前の広間を歩いていると兄二人に呼び止められる。


「おい、グレイス!」

「……はい、なんでしょうか兄さん」


 どうせろくな用事じゃないだろうと思いながらも尋ねる。


「目上の者がいるのに、挨拶もせずに素通りしようとしてんじゃねえよ!」

「ごぼぅっ!!」


 ブタゴリラのような体格をした長男のヴォルフの拳が俺の腹部に突き刺さって体が浮く。

 彼は剛力のユニークスキルを持っており、幼い頃から俺にその力を行使して、好き放題していた。


「……ず、すいませんヴォルフ兄さん……」

「おい、グレイス。私には挨拶はないのか?」


 今度は細身で冷たい目をしたサディストの次男のアイゼンの氷鎖が頭上から俺の首に巻き付き、首吊りのような形になって首を締められる。

 アイゼンは氷鎖のユニークスキルを持っておりその才能は高く、通っていた魔術学園でも評価が高かったらしい。


「……あ……ぐ……」

「どうした? 何も聞こえないぞ?」


 ニヤニヤと笑いながらアイゼンが言ってくる。

 お前が俺の首絞めてるから喋れないんだろうが、このクソ野郎が。

 と思うが、何も声にならない。


「ごほっ、ごほっごほっ!!」


 唐突に氷鎖は解かれて俺は地面に放り出されて咳き込む。


「……すみません、アイゼン兄さん。挨拶が遅れました」

「分かればよろしい。庶子で才能の無いお前を家に置いてやってるんだ。寛大な俺たち兄二人に感謝しろよ!」

「はい、寛大な心遣い、感謝します」


 家においてもらえているのはお前らのおかげじゃなくて、俺を家から追い出すように進言したお前ら二人の意見を却下してくれた父のおかげだと思うが、口にはしない。

 ヴォルフとアイゼンは二人ともレベル20を超えていて、今の俺のレベルではとてもじゃないが太刀打ちできないからだ。


「全く、コピーにスキル融合だっけ? クソみたいな外れスキルを引きやがって、同じ兄弟として恥ずかしいぜ」

「でも兄さん。クソみたいなやつにクソみたいなスキルだから釣り合ってるでしょ」

「そりゃそうだな」

「「ぎゃはははははははは!!」」


 二人の馬鹿笑いが屋敷のエントランスにこだまする。

 そうか、この世界ではコピースキルとスキル融合はハズレスキル扱いなのか。

 まあ、リセマラとか検証できない世界ではそうなるのかな。

 

「じゃあな、ゴミクズ」

「お前はいるだけ邪魔なんだからさっさと家を出ろよ」


 そう捨て台詞を吐いて二人はそれぞれ自室へと向かっていった。

 

 全く、幼い頃から兄弟にこんな扱いを受けていたら、性格も歪むよな。

 そこはグレイスに同情する部分だわ。

 だけどやられっぱなしは駄目だ。


 別に兄で血がつながっていないからといってあそこまでの扱いを受ける道理はない。

 転生した俺からしてみれば、あいつらは所詮はまだ10代のクソガキだ。

 そのうち目にもの見せてやるよ。

 

 それとは別に勇者の不穏な態度や行動も気になるしな。

 

 その為にはまずはレベリングが必要だ!


「よし、じゃあ、行くか!」


 俺は玄関の扉を開いて、今度こそ森へと向かった。

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